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高句麗語合戦3 〜あれは韓国これは日本〜
- 1 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/19(月) 20:06:32 ID:a/PnUBfU
- とざいと〜ざい。これより皆々様にご披露致しまするは、いにしえの高句麗語の
数々で御座りまする。高句麗は今を去ること1300年以上昔に滅びし古代国家で
御座りまするが、かつては満州西部・沿海州から朝鮮半島北部一帯にかけて
広大な領地を持ち、彼の隋・唐帝国の攻撃すら再三にわたって撃退したことも
あるほどの強いつよ〜い国家に御座りますれば、ニダビトの皆様にとりましては
数少ない「誇らしいですね。、サ、サ、サ」と言える存在なわけで御座りまする。
ところが、あに計らんや、資料に残る高句麗の言葉をよくよく調べてみますると、
半万年の歴史を誇るウリマルよりも、彼のにっくきチョパーリケセキドルの言葉の方が
よく似ているというからさあ大変! 果たしてニダビトの皆さんは誇りある歴史を
取り戻すことが出来るでありましょうか。
__ /
iii■ < 乞うご期待!
、─-(´∀`)-─, \
|\@|_Y_|@/|
.<\__(ωω)__/>
【前スレ】高句麗語合戦2 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.banner4every1.com/cgi-bin/test/read.cgi/exkorea/1071550720/
【前々スレ】高句麗語合戦 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.banner4every1.com/cgi-bin/test/read.cgi/exkorea/1055576517/
【関連ホームページ】娜々志娑无のぺぇじ
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/5420/index.html
- 101 名前:名無しさん 投稿日:2007/03/27(火) 21:22:07 ID:jgwuuo12
- >>65
ありがとうございます。それならば、尚更論文にしていただきたいです。
>>66
向きに由来する言葉が方角に使われて、なおかつ両者が未分化の言語として、
モンゴル語が思い浮かびます。モンゴル語では、前が南、後ろが北、左が東、
右が西に対応するので、娜々志先生の想定する高句麗語語彙と一致しますね。
モンゴル語で、一部の方言では方角と向きがずれている、というようなことを
どこかで読んだ様な記憶があって、何か参考になるのではと思ったのですが、
当時はあまり興味がなかったためか、少し出典を探してみたものの、見つかり
ませんでした。
- 102 名前:名無しさん 投稿日:2007/03/27(火) 21:34:37 ID:jgwuuo12
- >>97
*kuan について、板橋は結論だけ述べていますが、ぱっと見、どう対応するの
かわかりません。素人なりに推測するに、ナナイ語にある語頭の x (軟口蓋音?)
が古形を反映していて、脱落しやすいので他の言語では脱落した。その x と
*kuan の k が対応する...ということでしょうか?
- 103 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/27(火) 21:55:00 ID:Epc1gTkU
- >>102
板橋はおそらくk(高句麗語)→x(ナナイ語)→脱落(その他ツングース)と
いう流れを想定しているのではないでしょうか。まだ挙げるまでには至って
おりませんが、085「west(西)」でも、板橋は高句麗語形をk-と想定し、x-の
エヴェンキ語、子音の脱落したそれ他ツングース諸語と対応させていますし。
- 104 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/03/27(火) 23:40:33 ID:TITWUJ7M
- 前間恭作の論文で見たことがあるのですが、中期朝鮮語でも前の意味の a(r)ph を「南」に、
後ろの意味の tui を「北」に使った例があるそうですね。
中国語でも「北」と「背」が派生関係ですし。
方言で方角がずれるというと、沖縄で北を「ニシ」というのが有名ですね。
ただこれの場合、「ネ(子)+シ(風)」が語源であり、
南風を表す「マジ(<マ(午)+シ(風))」と対になっているという説もあるようです。
>>96
また中期朝鮮語の話になりますが、これにも所有格に2種類あり
-s- は尊敬のニュアンスを持ち、-Λi・-щi は持ちなせん。
日朝両語でなぜこのように所有者への配慮を表す表現ができたのかちょっと興味深いです。
- 105 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/27(火) 23:53:40 ID:Epc1gTkU
- >>104
>a(r)ph
ああ、書紀古訓に見える「アリヒシノカラ(南加羅)」のアリヒですね。
あれには前という意味もあるのですか。知らなんだ。
しっかし、こうも南を前と見なすミンジョクが多いというのはどういうこと
なんでしょうね。「君子は南面す」ってことなんでしょうか。
- 106 名前:名無しさん 投稿日:2007/03/28(水) 00:04:54 ID:5UJ1fDVo
- >中期朝鮮語でも前の意味の a(r)ph を「南」に、
>後ろの意味の tui を「北」に使った例がある
中期朝鮮語なら、単純に漢文の影響もありそうですね。
- 107 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/28(水) 14:17:07 ID:atvsow2g
- NO.041
意味:iron/trowel(鏝)
漢字表記:骨尸
再構語形:kuru〜kulsi(娜)
比較(日):中古語「ko2te(鏝)」(娜)
上代語「ki2/ke2〜ko2/ku(木)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):オーストロネシア祖語「kahiu(木)」(娜)
日朝ツ比:○××
原文:186「[木+汚-シ]岳城ハ、本骨尸押ナリ。(巻三七)」
考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もない。「[木+汚-シ]尸」は鏝(こて)の意。
漢字の旁は正確には号の口の部分を一に変えたものである。ユニコードでは「杇」。
漢字表記から語形を再構する際に問題となるのは「尸」の部分である。「尸」は通常、
語末の「-l」を示す借音漢字として使用されているが、「骨」自体が語末に「-l」を伴った
借音漢字であるため、「-l」が二重になってしまうからである。スレ主は「尸」を母音を
付けて「ru」と読んだ可能性と、本来の漢字音に従って「si」と読んだ可能性の二つが
あると考えて、上記のように再構したが、これはあくまでもとりあえずの処置であって、
いずれも自信があるわけではない。なお、日本語の「コテ(鏝)」は上代に確例が存在
しないが、同語の初出文献である『新撰字鏡』(900年前後)は上代特殊仮名遣「コ」の
甲乙を書き分けている文献なので、コ乙類であることがわかっている。この仮名遣から
見ても、またアクセントから見ても語源は「コ(木)+テ(手)」であると推定されるので、
もう一つの対応語として「コ(木)」を挙げたものである。本語も日本語の「コテ」同様に、
その語構成に先述した024「tree/wood」を含むものと見てよいのではなかろうか。
- 108 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/28(水) 15:02:45 ID:atvsow2g
- NO.042
意味:bear(熊)
漢字表記:功木
再構語形:kun[m]/kum(ok)(板橋)
kongmok(村山)
kong(→kum)(李基)
kum(娜)
比較(日):上代語「kuma(熊)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):李朝語「kom(熊)」(村山・李基・板橋)
李朝語「koma」(李基・板橋)
比較(ツ):ラムト語・エヴェンキ語「kuma(海豹)」(村山・李基・板橋)
エヴェンキ語「kumaka(牡鹿)」(村山・李基)
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○○
原文:045「功木達{一ニ云フ熊閃山}(巻三七)」
考説:本語は045に基づくものであるが、045は「熊閃山」と「功木達」の対応であるから、
既に他の地名から対応することが明らかとなっている「山=達」を除けば、「熊閃」
と「功木」が対応するということになる。その意味で、村山や李基文が「熊=功木」
と解して語形を再構したのは問題であり、「閃」の要素を「功木」から抽出する板橋
の処理の方が正当である。ただし、単純に「熊=功」「閃=木」とすると、語末子音
が「-η」となり、対応語がいずれも「-m」を有しているという事実と合わなくなること
も確かなので、「木」から頭子音mを借りて「kuηm」としてはいかがであろうか。
この場合、「功」の漢字音に含まれる「-η」は同じ鼻音どうしということで直後の「m」
に同化して消えると考えられるから、結局スレ主の考える「熊」の再構語形は「kum」
という語形になり、対応語の語形と一層近くなる。
- 109 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/28(水) 15:49:34 ID:atvsow2g
- NO.043
意味:wilderness/wasteland/to be rough(荒)
漢字表記:骨衣
再構語形:kur7iy(→ku∂rγiy)(板橋)
比較(日):ナシ
比較(朝):新羅語「ka¨c‘っ¨l(李基)〜ko∂rcer(板橋)(荒)」(李基・板橋)
李朝語「k∂c‘щl-(荒)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:×△×
原文:032「荒壌県ハ、本高句麗ノ骨衣奴県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は朝鮮語にしか対応語が見出せない例であるが、巻三五系語彙なので、
新羅語の反映である可能性を考慮する必要がある。新羅語「荒」は『三国史記』
に「居漆(朝鮮漢字音:k∂-c‘il)」と借音表記された例があり、李朝語ともよく
対応するが、本語とは語形の上で相違が大きい。なお、板橋の再構語形の中
に見える「7」は声門閉鎖音[ʔ]の代わりであるので注意されたい。
- 110 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/28(水) 16:31:01 ID:atvsow2g
- NO.044
意味:mouth(口)
漢字表記:忽次/古次(村山・李基・板橋)〜串(李基・板橋)
再構語形:kurc/kυci/kuar(→γu∂rc)(板橋)
kutsu(→kutu)(村山)
kolc〜koc(李基)
比較(日):上代語「kuti〜kutu(口)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):済州島方言「kulrε(口:卑称)」(李基)
全羅南道方言「kul(口)」(村山)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:025「[犬+章]項口県{一ニ云フ古斯也忽次}(巻三七)」
102「楊口郡{一ニ云フ要隠忽次}(巻三七)」
062「穴口郡{一ニ云フ甲比古次}(巻三七)」
037「泉井口県{一ニ云フ於乙買串}(巻三七)」
考説:本語は日本語とよく対応することで知られている語であるが、朝鮮語も
