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歴史系総合
- 45 名前:名無しさん 投稿日:2007/03/09(金) 22:06:03 ID:q2bTVz6U
- 水野俊平『韓vs日「偽史ワールド」』を入手。前作『韓国人の日本偽史』もそ
うだが、水野氏には、日本であまり知られていない韓国の言説を紹介すること
を期待している。トンデモにしろ、比較的まともな論考にしろ、韓国で出版さ
れたものは、日本では大抵入手困難だから。
今回取り上げるのは、その第3章第1節。朝鮮の役で妓生の論介が道連れにして
殺したのは毛谷村六助という説は、実は根拠のない20世紀のでっち上げという
話。興味がなかったので今まで全然知らなかった。
水野は、論介の説話が潤色される過程を金スオプ『論介』を使って説明してい
る。論介の方が中心だが、私が気になったのは、むしろ、毛谷村六助の方。浄
瑠璃の演目で、歌舞伎にも採用された『彦山権現誓助剣』の主人公というから、
知られている話のうち、何が史実で何が虚構なのか、まずはっきりさせたい。
そもそも毛谷村 (けやむら) という名前からして妙だ。出身地豊前国の村の名
前だが、谷を「や」と読むのはあずまっぽくて西国らしくない。本当にそんな
地名があるのかと思ったら実在した。大分県中津市山国町 (2005年の合併以前
は下毛郡山国町) に槻木 (つきのき) という村があり、その中に毛谷村という
地名がある。なお、菱屋平七『筑紫紀行』(1801) が、当地に滞在した時に毛
谷村六助のことを尋ねている。以下、日本歴史地名大系の大分県から孫引き。
豊前国毛谷村六助が事、太閤御誠録と云軍書に出て、近頃浄瑠璃にさへ作りた
る事をふと思ひ出て尋れば、其事に候、是より一里北にあたりて、元槻木村と
申すに七右衛門と申者代々村の長にて、是六助が子孫なりとかや申候。此七右
衛門が家、春の初に松飾を用ひずして、柴の把を門にたて候、家に系図記録も
候らひしを、二十年以前火災にて、村中ことこと[反復記号]く焼亡せし時にほ
ろび失たりと申候。かの毛谷村は、此槻木村をけやき村とよみたる誤にや候は
ん。又同しあたりに杉山と申所の候。かの杉坂も此事にやと申候。すべて慥
[たしか]成事は伝へも承はらず候とかたる
ということで、毛谷村は槻木村の誤読という説が紹介されている。また、この
当時は地元では毛谷村が地名として定着していなかった風だから、もしかした
ら現在の地名は、浄瑠璃・歌舞伎からの逆輸入かもしれない。
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