方言ではあるが対応するものが存する。村山は全羅南道方言と記して
いるが、李基文は済州島方言であると指摘しており、記述が食い違って
いる。思うに、済州島は1946年7月までは全羅南道に属していたから、
村山のそれも李基文と同じ済州島方言を指しているのではないだろうか。
ただ、両者の語形が異なっている理由まではわからない。韓国の方言の
話でもあるので、李基文の方が正しいのではないかと思う。いずれにせよ、
朝鮮語には「ip(口)」という完全に別系統の語が存在しているので、この
方言語彙は朝鮮語の固有語ではなく、かつて朝鮮半島南部に存在した
倭系言語の残存という可能性を考えたくなる。なお、李基文は本語の語形
が「忽次」と「古次」「串」と分かれているのは方言的差異の反映であろうと
指摘している。板橋もその異形態「古次」が存在することで古代日本語の
形態素との比較がより信憑性を増したと述べている。
- 111 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/28(水) 16:53:49 ID:atvsow2g
- >>110
修正や情報を追加したい箇所がいくつか出てきたので、再投稿します。
NO.044
意味:mouth(口)
漢字表記:忽次(村山・李基・板橋)〜古次(村山・李基・板橋)〜串(李基・板橋)
再構語形:kurc〜kυci〜kuar(→γu∂rc)(板橋)
kutsu(→kutu)(村山)
kolc(→xolc)〜koc(李基)
比較(日):上代語「kuti〜kutu(口)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):済州島方言「kulrε(口:卑称)」(李基)
全羅南道方言「kul(口)」(村山)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:025「[犬+章]項口県{一ニ云フ古斯也忽次}(巻三七)」
102「楊口郡{一ニ云フ要隠忽次}(巻三七)」
062「穴口郡{一ニ云フ甲比古次}(巻三七)」
037「泉井口県{一ニ云フ於乙買串}(巻三七)」
考説:本語は日本語とよく対応することで知られている語であるが、朝鮮語も
方言ではあるが対応するものが存する。村山は全羅南道方言と記して
いるが、李基文は済州島方言であると指摘しており、記述が食い違って
いる。思うに、済州島は1946年7月までは全羅南道に属していたから、
村山のそれも李基文と同じ済州島方言を指しているのではないだろうか。
ただ、両者の語形が異なっている理由まではわからない。韓国の方言の
話でもあるので、李基文の方が正しいのではないかと思う。村山は全羅
南道方言「kul」の成立について〔kul<kulu<kutu〕という変化を考えて
いるが、李基文は「忽次」から「xolc」を再構することによって済州島方言
「kullε(口)」との連結が可能になるとし、古代日本語の「kuti(口)」に
ついては高句麗語形から「l」が脱落して成立したものであると述べている。
スレ主としては、朝鮮語には「ip(口)」という完全に別系統の語が存在して
いることもあり、この方言語彙は朝鮮語の固有語ではなく、かつて朝鮮半島
の南部に分布してした倭系言語の残存という可能性を考えたいところである。
なお、李基文は本語の語形 が「忽次」と「古次」「串」と分かれているのは方
言的差異の反映であろうと指摘している。板橋もその異形態「古次」が存在
することで古代日本語の形態素との比較がより信憑性を増したと述べている。
- 112 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/28(水) 17:35:52 ID:atvsow2g
- NO.045
意味:gem(玉)
漢字表記:古斯(村山・李基・板橋)〜古(板橋)
再構語形:kυsi〜kυ(板橋)
kusi<kusil(村山)
比較(日):上代語「kusiro2(釧)」(村山・李基・板橋)
中古語「kujiri(釧)」(娜)
比較(朝):李朝「kusщl(玉)」(村山・李基・板橋)
比較(ツ):満州語「gu(玉)」(板橋)
女真語「γun(玉)」(板橋)
比較(他):モンゴル語「gas(玉)」(板橋)
日朝ツ比:△△△
原文:109「玉馬県ハ、本高句麗ノ古斯馬県ナリ。(巻三五)」
考説:本語について、板橋は「古斯」を既知語彙のグループに入れて「gem(玉)」と
して認定しておきながら、「古」を「対応語が不明のもの」のグループに入れて
「jade(玉)」の意の語としており、統一が取れていない。後者はおそらく本語
の「斯」を「属格・修飾辞」と解したものであろうが、たとえそうであるとしても、
対応語は存在するわけで、既知語彙のグループに分類すべきであったと思う。
本語は巻三五系語彙ではあるが、日朝ツングースともよく対応する例である。
特に日本語と朝鮮語は非常に語形が近く、日>朝か朝>日かは俄かに即断
は出来ないが、どちらかが借用語である可能性も高い。一方、板橋のように
「斯」を「属格・修飾辞」であると考えると、高句麗語とツングース諸語が近くなる。
要するに本語の場合、日・朝と高・ツでグループがきれいに分かれるわけで、
地理的なことを考えればぴったりと当てはまる例ということになるが、さてさて。
なお、中古語の「クジリ(釧)」は『新撰字鏡』(900年前後)に見えるものであるが、
「久自利」と万葉仮名表記されており、第二拍は濁音であった可能性が高い。
日本の釧は貝や石に穴を開けて腕輪としたものが本来の形であって、後に緒
に玉を通して腕に巻くケースも登場したが、そういう意味では日本の「釧」は「玉」
とは必ずしも縁が深いとは言えない。むしろ中古語の語形からは、穴を開ける
意の動詞「クジル(抉)」から「クシロ(釧)」が生まれた可能性すら考慮する必要
がありそうである。
- 113 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/29(木) 15:11:52 ID:7fWQpdIg
- NO.046
意味:walled city/fort(城)〜gulch(谷)
漢字表記:忽(村山・李基・板橋)〜骨(板橋)
溝[シ婁](李基)
再構語形:χu∂r〜ku∂r(板橋)
kol/kul(村山)
xol〜ku¨ru¨(李基)
k∂l〜k∂l∂(娜)
比較(日):上代語「ki2(城)」(村山・板橋)
比較(朝):百済語「ki2(李基)〜ki(板橋・娜)(城)」(李基・板橋)
李朝語「kol(谷・洞)」(李基・板橋)
比較(ツ):エヴェンキ語「golo(街)」(板橋)
満州語「holo(谷)」(李基・板橋)
満州語「golo(城)」(村山)
比較(他):モンゴル語「qol-γan(城)」(村山)
古代トルコ語「qol-γan〜qulγan(城)」(村山・板橋)
日朝ツ比:○○○
原文:017「買忽{一ニ云フ水城}(巻三七)」
040「臂城郡{一ニ云フ馬忽}(巻三七)」
114「母城郡{一ニ云フ也次忽}(巻三七)」
197「似城ハ、本史忽ナリ。(巻三七)」他多数
「[糸乞]升骨城(『北魏書』高句麗条)」
「溝[シ婁]ナル者ハ句麗ノ名。城也(『三国志』魏志東夷伝高句麗条)」
- 114 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/29(木) 15:13:32 ID:7fWQpdIg
- 考説:本語は最も有名な高句麗語の一つで、用例もすこぶる多い。『三国史記』の
高句麗地名の借音表記としては「忽」のみが使用されており、語末は「-l」で
あったと見てまず間違いないが、『三国志』の「溝[シ婁]」という漢字表記からは、
古くはは母音で終わる語形であったことが窺われる。日本語と百済語の語形
はよく似ているため、李基文は百済語からの借用語であると推定している。
その可能性はあるとは思うが、李基文が新羅語形を「ki2」としているのは疑問
である。なぜなら、百済では「城」の借音表記として「己(上代特殊仮名遣キ乙類)」
だけでなく「只(同甲類)」も使用しており、上代日本語のような発音上の区別は
なかったと思われるからである。ついでに言えば、新羅でも「城」の借音表記として
「支(同甲類)」を使用した例(「闕城郡ハ、本闕支郡ナリ。(巻三五)」)があるので、
「ki(城)」はもっと広い地域で使われていたことがわかるし、『三国志』東夷伝に
見える弁辰十二国の「勤耆国」の「耆」も「城」である可能性があるかも知れない。
村山は日本語「ki2(城)」の成立について〔kol→koi→ki2〕という変化を想定して
いるが、果たしてそういう変化が可能なものなのかどうか。また、板橋のみ「城」
の借音表記として「骨」を挙げるが、『三国史記』地理誌には「骨」を「城」の意の
借音表記として使用した例は見当たらない。『北魏書』等の中国の史書に見える
高句麗建国の地である「[糸乞]升骨城」の「骨」を指して言っているものではないか
とも思うが、不審である。なお、金東昭は、高句麗は山と谷の多い土地柄である
ため、高句麗人は谷に集落を作ったから集落名として「忽(=谷)」を付けただけ
のことに過ぎず、「城」の借音表記として「忽」を使用しているからと言って安易に
「忽=城」と見なしてきた過去の研究態度を非難している。
- 115 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/29(木) 15:40:26 ID:7fWQpdIg
- NO.047
意味:to evade/dodge/shun〜haunt(閃)
漢字表記:木
再構語形:m∂wk(板橋)
比較(日):上代語「mi1-(見る)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:045「功木達{一ニ云フ熊閃山}(巻三七)」
考説:本語は板橋によって初めて取り上げられた語であるが、板橋は「対応語が不明
のもの」のグループに分類している。板橋は本語の意味として「to evade/dodge/
shun」を挙げているので、板橋は「熊閃」を熊から身をかわすとか避けるという
意味で捉えているということになる。一方、スレ主は「閃」をちらちら見えるという
意味に解釈した。その場合は、「熊閃山」は熊がしばしば出没する(=haunt)山
という意味になる。地名としてはスレ主の案の方がわかりやすいと思うがいかが
であろうか。なお、042「kum(bear)」の再構時にスレ主は「木」の頭子音「m-」を
利用したので、そういう意味では本語は語頭に「m」の付かない語形であるべきで
あるが、スレ主は(板橋も)この「m」を前接語の「kum(bear)」の末子音と後接語
である本語の頭子音の両者に併用したものと考えた。板橋がそのように処理した
理由ははっきりしないが、スレ主の場合はそのようにすれば本語を古代日本語の
「mi1-(見る)」と結び付けることが出来ると考えたからであり、そういう意味では
恣意的な処理であると非難されても言い訳は出来ないであろう。
- 116 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/29(木) 15:59:05 ID:7fWQpdIg
- NO.048
意味:hard(堅)〜arm(臂)
漢字表記:馬
再構語形:ma(李基・板橋)
比較(日):上代語「ma(真)」(娜)
上代語「mata-si(完)」(娜)
上代語「mak-(巻・枕・娶)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):エヴェンキ語「maηa(堅)」(李基・板橋)
ラムト語「maη(堅)」(李基・板橋)
満州語「maηga(堅・難)」(李基・板橋)
女真語「manga(難)」(板橋)
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○×○(堅);○××(臂)
原文:040「臂城郡{一ニ云フ馬忽}(巻三七)」
040「堅城郡ハ、本高句麗ノ馬忽郡ナリ。(巻三五)」
考説:本語は040のみしか用例が存在しないが、巻三七では「臂=馬」、巻三五では
「堅=馬」という対応関係になっている。従来はツングース諸語との対応関係を
重視して巻三七の「臂」を「堅」の誤写と捉える見方がなされてきたが、板橋は
巻三五から「堅=馬」を、巻三七から「臂=馬」をそれぞれ別個に取り出し、
前者を既知語彙として、後者を「対応語が不明のもの」として取り扱っている。
スレ主は巻三七を重視する立場であるが、誤字説も捨てがたいので、上記の
ように併記する形にした。いずれの意味にせよ、先行研究では日本語との間
で対応語は一切指摘されていないが、「堅」の意味では古代日本語の完全に
揃った状態を意味する「マ(真)」や「マタシ(完)」を、「臂」の意味では動詞「マク
(巻・枕・娶)」を候補として挙げてみたい。「マク」は腕を対象に巻きつける意味
が原義ではないかと考えたわけである。日本語には「ウデ(腕)」を動詞化した
「ウダク(抱)」という語が存在することも参考になろうかと思う。
- 117 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/29(木) 16:23:53 ID:7fWQpdIg
- NO.049
意味:horse(馬)
漢字表記:馬
再構語形:ma(板橋)
比較(日):上代語「uma〜muma〜ma(馬)」(板橋)
比較(朝):李朝語「mΛl(馬)」(板橋)
比較(ツ):ナナイ語「mori(馬)」(板橋)
満州語「ma(板橋)〜morin(娜)(馬)」(板橋・娜)
比較(他):モンゴル語「morin(板橋)〜mori/muri(娜)(馬)」(板橋・娜)
トルコ語「mare(馬)」(娜)
日朝ツ比:△△△
原文:109「玉馬県ハ、本高句麗ノ古斯馬県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は仮に高句麗語であったとしても、中国語からの借用語(漢語)であることが
明らかなので、ここに挙げるにはふさわしくないようにも思うが、板橋が取り上げて
いることもあって、一応挙げたものである。なお、ツングース諸語及び他言語の比較
内容が板橋とスレ主との間で異なっているが、何せスレ主の情報自体がネットに
基づくものなので、この部分については辞書での確認を要する。
- 118 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/29(木) 16:53:46 ID:7fWQpdIg
- NO.050
意味:big willow(大楊)
漢字表記:馬斤
再構語形:mak†n/mak†r(板橋)
比較(日):上代語「ma(真)」(娜)
上代語「maki2(真木・槙)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:107「大楊管郡{一ニ云フ馬斤押}(巻三七)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」として分類している。板橋は本語の意味として
「‘a kind of tree[lit.'big willow'(大楊)’]」と記していることから、必ずしも本語を大きな
楊の木とは捉えておらず、ある種の木を指す語であると解しているようである。確かに
高句麗語の「楊」としてはB-015「去(楊)」(後出)が存在する上、語形の上からはA-024
「斤/斤乙(tree/wood)」との関係がありそうなので、そのように考えたい気持ちもまあ
わからないではない。ただ、本語とB-015「去(楊)」もkの音を持つ点では共通するので、
A-024「斤/斤乙(tree/wood)」を含めてお互いに何らかの関係があるとするのがよい
のではなかろうか。
- 119 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/29(木) 17:09:16 ID:7fWQpdIg
- >>118の「考説」でA-024とかB-15とか書いてありますが、これは>>69で
書いたように、スレ主が対応語が存在するグループをAグループとし、
対応語が存在しないグループをBグループと区分していることに基づく
呼称です。本来なら、最初の段階で明示すべきことだったのですが、
うっかり忘れておりました。NO.のところも、本当はA-001のようにしておく
べきだったんですがねぇ。当初の予定では、とりあえずAグループを先に
挙げ、その後でBグループを挙げ、最後にCグループとして高句麗語語彙
から除いたものを挙げるつもりだったのですが、>>62で触れた書紀古訓
の高句麗語らしき語以外にも、こちらのケアレスミスで漏らしてしまった
高句麗語語彙があることに昨日の段階で気が付いてしまいました(滝汗)。
そんなわけで、いずれそれらの語彙も何らかの形でお示ししないわけには
参りませんが、今のところはまだ未定とさせて下さい。
- 120 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/29(木) 17:18:42 ID:7fWQpdIg
- 何とか50達成。ようやく全体の1/3に達しますた。まあBグループは
対応語が見つからないグループなのでさらっと行けちゃうでしょうし、
Cグループもそんなに数が多くないので、こちらもそれほど時間は
かからないと思いますが、やっぱりAグループはいろいろ書くことが
あってしんどうおますな。まあぼちぼちやりまっさ。
- 121 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/30(金) 18:44:56 ID:gKLP/LXk
- 今日はちょっと忙しかったのと、風邪を引いて体調が悪かったのとで、
高句麗語うpはお休みさせて頂きますた。代わりと言っては何でつが、
>>117の満州語・モンゴル語・トルコ語の「馬」を意味する語について、
図書館にあった辞書で調べた結果をご報告致しまつ。
◎満州語:morin(馬)。板橋の言う「ma」は見えず。
◎モンゴル語:morin(馬)。ウェブに見える「mori/muri」は見えず。
◎トルコ語:まったくの別語。ウェブに見える「mare」は見えず。
ちなみに、ウェブとは下記のことでつ。
http://gogen-allguide.com/u/uma.html
馬の語源・由来
いったいどうなってるんでせうね(汗)。
- 122 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/03/30(金) 18:53:56 ID:IbbYc8Fw
- おつかれさまです。
>>105
初期古訓に arph が出てくるとは初耳でした!!
現代語では r の脱落した aph という形で「(方向の)前」や「(時間の)これから先」を
表すのに使われます。
韓国語って、方角だけを表す固有語がなくて、現代語でも東西南北は漢字語に「〜の方」という意味の
ccok という言葉をつけて表します。
じゃあ昔はどうかというと、『鶏林類事』でも方角については「東西南北同」とやる気のない処理w
ただ、漁師が使う言葉では「東」を表す sae、「南」を表す ma って単語があります。
「東風」は saes-param とか。
ただ、これが本当に古来からの語かというと、ちょっと怪しいところもあって、
sae は中期語で s∧i という形が少し現れるそうですが、
何となく「夜が明ける」という意味の sae-ta(中期語 :sai-.ta)との関係がありそうだし、
ma は中期語の例もないようで、あるいは「(十二支の)午」の意味の mar の転訛や、
日本語の「マ」「マジ」の借用という可能性も考えられるでしょう。
ただそうすると、漢字語輸入以前はどんな言葉使ってたんだ、という疑問がわいてくるのですが、
どうも左右を表す言葉で東西を言った例はないようです。
というか、「右」を表す orщn- は「正しい」「道理に合っている」という意味の orh-ta からの派生語だし、
「左」を表す oen- も「順番が逆で不便だ」「心がねじけている」という意味の oe-ta の派生語という、
フランス語みたいな状況で、そこから更に方角を表すまでには至らなかったようですが。
- 123 名前:名無しさん 投稿日:2007/03/30(金) 19:29:05 ID:IMFaNT96
- >>103
ありがとうございます。ちゃんと音韻法則を打ち立てられる日がくるといいん
ですけどね。
>>121
モンゴル語については、mori で問題ありません。morin の末尾の n は、「不
定の n」と言われて、後続の付属語によって現れたり現れなかったりします。
例えば、主格 (無標) では mori ですが、与位格 du がつくと、morin_du と
なります。「不定の n」を持つ語の見出し語をどうするかは、辞書編集者の好
みによるようです。
「mori (muri)」とあるのは、おそらく、モンゴル文字では o と u が同形で、
字面の上では mori と muri が区別できないからだと思います。
- 124 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/31(土) 14:36:07 ID:Et9tCxtg
- >>122
任那語や朝鮮語で南が前、北が後ろということは、辰韓・弁韓の韓族も
南を正面と捉える慣習があったということになり、その点夫餘族の高句麗
と一致するわけですが、日本語ではその辺がどうなのかはっきりしないん
ですよね。ただ、昨日『白鳥庫吉全集』を斜め読みしていたら、白鳥は
日本語の「ミナミ(南)」を「メ(目)+ナ(〜の)+モ(方)」の転、「キタ(北)」
を「カタ(肩)」の転と解することが出来るとし、日本人も南を正面と捉えて
いたと主張しておりました。尤も、金田一法則に照らせば、どちらも見事な
までに古代アクセントが合わないので、首肯し難いんですけどね。
>>123
なるほどそういうわけですか。ありがとうございます。モンゴル語の語形
は「mori(馬)」ということに致します。ついでながら、トルコ語については、
確証が得られるまで本表からは除くことにしようと思います。
- 125 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/31(土) 17:11:52 ID:Et9tCxtg
- 風邪がまだ直っていないこともありますので、本日も
高句麗語うpはお休みさせて頂きますm(_"_)m
<チラシノウラ>
白鳥の著作を読んで思ったことですが、日本語学等、
専門の立場から見ればいろいろ問題はあるにせよ、
日朝両言語の比較研究という分野での白鳥の業績は
先駆的なものであることは間違いないわけで、もう少し
高く評価されてもいいのではないかと思いました。結局
は戦前の日韓同祖論の逆風によるものなのでしょうがね。
</チラシノウラ>
- 126 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/31(土) 18:24:55 ID:Et9tCxtg
- ネットサーフィン(死語)をしていて偶然見つけますた。
http://www.uni-tuebingen.de/kultur-japans/ka/KiKi/Nihongi1.htm
http://www.uni-tuebingen.de/kultur-japans/ka/KiKi/Nihongi2.htm
http://www.uni-tuebingen.de/kultur-japans/ka/KiKi/Kojiki.htm
これらのデータは国文学研究資料館のデータベースに登録されている岩波旧大系の
『日本書紀』と『古事記』の電子データそのままでつな。私は正規のルートで同データを
入手、所持しておりまつのでわかるのでつ。URLを掘っていくと、このデータを載せて
いるのはドイツのチュービンゲン大学のDr. Klaus Antoniなる日本文学研究者みたい
でつ。しっかし、いくら外国だからって、無断転載はイク(・A・)ナイ!!
- 127 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/02(月) 14:17:38 ID:omVnUMd2
- NO.051
意味:iron(鉄)〜round/ring/circle(円)
漢字表記:毛乙
再構語形:mawir(板橋)
比較(日):上代語「maro2(丸)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:×××(鉄);○××(丸)
原文:042「鉄円郡{一ニ云フ毛乙冬非}(巻三七)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」として分類し、意味を「ring/circle(円)」と
認定しつつも、直後に「or ‘iron’?」ともしている(論文上ではレイアウトの失敗で
次項にずれ込んでしまっているが)。これは村山が097「冬非」をトルコ語の「鉄」
と結び付けるために042の対応を「鉄=冬非」「円=毛乙」と倒置して解釈したの
を踏襲したものである。しかしながら、042の原文は「鉄円」と「毛乙冬非」なので
あるから、まずは「鉄=毛乙」「円=冬非」としておき、倒置により「鉄=冬非」
「円=毛乙」という対応になっている可能性もあるかという程度にとどめておくの
がよいと思われる。
- 128 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/02(月) 14:26:35 ID:omVnUMd2
- NO.052
意味:gnarl/joint(節)
漢字表記:蕪子
再構語形:butsi(娜)
比較(日):上代語「Φusi(節)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:167「節城ハ、本蕪子忽ナリ。(巻三七)」
考説:本語は日本語とよく対応するように見えるにもかかわらず、先行研究で
取り上げられたことが一度もないのは不思議である。
- 129 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/02(月) 14:43:01 ID:omVnUMd2
- NO.053
意味:garlic(蒜)
漢字表記:買尸
再構語形:meir(板橋)
mair(李基)
比較(日):上代語「mi1ra(韮)」(李基・板橋)
比較(朝):李朝語「man∧l(蒜)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):モンゴル語「maηgirsun(野蒜)」(李基・板橋)
モンゴル語「manggir(蒜)」(李基)
日朝ツ比:△△×
原文:127「蒜山県ハ、本高句麗ノ買尸達県ナリ。(巻三五)」
考説:モンゴル語の対応語の「maηgirsun(野蒜)」について、李基文は中世モンゴル語で
あるとする(『韓国語の形成』243頁)が、板橋はモンゴル語としつつも「?」と疑問符を
付けている。同語を確認できなかったものであろうか。実際、李基文は別の箇所(同書
87頁)では「manggir(蒜)」と対応させており、統一が取れていない。
- 130 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/02(月) 14:55:54 ID:omVnUMd2
- NO.054
意味:colt(駒)
漢字表記:滅烏
再構語形:meru(板橋)
mero(娜)
比較(日):上代語「uma〜muma〜ma(馬)」(板橋)
上代語「ko1ma(駒)」(娜)
比較(朝):李朝語「mΛl(馬)」
李朝語「mΛ'jaci(駒)」
比較(ツ):ナナイ語「mori(馬)」
満州語「ma(板橋)〜morin(娜)(馬)」(板橋・娜)
比較(他):モンゴル語「morin(板橋)〜mori(娜)(馬)」(板橋・娜)
日朝ツ比:○○○
原文:004「駒城{一ニ云フ滅烏}(巻三七)」
考説:本語は004の「駒城」「滅烏」の関係を「駒=滅烏」「城=φ」としたものであり、
やや変則的であるが、「〜城」は地名に後から付加される可能性が高い語で
あると思われるので、許容範囲ではなかろうか。なお、板橋は本語から指小辞
として113「烏」を抽出している。
- 131 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/02(月) 15:52:35 ID:omVnUMd2
- NO.055
意味:river/water(川・水)
漢字表記:買/米
再構語形:mey(板橋)
mie〜mo¨i<*mo¨r(李基)
me〜mi(村山)
比較(日):上代語「mi1(水)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):新羅語「mul(水)」(板橋)
李朝語「mщl(水)」(李基・板橋)
比較(ツ):エヴェンキ語「mu(水)」(李基・板橋)
女真語「mu¨(水)」(板橋)
満州語「mu-ke(水)」(李基・板橋)
比較(他):中世モンゴル語「mo¨ren(江・海)」(李基)
トルコ語?「mu ̄(水)」(板橋)
ギリヤーク語「m'∂(川の源)」(板橋)
日朝ツ比:○○○
原文:003「南川県{一ニ云フ南買}(巻三七)」
017「買忽{一ニ云フ水城}(巻三七)」
041「内乙買{一ニ云フ内尓米}(巻三七)」
041「沙川県ハ、本高句麗ノ内乙買県ナリ。(巻三五)」
106「[犬+生]川郡{一ニ云フ也尸買}(巻三七)」
072「内米忽{一ニ云フ池城。一ニ云フ長池}巻三七」
考説:本語は高句麗語と日・朝・ツからアルタイ諸語までよく対応する例である。
ただ、板橋のその他諸語との比較の箇所に出てくる「mu ̄(水)」の略称
「TKc」は不審である。とりあえずトルコ語?(同論文の略称はTk)として
処理したが、トルクメン語(同Tkm)の誤りかも知れない。そういう意味では、
「mo¨ren(江・海)」の「WMo」も妙なのであるが、これは「MMo」の誤記
として捉えた。板橋論文にはこの種の誤記が少なくないので要注意である。
しかし、それよりも問題なのは、板橋が本語の漢字表記として「勿」を挙げて
いる点である。これは060「徳水県ハ、本高句麗ノ徳勿県ナリ。(巻三五)」に
拠るものであるが、新羅地名に「泗水県ハ、本史勿県ナリ。(巻三四)」とあり、
新羅語では「水」を「勿(mol〜mul)」と言ったことは明らかである。一方、
高句麗語の場合、060を除きすべて「買」「米」で漢字表記されており、語末
に「-l」は存在しなかったと見てよい。そもそも060は巻三五の例ということも
あり、新羅語がその地名に反映している可能性が高いことを考慮すれば、
「勿」を高句麗語の漢字表記例として認めるのは危険である。てなわけで、
スレ主の判断としては、「勿」を本語の漢字表記より削除するとともに、同語
をCグループ(高句麗語語彙から除いたもの)に属せしめるのがよいという
結論に達した。朝鮮語と高句麗語を言語的に同系であると考える板橋に
とってみれば、高句麗語の「水」に「-l」を含む異形も存した方が都合がよい
のであろうが、やはりこの処置は頂けないと思う。
- 132 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/02(月) 20:07:45 ID:1ZH8M7/k
- >>129
manggir と manggirsun とくれば、後者が前者の派生語だろうと思うところで、
実際そのようです。小沢重男の『現題モンゴル語辞典』は、manggir を「野生
のねぎ類」、manggirsun を「ねぎの一種」としています。さらに、同じ小沢
は、-sun を、「実語語幹に接尾され、該実詞の内容の一般化及び集合性を示
す実詞を作る」(『蒙古語文語文法講義』p.258)。manggir/manggirsun がこの
意味で対応しているかはちょっと分かりませんが。
- 133 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/02(月) 23:24:34 ID:mwxlIxdk
- >>132
なるほど。manggirもmangugirsunもどちらもモンゴル語には
あるわけですね。それにしても、なぜ板橋はモンゴル語だけに「?」を
付けたのでしょうか。不思議なこともあるものです。
- 134 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 02:03:54 ID:pBWtA46E
- >>62
あらためて『日本書紀』巻19・欽明紀6年〜7年の、『百済本記』に
基づく高句麗大乱関係の記事に登場する高句麗語と思しき古訓を
眺めてみると、中々に面白いものがあります。
一般の方が目にする『日本書紀』と言えば、おそらくは岩波旧大系
か小学館の新全集の『日本書紀』だと思いますが、両者を見比べて
みると、当該部分の訓点に微妙な違いがあることに気付かれること
でしょう。これは、旧大系と新全集の底本が違っている(巻19に限れば、
旧大系が室町後期写の吉田兼右本、新全集が江戸期の寛文板本)
ためというよりも、当該部分の訓点に対する校訂者の考えの違いに
起因するものであって、両者ともそれぞれの底本に見える訓点をその
まま採用することはせず、他の資料を利用して訓みを決めています。
その資料とは卜部兼方の『釈日本紀』(鎌倉末期)です。
実は巻19は古写本に恵まれていない巻でして、最古の写本が南北
朝期写の北野神社本第3類という体たらくなのですね。それに比べ
れば、まだ『釈日本紀』の情報の方が古くて信用がおけるというわけ
です。加えて、旧大系の底本である兼右本(寛文板本もその同系本)
は、火災で失われてしまった卜部吉田家伝来の証本を、兼右が多く
の同系写本を校合することによって復元したもので、それぞれの書写
の過程で生じたと思われる多数の違訓を含みます。実際、当該箇所
にもその種の奇っ怪な訓がいくつも登場するので、本文はともかく訓点
はいずれを是ともし難い面があるんですよね。その点、『釈日本紀』の
訓は比較的整理されていて使いやすいという事情もあり、旧大系や
新全集の編者はこちらを主として採用したのでしょう。
しかしながら、兼右本の一見奇怪な訓点も、もしかすると高句麗語を
反映した古訓を伝えるものかも知れません。高句麗語と書紀古訓の
関係を追究するのであれば、やはり『釈日本紀』だけでなく兼右本や
北野本の訓点も考察の対象に入れるべきであると考えます。
ただここで大きな問題が(汗)。スレ主は兼右本の影印本は所持して
おりますし、『釈日本紀』も、国史大系の活字本とは言え所持しており
ますが、北野本は持っていないんですよね。北野本はむか〜し昔に
複製本が作られてはおりますが、これはどこにでもあるというシロモノ
ではありませんで、少なくとも私の職場にはありません。母校にはある
のですが、遠くて見に行けない…。国史大系の『日本書紀』は北野本も
校合本として利用しており、ところどころに北野本の訓というのが見え
ますが、当然すべての訓を網羅しているわけではないですからねぇ。
さてさて、どうしたものか。
- 135 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/03(火) 07:39:11 ID:M.5EqAiU
- >>134
http://www.books-yagi.co.jp/antiq/cgi-bin/antiqfind.cgi?cmd=d&gno=1&kn0=4&ks0=22065&bk=../pages/jihitu.htm
、、、高いニダ。
- 136 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 16:43:09 ID:uGpHq10w
- >>135
>、、、高いニダ。
そうなんですよね。母校で見た時にはそんなご大層なものには
見えなかったのですが…。塗り箱っつっても、埃をかぶっていて
薄汚かったですし、複製本も何か安っぽい感じでした。
- 137 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 16:43:25 ID:uGpHq10w
- NO.056
意味:three(三)
漢字表記:密
再構語形:mir(板橋)
mil(李基)
mil〜mi(村山)
比較(日):上代語「mi1(三)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××,
原文:105「三[山+見]県{一ニ云フ密波兮}(巻三七)」
考説:本語は高句麗語と日本語の親近性を示す例として有名な語である。板橋は伽耶地名の
「玄驍県ハ本推良火県ナリ。{一ニ云フ三良火}(巻三四)」の例を挙げ、「新羅語でも*mirが
使用されていた証拠」とするが、164「三陟郡ハ、本悉直国ナリ。(巻三五)」の記述や高麗語
「sei(三)」、李朝語「s∂ih(三)」などの証拠から、夫餘系言語はm系、韓系言語はs系で
あったとすべきである。伽耶地名に現われた「mil(三)」は、かつて伽耶地域の一部に夫餘
系言語を話す人々が住んでいたことを示すものだろう。
- 138 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 17:17:34 ID:uGpHq10w
- NO.057
意味:mountain(山)
漢字表記:文〜弥
再構語形:mun〜mie(娜)
比較(日):上代語「mure(山)」(娜)
上代語「mori(森)」(娜)
比較(朝):高麗語「muai〜moe(山)」(娜)
李朝語「moih(山)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×,
原文:142「翼[山+見]県{一ニ云フ伊文県}(巻三七)」
191「鷲岳城ハ、本甘弥忽ナリ。(巻三七)」
考説:本語は先行研究で指摘されたことが一度もないが、142より「[山+見]=文」、191より
「岳=弥」という対応が導き出され、ともに頭子音が「m-」で始まる語であることから、
高句麗語として認めてよいのではなかろうか。古代日本語や朝鮮語に対応語が認め
られる点も心強い。なお、高麗語形の「muai(山)」は『鶏林類事』(1103-4年頃)の
「山曰毎」に、「moe(山)」は日本の歌学書である順徳上皇の『八雲御抄』(1240年頃)
に見える「牟礼、山名、今朝鮮語云/2毛恵/1」に、それぞれ基づくものである。
- 139 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 17:27:30 ID:uGpHq10w
- NO.058
意味:属格・修飾辞
漢字表記:乃
再構語形:n∂(板橋)
比較(日):上代語「no2(の)」(板橋)
上代語「na(な)」(板橋)
上代語「ga(が)」(板橋)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):オセアニア祖語「no〜na〜ga(属格・修飾辞)」(板橋)
日朝ツ比:△××
原文:007「黄驍県ハ、本高句麗ノ骨乃斤県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は007を「黄=骨(A-034)」「驍=斤(→A-023)」の対応とし、余った「乃」を
属格・修飾辞として取り扱ったものである。日本語とよく対応するが、巻三五系
語彙であるのがネックである。ちなみに、上代語「ナ」は「ミナト(水な門)」「マナコ
(目な子)」「ウナバラ(海な原)」等の複合語にのみ見えるもので、上代において
既に古語化していたと推測される連体格助詞である。
- 140 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 17:37:10 ID:uGpHq10w
- NO.059
意味:sand(沙)
漢字表記:内乙(板橋)〜内尓(娜)
再構語形:n∂ir(板橋)〜n∂ini(娜)
比較(日):上代語「ni(土)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:△××
原文:041「内乙買{一ニ云フ内尓米}(巻三七)」
041「沙川県ハ、本高句麗ノ内乙買県ナリ。(巻三五)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、上代語の
「ニ(土)」と対応させてもよいのではないかと思う。土と砂の区別は必ずしも
分明なものではないからである。また、板橋は漢字表記として巻三五の「内乙」
のみを取っているが、巻三七の該当箇所にあるように、「内尓」をも漢字表記と
して含めるべきであろう。おそらくn∂ini>n∂iri>n∂ilという変化を遂げたもの
と推測される。
- 141 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 17:48:41 ID:uGpHq10w
- NO.060
意味:white(白)
漢字表記:奈兮(板橋)〜兮(娜)
再構語形:n∂γei(板橋)〜γei(娜),
比較(日):ナシ
比較(朝):高麗語「hΛn(白)」
李朝語「hΛi(白)」
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:×△×
原文:014「白城郡ハ、本高句麗ノ奈兮忽ナリ。(巻三五)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、それは
014の「奈兮=白」という外形上の対応ばかりに目を奪われてしまった結果で
ある。A-063「奈(big)」の存在を加味すれば、「奈兮」の「奈」はまさしくA-063
のそれであり、この場合は「はなはだ」「大変」という意味の形容語として使用
されていると考えれば、「白」を意味する部分は「兮」であるということになり、
朝鮮語と対応させることが可能になってくるのである。尤も、本語は巻三五系
語彙であるから、新羅人が高句麗地名の音形から「白」に相当する新羅語を
連想して「白城」という漢語地名を付けた可能性も考慮しなくてはならないこと、
もちろんである。
- 142 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 18:10:38 ID:uGpHq10w
- 現在A-060まで行ったところですが、私は明日から9日まで田舎に
帰りますので、その間高句麗語うpはお休みにさせて下さい。
せっかくですから、>>134絡みで巻19の当該箇所に関連する諸資料
を挙げておきますので、皆さんの方でもこれをお読みの上、あれこれ
考えを巡らせるのも一興ではないかと存じます。
◎岩波旧大系巻19・欽明紀七年条
是歳、高麗大亂。凡鬪死者二千餘。{百濟本記云、高麗、以/2正月
丙午/1、立/2中夫人子/1爲/v王。年八歳。狛王有/2三夫人/1。正
夫人無/v子。中夫人生/2世子/1。其舅氏麁群也。小夫人生/v子。
其舅氏細群也。及/2狛王疾篤/1、細群・麁群、各欲/v立/2其夫人之
子/1。故細群死者、二千餘人也。}
是歳(ことし)、高麗大きに亂る。凡(す)べて鬪(たたか)ひ死(し)ぬる
者二千餘(ふたちたりあまり)。{百濟本記(くだらほんき)に云はく、高麗、
正月(むつき)の丙午(ひのえうまのひ)を以て、中夫人(くのおりくく)の
子(よも)を立(た)てて王(おりこけ)とす。年(とし)八歳(やつ)。狛王
(こくおりこけ)に三(みたり)の夫人(おりくく)有(あ)りき。正夫人(まかり
おりくく)は子(よも)無(な)し。中夫人(くのおりくく)、世子(まかりよも)を
生(う)めり。其の舅氏(しうと)は麁群(そぐん)なり。小夫人(しそおりくく)、
子(よも)を生めり。其の舅氏(しうと)は細群(さいぐん)なり。狛王(こく
おりこけ)の疾篤(やまひ)するに及(いた)りて、細群・麁群、各(おのおの)
其の夫人(おりくく)の子(よも)を立てむとす。故(かれ)、細群の死ぬる者、
二千餘人(ふたちたりあまり)なりといふ。}
- 143 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 18:15:08 ID:uGpHq10w
- ◎岩波旧大系・同上補注(大野晋執筆か)
周書、百済伝に「王姓夫余氏、号/2於羅瑕/1、民呼為/2[革建]吉支/1、夏言並王也、
妻号/2於陸/1、夏言妃也。」とある。[革建]はコンであるから、[革建]吉支はコンキシで
あり、王をコニキシと訓むのと一致する。コニは大を意味し、キシは君を意味する。従っ
て[革建]吉支は大君で、王にあたる。コニキシはコンキシと同じ。コキシとあるのも、実際
にはコニキシである。中古の片仮名表記では撥音表記は統一されていなかったので、
しばしば無表記のままになっているものがある。於羅瑕はオラケと訓むべく、多少の相違
があるが、オリコケと対応するものと見られる。於陸は、オロク、オルクまたはオリクで、
オリククとあるのに対応する。これを朝鮮語で試みに解釈すれば、訓蒙字会に嫁をo¨r、
娵をo¨rとある。このo¨rという語は男女交合の意であり、オリク・オロクとあるのは、そう
いうことをする女の意、つまり夫人・妻の意であろうか。コニオルクはコン、オロクと同じで
あるから、王后の意となる。
マカリヨモ・マカリオリククにおけるマは、訓蒙字会に、上をmΛtΛiとあり、月印釈譜に
長をmΛs,mΛtとある。そのマではなかろうか。マカリのカリは、mΛt-harのharを、
当時、ハ行音をpで発音した日本語では、カリと写したものではなかろうか。してみると、
マカリはmΛt-harの音写であり、「上の」とか「長の」とかの意となる。つまり、マカリオリ
クク(正夫人)・マカリヨモ(世子)のマカリとは、右のような意味のものと考えてはどうか。
ヨモは子の意であろう。
シソオリクク(小夫人)のシソは欽明二年四月に、中佐平をシソサヘイと訓むところがある。
小と中と混同があるらしいが、シソのシは、suiの意で、小さいとか、妾とかの意ではなかろう
か。それで、小夫人の小にあたるところに使われているのではなかろうか。ただし、これらの
語は、高句麗語であろうから、朝鮮語によって解決することは、なお大きい問題があるが、
従来これを解することがほとんどなかったので試案として記すのである。
- 144 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 18:27:09 ID:uGpHq10w
- ◎小学館新全集同前
是(こ)の歳(とし)に、高麗大きに乱る。凡(すべ)て闘(たたか)ひ死(し)ぬる者(ひと)
二千余(あまり)なり。百済本記に云はく、「高麗、正月の丙午を以(も)ちて、中夫人
(くのおりくく*1)の子(よも*2)を立(た)てて王(おりこけ)とす。年八歳なり。狛王(こく
おりこけ)に三夫人(おりくく)有(あ)り。正夫人(まかりおりくく*3)は子(よも)無(な)し。
中夫人(くのおりくく)、世子(まかりよも*4)を生(う)めり。其(そ)の舅氏(しうと)は麁群
(そぐん)なり。小夫人(しむおりくく*5)、子(よも)を生めり。其の舅氏は細群(さいぐん)
なり。狛王の疾篤(やまひ)するに及(いた)りて、細群・麁群、各(おのおのも)其の夫人
の子を立てむとす。故(かれ)、細群の死ぬる者(ひと)、二千余人(あまり)なり」といふ。
*1:クノオリククは古訓。オリククは『周書』百済伝の「妻ハ於陸オリクト号ス。夏言(中国語)
妃ナリ」とあるのに対応する。クは不明だが、古代朝鮮語の「中」を意味する語か。
*2:ヨモは古訓。「子」に用いられているが、世継ぎの意か。
*3:皇后、王妃の意。マカリは古訓。長上を意味する古代朝鮮語か。オリクク→前注。
「夫人」は諸侯の正妻を意味し、百済でも私的には「王妃」を用いることはあっても、
正式には「夫人」と称された可能性が高い。これは朝鮮三国の高句麗・百済・新羅が
共に中国皇帝の藩臣としての礼をとったため、皇帝にあたる用語を採用せず、その
ため王妃の称号も用いなかったのであろう。
*4:マカリヨモは太子の意。「世子」とするのは中国王朝の藩臣としての礼を尽した表記法
である。「好太王碑文」にも高句麗の太子が「世子」と記されている。
*5:シムは「小」の古代朝鮮語か。上中下三佐平の「中」の古訓シソと関係づけて解釈する
説もある。
- 145 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 18:30:14 ID:uGpHq10w
- >>144 補足
注を付けたのはおそらく西宮一民氏(国語学・上代文学)だろうと
思います。氏は上代語の専門家で、記紀の専門家でもありますから。
- 146 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 19:46:12 ID:pBWtA46E
- 白鳥庫吉「『日本書紀』に見えたる韓語の解釈」(1897年4〜7月、『史学雑誌』8-4〜7)
※『白鳥庫吉全集・3』(1970年3月、岩波書店)に再録されたものから関係部分のみ引用
オラカ オリク ハシカシ エハシ トモ
王 妃 夫人 女郎 子
『書紀』巻一九欽明七年の処に引ける「百済本記」に
クノオリケノトモ オリコケ ヲリクク トモ マカリトモ
立/2中夫人 子/1為/v王 、年八歳、狛王有/2三夫人/1、正夫人無/v子、中夫人生/2世子/1。
とあり。『通証』巻二四に
中音苦、夫人崇峻紀訓/2於利久/1。
とあり、百済語王をオラカともアリコケとも云ひ、夫人をオリクと云ひ、子をトモと云ひしなり。
『周書』巻四九百済伝に
王姓夫余氏、号/2於羅瑕/1、民呼為/2[革建]吉支/1、夏言並王也、妻号/2於陸/1、夏言妃也。
とあり。於羅瑕は『書紀』のオリコケに当り、於陸は『書紀』のオリクに当る。土耳其語大をgengとも
boukとも又ourgou,ulu,ulug,ulkanとも云ふ。思ふにオラカのオラは上のuluにて大の義、カ
は任那の旱岐の岐、扶余高句麗の加に当る。又オリコケ(olikoke)と云ふ場合にはオリコは上の
ulug即ち大の義、ケは岐或は加に当る言なり。されば[革建]吉支と云ふも於羅瑕と云ふも、均しく
大人の義にて、其意味の上に毫末の差異なきなり。妻をオリケともオリクとも云ふは、母韻の変化
によりて、男女の性を分ちしならん。例へば満洲語父をamaと云ひ母をemeと云ふの類なり。
韓語また夫人をハシカシと云ふ。思ふにハシカシのハシは波沙寐錦の波沙、居西干の居西に当る
言にして大の義なるべし。カシは土耳其語のkatyと同音にして妻の義なり。突厥語皇后を可賀敦と
云ふ。可は可汗の可と同音にして大の義賀(カ)敦(トン)は上に記せるカチと同音なり。故に突厥の可賀
敦は韓のハシカシと同音なるやに覚ゆ。邦語皇后をキサキと云ふに連絡ありげなり。
韓語女郎をエハシと云ふ。案ずるにキルギス語及土耳其語女をkyzといひ、蒙古語okinと云ひ、
匈奴語居次といへば、韓語のエハシも此語系に属すべきものにや。今朝鮮語女をkjecip(ケーチプ)と
云ふ。匈奴の居次、キルギス・土耳其語のkyzと音声の甚だ相似たるを覚ゆ。
今朝鮮語子をatщl(アトル)と云ふ。『書紀』子をトモと訓ませたると同音なるにや。又朝鮮にて下人従僕
など貴人の児童をtorjっηnim(トリョングニム)と云ふ。nim(ニム)は前にも云へるが如く、元意は主(ヌシ)にして、
今は某(ナニ)様(サマ)といふ程の敬詞なれば、torjっη(トリョング)は児童の義なり。古語トモと音相近し。
- 147 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 21:15:40 ID:pBWtA46E
- >>146
朝鮮語の引用箇所、原文はすべてハングル表記です。
さて、以上をご覧になって、いくつかお気づきになった点もあろうかと
思います。まず>>142の旧大系と>>144の新全集、訓読の方は大体
似通っておりますが、一番の相違点は、「小夫人」の訓です。旧大系は
「しそおりくく」と訓んでいるのに対し、新全集は「しむおりくく」と訓んで
おります。新全集の注(>>145)で「上中下三佐平の「中」の古訓シソと
関係づけて解釈する説もある。」と指摘されていることからもおわかりの
ように、旧大系の「しそおりくく」は「小夫人」に対する伝統的な訓(古訓)
ではなく、旧大系の編者(おそらく大野晋)が私的に付けたものです。
一方、新全集の「しむおりくく」については、『釈日本紀』の秘訓として
記述されているのを確認しておりますので、新全集の編者が『釈日本紀』
に従って同訓を採用したことがわかります。更に言えば、『釈日本紀』には
「シムオリクヽ」の「シム」の右に「音信」と傍書しております。「信」は唇内
鼻音-mではなく舌内鼻音-nの漢字ですので、もしこの漢字表記の方が
正しければ、本語の再構語形は「sin'orikuku」ということになりそうです。
一般に-nはン表記、-mはム表記と言われますが、平安初期には必ずしも
そのように書き分けられているとは限らず、-nがム表記された例もあると
聞いておりますので、本例もおそらくそういうことなのでしょう。
ただややこしいのは、兼右本の当該箇所で「小夫人」の傍訓として与え
られているのは「コウオリクヽ」であるということです。こちらが正しい語形
であるとすると、日本語の接頭語「コ(小)」と意味・発音ともに非常に近い
ものとなりますが、はたしてこの訓を信用してよいものかどうかです。
『釈日本紀』の作者・卜部兼方と兼右本の筆者・吉田兼右は、平野社系と
吉田社系で系統は分かれているものの、同じ卜部家の人間であり、その
『日本書紀』はどちらも卜部系統と言われる系統に属しております。要は、
どちらも本文・訓点ともに同一系統のはずなんですよね。古さの点では、
『釈日本紀』に軍配が上がることは間違いありませんが、兼右本も>>134
に述べたような事情で、今は伝わらない古写本の訓点をいずれかの写本
から受け継いだ可能性もありますので、難しいところです。
ついでに言えば、兼右本には「小夫人」の「小」の左傍に「六 隻」と記さ
れています。「六」というのはおそらく兼右が写した写本の一つの略称で、
その本では「小」が「隻」となっていたという意味かと推察されます。ただ、
今のところ当該部分が「隻」となっている『日本書紀』の写本は存在しない
ようです。
- 148 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/03(火) 21:35:49 ID:y6cP7FDQ
- >>136
研究費に計上するとか大学に買ってもらうとか出来ないニカ?
三国史記ならともかく書紀ならソンセンニムの専門の範囲内だろうニダし。
「北野本すら無いとは大学として許されない恥辱ニダ!!かんしゃくおこる!!!1」てな具合に。
http://webcat.nii.ac.jp/cgi-bin/shsproc?id=BN02374302
↑を見ればケンブリッジやオックスフォードにまであるのに!!!1
- 149 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 21:41:16 ID:pBWtA46E
- >>146に引いた白鳥庫吉の論文で取り上げられている語彙のうち、
女郎(エハシ)は百済語であって高句麗語ではないので、その部分は
読み飛ばして下さって結構です。ただ、この論文に出てくる「子(トモ)」
には奇異の念を抱かれた方も多いと思います。>>142や>>144では、
「子」の訓は「よも」ですからねぇ。実はこれ、白鳥の誤記や勘違いでは
なく、ちゃんと典拠のある古訓なのです。確かに『釈日本紀』には出て
きませんが、兼右本では「子」の右訓として「トモ」が、左訓として「ヨモ」
が併記されているのです。まだ確認したわけではありませんが、板本
もおそらく当該部分は同様の状態になっているのではないでしょうか。
板本は兼右本と非常に近い関係にある卜部系統の写本を底本にして
いるはずですから。白鳥は『日本書紀』の専門家ではありませんから、
彼が見た『日本書紀』は板本ないし板本系の活字本であったと思われ
ます。その結果、白鳥は、両者のうち「トモ」の方を正しい古訓であると
考え、上記のような論文を書いたのではないでしょうか。
尤も、仮に白鳥が『釈日本紀』も見たとしても、彼の結論が朝鮮語の
「torjっη(トリョング)」である以上は、トモこそが正しい訓であるという彼の
考えは変わらなかったかも知れません。しかし、もし彼が兼右本を披見
する機会があったとすれば、あっさりと自説を放棄したのではないかと
思います。それでは、兼右本の当該部分をご覧下さい。少しでも見た目
が原本のレイアウトに近くなるように私の乏しいAA作成能力を駆使して
みました(w
- 150 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 21:43:35 ID:pBWtA46E
- ◎兼右本『日本書紀』巻一九・欽明紀七年条
クノ オリク+ トモ ヲリコケ
百 済 本 記 云 高 麗 以 正 月 丙 午 立/2中 夫 人 子/1為/v王
ムツキノ ヨモ
トシ ヤツ コク オリコケ ヲリク+ マカリ オリク+ トモ ク
年 八 歳 狛 王 有/2三 夫 人/1正 夫 人 無/v子 中 夫 人
コクコノオリコケ
マカリ ヨモ シウト ソ クン コウ オリク+ コトモヲ
生/2世 子/1 其 舅 氏 麁 群 也 小 夫 人 生/v子
六隻
- 151 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 21:53:19 ID:pBWtA46E
- >>150
そう!この「トモ」なる訓、実は複数を意味する接尾語「ドモ」だったのです。
1行目の「子」では左訓の「ヨモ」は「子」の左傍にきちんと記されているのに、
「トモ」は「子」と「為」の中間に記されているんですよね。それは2行目の「トモ」
も同様です。更に3行目の「子」ははっきりと「コトモヲ」と付訓されているわけで、
「トモ」が日本語の接尾語「ドモ」であることはもう疑いようのないことであると
思います。
てなわけで、高句麗語の「子」を意味する語形としてはヨモかトモか答えは
DOTCH?という疑問に対しては、ヨモの方を取るべきであるというのがスレ主
の用意した答えになります。ただ、このように考えていくと、もしかして「ヨモ」の
方も接尾語「ドモ」のなれの果てなのではないかという恐ろしい考えが浮かんで
きたりして、夜も眠れなくなりそうなのはヒミチュニダ。
- 152 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 22:03:18 ID:pBWtA46E
- >>148
ウリとしては、影印本の形でもう一度出版し直してほすぃニダ。
せめて図書館蔵ならマイクロフィルムから紙焼きでも何でもして
もらいやすいニダが、こんな時神社や個人蔵の本は困るニダよ。
熱田神宮所蔵の熱田本は複製すらないニダし。チォブ。
- 153 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/04/04(水) 00:36:37 ID:Xpi6Tq0Y
- >>149
toryeongは手元の辞書を見ると、「未婚男性を少し敬って言う語」とあり、
また語源をひもとくと、高麗時代に貴種の若い僧侶の敬称として使われた tori という語が古形、
しかもこの語、「阿闍梨」の省略形「闍梨」の韓国式漢字音読みだといいますから、
古代の半島の言語起源の語と見なすのはちょっと無理でしょう。
ちなみにこの語、現代ではtoryeonnim(トリョンニム)という形でよく用います。
意味は「坊っちゃん」。
敬称として使うのみならず、日本語の「ボンボン」というニュアンスでもよく使います。
- 154 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/05(木) 15:57:55 ID:lfmytqWg
- 既婚女性が旦那の弟にも使ってますね>toryeonnim(トリョンニム)
- 155 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/09(月) 14:32:33 ID:iRR6etVE
- A-061
意味:land/earth(壌)
漢字表記:内/奴/悩/那
再構語形:na(村山・板橋)
na〜nua(李基)
na〜no(娜)
比較(日):上代語「na(土地・国)」(村山・李基・板橋)
上代語「no1(野)」(Beckwith)
比較(朝):新羅語「na(板橋)〜nu¨/nu¨ri(李基)(世界)」(李基・板橋)
李朝語「narah(地)」(李基)
比較(ツ):南ツングース諸語「na ̄(地)」(村山・李基・板橋)
女真語「na ̄(土・地)」(板橋)
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○○
原文:047「於斯内県{一ニ云フ斧壌}(巻三七)」
022「穀壌県ハ、本高句麗ノ仍伐奴県ナリ。(巻三五)」
032「骨衣内県(巻三七)」「荒壌県ハ、本高句麗ノ骨衣奴県ナリ。(巻三五)」
147「休壌郡{一ニ云フ金悩}(巻三七)」
「貫那(巻一五)」
「朱那(巻一五)」他多数
考説:本語は高句麗語語彙として最も著名なものの一つである。漢字表記は「内」「奴」等
複数存在するが、村山や板橋はいずれも「*na」を表わしていると考えている。しかし
ながら、これについては、A-044「mouse」で見られたような方言的異形態である可能
性も追究する必要があろう。
- 156 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/09(月) 14:51:12 ID:iRR6etVE
- A-062
意味:in/inside(内)
漢字表記:那/耐/而
再構語形:na(板橋)
比較(日):上代語「na(中)」(板橋)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:184「国内州{一ニ云フ不耐。或イハ云フ/2尉那ー城ト/1}(巻三七)」
「国内城{或イハ云ヒ/2尉那ー城ト/1、或イハ云フ/2不而城ト/1。}(巻三七)」
考説:本語は板橋によって初めて指摘された語であるが、同地名内での「国〜不〜尉」の
対応に難がある上に、訓読表記とされる「内」の漢字音「nu∂i」と音読表記とされる
「耐(n∂i)」「那(na)」「而(niei)」の漢字音がそれぞれよく似ていることもあり、後者
は中国語「内」を高句麗語で借用したものか、ないしは高句麗漢字音の異形態では
ないかという疑いが強く残る。
- 157 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/09(月) 15:01:14 ID:iRR6etVE
- A-063
意味:big(大)
漢字表記:奈/内
再構語形:na(村山・板橋)
比較(日):上代語「naga(長)」(李基)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:097「奈吐郡{一ニ云フ大堤}(巻三七)」
072「内米忽{一ニ云フ池城。一ニ云フ長池}(巻三七)」
014「白城郡ハ、本高句麗ノ奈兮忽ナリ。(巻三七)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」として分類しているが、
李基文は上代語「naga(長)」と比較しているので、この処置
には疑問が残る。本語は形容詞として名詞を修飾するのに
用いられているが、014のように同じ形容詞を修飾し、程度が
甚だしいさまを示すという用法も存するようである。
- 158 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/09(月) 15:11:13 ID:iRR6etVE
- A-064
意味:grain(穀物)
漢字表記:仍伐
再構語形:nabar(板橋)
比較(日):上代語「ina-Φo(稲穂)」(娜)
上代語「mi2(実)」(娜)
比較(朝):慶尚道方言「napuregi(穀物)」(板橋)
李朝語「py∂(稲)」(娜)
現代朝鮮語「nui(白米中に混じた稗)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:△△×
原文:022「穀壌県ハ、本高句麗ノ仍伐奴県ナリ。(巻三五)」
考説:板橋は本語を「この語は従来取り上げられてこなかった」と述べているが、
李基文によって指摘済みであるのを見落としたようである。
- 159 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/09(月) 15:34:13 ID:iRR6etVE
- A-065
意味:pond/lake/sea(池・長池・海)
漢字表記:内米
再構語形:nami(板橋)
nuami〜nami(李基)
nami(村山)
比較(日):上代語「nami1(波)」(村山・板橋)
上代語「nada(灘)」(村山)
上代語「naga(長)」(娜)
上代語「〜na-si(甚大)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):満州語「namu(海)」(李基・板橋)
エヴェンキ語「lamu(海)」(李基・板橋)
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○×○
原文:072「内米忽{一ニ云フ池城。一ニ云フ長池}(巻三七)」
考説:本語はツングース諸語とよく一致するが、A-063「big」及びA-055「river/water」の
存在により、その語構成は「内(big)+米(water)」であったことが明らかである。
日本語の対応語としては従来「ナミ(波)」が挙げられてきたが、日本語「ナミ(波)」
の語構成は「ナ(波)+ミ(水)」であると推定されるため、その点非常に苦しいと
言わざるを得ない。
- 160 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/10(火) 11:18:19 ID:TZAj81WM
- A-066
意味:lead(鉛)
漢字表記:乃勿
再構語形:namur(板橋)
nam∂r〜nami¨r(李基)
namul(村山)
比較(日):上代語「namari(鉛)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):高麗語「namっr(鉛)」(李基)
李朝語「nap(鉛・錫)」(村山・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:188「チ城ハ、本乃勿忽ナリ。(巻三七)」
考説:本語は日本語とよく一致する例として有名であるが、語形上最も近いのは
高麗語のそれである。李基文によれば、『郷薬救急方』(13世紀中葉)に
「鉛俗ニ云フ/2那勿ト/1」という用例があるという。これについて李基文は、
高麗時代の開京方言にはまだ高句麗語の基層が残っていた証拠であると
している。しかしながら、同時に李基文は、この種の高句麗語的要素は
漸次新羅語系語彙に置き換えられて消滅していったとも述べていることにも
留意する必要があろう。
- 161 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/10(火) 11:29:32 ID:TZAj81WM
- A-067
意味:seven(七)
漢字表記:難隠
再構語形:nan†n(板橋)
nan∂n〜nani¨n(李基)
nanun(村山)
比較(日):上代語「nana(七)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):満州語・エヴェンキ語・ラムト語「nadan(七)」(村山・李基・板橋)
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○×○
原文:035「七重県{一ニ云フ難隠別}(巻三七)」
考説:本語は日本語とよく一致する例として有名であるが、ツングース諸語とも
よく対応している。李基文はツングース諸語の語形を祖形に近いと見て
いるようで、高句麗語と日本語はd→nという変化を遂げたものと推定して
いる。時間軸上は逆転しているが、確かにそれだと順行同化で説明がつく
ので、悪くない考えであると思う。
- 162 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/10(火) 11:40:55 ID:TZAj81WM
- A-068
意味:bamboo(竹)
漢字表記:奈
再構語形:nay(板橋)
比較(日):上代語「no2(矢竹)」(板橋)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:152「竹[山+見]県{一ニ云フ奈生於}(巻三七)」
考説:本語については、A-070「crossbow」との関係が注目されよう。古代日本語
「ノ(矢竹)」を接点として竹と弩がつながってくるからである。なお、板橋に
よれば、Beckwithは本語や他の古代中国語と関連を持つ語が高句麗語に
存在することをもとに、高句麗語は古代中国語と何らかの関係をもった中国
南部の地域から北上し朝鮮半島の付け根の部分に定着したと主張している
という。
- 163 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/10(火) 11:58:56 ID:TZAj81WM
- A-069
意味:hemp(麻)
漢字表記:泥沙
再構語形:neisa(娜)
比較(日):上代語「asa(麻)」(娜)
上代語「so1(麻)」(娜)
比較(朝):李朝語「sam(麻)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:055「麻田浅県{一ニ云フ泥沙波忽}(巻三七)」
考説:本語については先行研究で指摘されたことが一度もない。055の
訓読地名と音読地名の対応関係が不明確であるのがその理由で
あろうと思われるが、スレ主としては試案として「麻=泥沙」「田=波」
という対応関係を考えてみたい。そうすることによって本語とA-072
「field」の二語で日本語、朝鮮語と高句麗語との対応関係を成立
させることが出来るからである。ただ、A-005「shallow」で指摘した
ように、「浅=波」という対応関係が成立する可能性もあるので、
その場合は「麻=泥沙」として「田」の意味が省略されていると見るか、
素直に「麻=泥」「田=沙」としてBグループに属せしめるしかない。
- 164 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/10(火) 12:12:49 ID:TZAj81WM
- A-070
意味:crossbow(弩)
漢字表記:内〜奴
再構語形:noi〜no(娜)
比較(日):上代語「no2(矢竹)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:009「今勿内郡{一ニ云フ万弩}(巻三七)」
009「黒壌郡{一ニ云フ黄壌郡}ハ、本高句麗ノ今勿奴郡ナリ。(巻三五)」
考説:本語は009の記述をもとに「今勿=万」「内(奴)=弩」の対応関係が成立
していると見たものである。ただ、漢字音を見ていくと、訓読字として使用
されていると見られる「弩」も発音は「no(ndo)」であり、音読字の「奴(no)」
「内(nu∂i)」とよく似ているので、「奴」「内」は漢語「弩」の高句麗漢字音
ないし借用語と見るべきかも知れない。また、A-068「bamboo」との関係も
含めてなお考うべきであろう。
- 165 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/11(水) 13:21:00 ID:syWrrgV.
- A-071
意味:man(夫)
漢字表記:巴
再構語形:pa(娜)
比較(日):上代語「Φi1to2(人)」(娜)
比較(朝):新羅語「puk〜pa(子供)」(娜)
比較(ツ):ナナイ語「pikte(子供)」(娜)
エヴェンキ語「hute(子供)」(娜)
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○○
原文:168「豊夫城ハ、本肖巴忽ナリ。(巻三七)」
185「屑夫婁城ハ、本肖利巴利忽ナリ。(巻三七)」
考説:本語は高句麗語としては先行研究で指摘されたことが一度もない。
訓読字「夫(pιu)」と音読字「巴(pa)」の漢字音に似ている部分が
あることも関係しているかも知れない。日朝ツングースの比較では、
意味の上では日本語と、発音では新羅語と親近性が高い。李基文は
児童を意味する新羅語は「福・卜・巴・伏」等で漢字表記されていると
指摘した上で、「puk」という語形が再構可能であると述べ、日本語や
ツングース諸語の例を対応語として挙げている。本項ではそれをその
まま利用しているわけであるが、なにぶん高句麗語としての比較では
ないので、本項ではあえて「娜」印を付けさせてもらった。
- 166 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/11(水) 15:11:35 ID:syWrrgV.
- A-072
意味:field(田)
漢字表記:波
再構語形:pa(娜)
比較(日):上代語「Φata(陸田)」(娜)
比較(朝):李朝語「pat‘(田)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:055「麻田浅県{一ニ云フ泥沙波忽}(巻三七)」
考説:本語は先行研究で指摘されたことが一度もないが、A-069で述べたように、
スレ主としては「泥沙波」の「泥沙」を「麻」、「波」を「田」に対応させる案を
提示してみたい。ただし、A-005で指摘したように、「浅=波」の可能性も
あるので、中々難しいところではある。
- 167 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/11(水) 15:45:36 ID:syWrrgV.
- A-073
意味:cliff/rock/precipice(巌/岩/[山見])
漢字表記:巴衣/波衣/波兮
再構語形:pa7iy/paγey(板橋)
pa'i〜paxe(李基)
paui〜pahyoi<*pafoi(村山)
比較(日):上代語「iΦa(岩)」(板橋)
上代語「iΦa-Φo(巌)」(村山・李基)
比較(朝):李朝語「pa-hoi(巌)」(李基・板橋)
現代朝鮮語「pa-ui(巌)」(村山)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ギリヤーク語「pax(石)」(李基・板橋)
オーストロネシア祖語「batu(石)」(板橋)
日朝ツ比:○○×
原文:023「孔巌県ハ、本高句麗ノ済次巴衣県ナリ。(巻三五)」
030「平淮押県{一ニ云フ別史波衣。淮、一ニ作ル/v唯ニ}(巻三七)」
052「牛岑郡{一ニ云フ牛嶺。一ニ云フ首知衣}(巻三七)」
074「[休+鳥][留+鳥]城{一ニ云フ租波衣。一ニ云フ[休+鳥]巌郡}(巻三七)」
091「夫斯波衣県{一ニ云フ仇史[山+見]}(巻三七)」
105「三[山+見]県{一ニ云フ密波兮}(巻三七)」
考説:本語は日朝両語のほか、ギリヤーク語とも対応する語であるが、語形上
最も近いのは朝鮮語であることは間違いない。なお、訓読字の中に出て
くる「[山+見]」は馴染みのない漢字であるが、『大漢和辞典』をひもとくと、
「山が小さくてけはしい。」という意味の漢字であるらしい。また、新村出に
よれば、「[山+見]」は『訓蒙字会』に峻嶺の義とあるという。
- 168 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/11(水) 15:54:44 ID:syWrrgV.
- A-074
意味:forehead〜frame(額)
漢字表記:波害平史
再構語形:pahaibiΛηsi(娜)
比較(日):上代語「ΦitaΦi(額)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:036「波害平史県{一ニ云フ額}(巻三七)」
考説:本語は先行研究で指摘されたことが一度もないが、唯一の用例である
036を見れば、対応関係は明確であり、紛れようがない。ただ、あまりにも
音節数が多過ぎるので、スルーされてきたものと思われる。実際、日本語
との対応関係も第一音節と第三音節の子音が一致するという程度のもの
に過ぎず、対応語というには少々厳しい感があることは認めざるを得ない。
- 169 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/11(水) 16:30:18 ID:syWrrgV.
- A-075
意味:to encounter/meet(遇/逢/迎)
漢字表記:伯
再構語形:paik(板橋)
pak(李基)
比較(日):ナシ
比較(朝):李朝語「po-(見る)」(娜)
李朝語「poi-〜poizΛp-(謁見する)」(娜)
比較(ツ):満州語「baha-(得る・見つける)」(李基・板橋)
エヴェンキ語「baha(板橋)-〜baka(李基)(見つける)」(李基・板橋)
ラムト語「bak-(見つける)」(李基・板橋)
ナナイ語「ba-(見つける)」(李基・板橋)
女真語「baxa-(得る)」(板橋)
比較(他):トルコ語「bak-(見る)」(板橋)
日朝ツ比:×○○
原文:033「王逢県{一ニ云フ皆伯。漢氏ノ美女迎フル/2安臧王ヲ/1之地ナリ。
故ニ名ヅク/2王迎ト/1}(巻三七)」
033「遇王県ハ、本高句麗ノ皆伯県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は数少ない高句麗語動詞の一つとして重要な存在である。対応語は
「見る」系列のものが多いが、会う動作と見る動作は重なる面が大きいので
問題はなかろう。板橋によれば、Beckwithは意味上の一致がないのでこの
対応は問題であるとしているということであるが、日本語でも「お目にかかる」
「まみえる」「召す」等、「見る」動作と関係深い語は少なくないし、「得る」系列
は〔見る→見つける→得る〕という派生を経て生まれたものと考えれば、特に
不都合はないように思われる。なお、朝鮮語との対応例については、第1スレ
の403で阿木林氏より現代朝鮮語「poip-ta(お目にかかる)」「po-ta(見る)」
と対応するのではないかとのご指摘があり、それを承けてスレ主が『李朝語
辞典』で李朝時代の語形を確認したものであり、すべての功績は阿木林氏に
帰するものであることを申し添えておきたい。
- 170 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 15:29:46 ID:DioNtURA
- A-076
意味:peach(桃)
漢字表記:波尸
再構語形:pal(娜)
比較(日):上代語「momo(桃)」(娜)
比較(朝):李朝語「poksjo〜poksj∂η(桃)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:170「桃城ハ、本波尸忽ナリ。(巻三七)」
考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、170を見れば
対応関係は明快そのものである。正直、李朝語に比べると古代日本語
「モモ(桃)」は対応語として弱い感があるが、pとmは同じ両唇音という
ことで関連が認められると判断したものである。ただ、どうせなら再構
語形は「bual」とでもした方が日本語と少しでも近づくのでよかったかも
知れない。
- 171 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 15:59:19 ID:DioNtURA
- A-077
意味:ocean(海)
漢字表記:波旦(板橋)〜波(李基・娜)
再構語形:patan(板橋)〜pa(娜)
比較(日):上代語「wata(海)」(板橋)
比較(朝):新羅「patっr(海)」(娜)
李朝語「patah〜par∧l〜parΛ(海)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:△△×
原文:154「海利県ハ、本高句麗ノ波利県ナリ。(巻三五)」
156「海曲{一ニ作ル/v西ニ}県ハ、本高句麗ノ波且県ナリ。(巻三五)」
考説:板橋は156の「波且」を「波旦」の誤記であると解して、「海」と「波旦」が対応する
ものとしているが、156は「海曲(西)」と「波且」の対応であり、板橋のようにすると
「曲(西)」に相当するものがないという事態に陥ってしまう。154もあわせ考えれば、
李基文のように「海」=「波」とするのが妥当である。
- 172 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 16:31:55 ID:DioNtURA
- A-078
意味:soybean(大豆)
漢字表記:非
再構語形:pi(娜)
比較(日):上代語「ΦisiΦo(醤)」(娜)
比較(朝):李朝語「p‘Λc‘(小豆)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:171「大豆山城ハ、本非達忽ナリ。(巻三七)」
考説:本語は先行研究で指摘されたことが一度もないが、171を見る限り、
対応関係は明快である。李朝語は小豆であって大豆ではないが、
同じ豆類であり発音上も共通性が認められるので対応語として挙げた。
なお、古代日本語「ヒシホ(醤)」は一見対応例としてふさわしくないよう
に見えるが、「ヒシホ(醤)」は大豆に麹と塩水を加えて醸造した製品で
ある。そこで、「ヒシホ」の「ヒ」を「大豆」と考えれば「ヒシホ」とはまさに
「大豆+塩」ということになり、「ヒシホ(醤)」の実情とよく合う。少なくとも
従来の語源説である「干(ひ)塩」よりは数等勝る説明であると言えよう。
そもそも、乾いた塩など、ただの塩に過ぎないからである。よって、言語
学の経験則「古語は複合語に残る」から、かつて大豆を意味する「ヒ」と
いう語が日本語に存在したと推定されるので、本語の対応語としてここ
に加えたものである。ちなみに、獣肉を塩漬けにしたものや、肉を刻んで
塩で和えて発酵させたもの(要するに塩辛)のことも「ヒシホ」ということが
あるが、これは正確には「シシ(肉)ビシホ」と言い、本来の「ヒシホ」とは
植物性のものを指すこと、言うまでもない。
- 173 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 16:51:46 ID:DioNtURA
- A-079
意味:deep(深)
漢字表記:伏〜伏斯
再構語形:puk(板橋)〜puksi(村山)
比較(日):上代語「Φuka-si(深い)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):オーストロネシア祖語「buka(開いていること)」(板橋)
日朝ツ比:○××
原文:101「深川県{一ニ云フ伏斯買}(巻三七)」
考説:本語は日本語とよく対応する例として有名なものであるが、
板橋は「斯」を属格・修飾辞と見て別語とし、「伏」のみを「深」
に対応せしめている。日本語の「フカシ(深)」も「シ」は活用
語尾であり、実質は語幹「フカ」が担っているわけであるから、
そのように解釈しても特に問題はない。
- 174 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/12(木) 18:24:20 ID:MUIr7JBI
- >>173
日本語形容詞の活用と同じ様な活用語尾を持つ例が他にもあったのですか?
詳しく比較できる他の言語の例はありますか?
- 175 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 18:36:12 ID:DioNtURA
- A-080
意味:country/nation(国)〜commandery(郡)
漢字表記:不/未/尉〜非
再構語形:puy/mbuy/uy〜puy(板橋)
比較(日):古代日本語「Φure(村)」(娜)
比較(朝):新羅語「p∧l(集落)」(娜)
百済語「pu¨ri(集落)」(娜)
任那語「pi(集落?)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:184「国内州{一ニ云フ不耐。或イハ云フ/2尉那ー城ト/1}(巻三七)」
002「国原城{一ニ云フ未乙省。一ニ云フ託長城}(巻三七)」
042「鉄円郡{一ニ云フ毛乙冬非}(巻三七)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
本語が高句麗語として認められるのであれば、意味の上でも語形
の上でも新羅語や百済語、任那語、日本語のそれは対応語として
十分にふさわしいものであると思う。任那語は『日本書紀』巻一七・
継体紀八年三月条の任那地名「尓例比」「麻須比」の「比」より再構
したものである。なお、同条に見える古訓「フレ(村邑)」についても
朝鮮半島の言語と結び付ける説があるが、「フレ」は「村」の古訓と
して神武紀や景行紀等、朝鮮半島とは無関係な箇所にも見えるから、
いくら朝鮮半島の記事に見えるからと言って、ひとしなみに朝鮮半島
由来の語であるとするわけにはいかないであろう。よって本項では、
上代日本語として「フレ(村)」を認定し、対応語として挙げることとした。
- 176 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 19:41:42 ID:DioNtURA
- >>174
日本語の形容詞は動詞にはない語幹用法(「痛!」「でか!」等)が
存在することでもおわかりになるように、語幹の独立性が強いことが
知られています。上代でさえ形容詞の活用は未発達のままでしたから、
上代以前には名詞(体言)と形容詞語幹(阪倉篤義の用語を借りれば
情態言)の文法的区別はなく、具体的な事物を指すか、心情や形状を
示すかという意味的違いが存したのみだったと見るのが自然です。
そのうち後者の意味の語(情態言)に語尾「シ」「ク」「ケ」等が選択的に
付くようになり、いつしか一語と見なされるようになって成立したものが
形容詞というわけです。「ケダシ(蓋)」「ケダシク(蓋)」や「サキク(幸)」、
「シバシ(暫)」「シマシク(暫)」「シバラク(暫)」などのように形容詞に
なり切れなかった語が存在することでも、その間の事情は推測出来
ようかと存じます。
問題はこの「シ」が何なのかということですが、形容詞を名詞化する
語尾「サ」と子音が共通することから、両者は同根である可能性が高い
こと、また、「ウマシクニ(美国)」や「クハシメ(麗人)」のように「シ」を介
して名詞に接続する例が存することから、「シ」はもともと名詞と名詞を
接続する語尾だったのではないかと推定されます。特に後者の用法は
新羅語の属格「s(叱)」や李朝語の所謂「間のs」、高句麗語の属格・
修飾辞「si〜chi」と近いものであり、関連性が認められるのではないか
というのが私の結論です。それ以外の外国語でこのようなものが存在
するかどうかは私は存じません。不勉強で申し訳ありません。
- 177 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/12(木) 21:17:11 ID:MUIr7JBI
- >>176
丁寧なご回答、ありがとうございました。
なお、書き込みはとても興味深く読ませて頂いております。
- 178 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 14:46:17 ID:gWlmpCrk
- A-081
意味:red(赤)
漢字表記:沙伏〜沙非斤(村山・李基・板橋)
再構語形:saipuk〜saipikon(板橋)
sapok(<*sapul)〜sapigin(<*sa-pulgin)(村山)
sapuk〜sapik∂n(李基)
比較(日):古代日本語「so2Φo(赤土)」(李基・板橋)
比較(朝):百済語「sopi(板橋)〜supi(李基)(赤)」(李基・板橋)
李朝語「pulgщn(赤)」(村山・李基・板橋)
比較(ツ):満州語「fulgiyan(赤)」(村山・李基・板橋)
比較(他):中期モンゴル語「hula'an(赤)」(村山・李基・板橋)
日朝ツ比:○○○
原文:015「赤城県ハ、本高句麗ノ沙伏忽ナリ。(巻三五)」
118「赤木県{一ニ云フ沙非斤乙}(巻三七)」
考説:村山は李朝語の語形に基づき、高句麗語の語形は接頭語「sa」が冠した
ものであると捉え、接頭語「sa」と日本語の接頭語「サ」を対比させている。
百済語は「赤鳥県ハ、本百済ノ所比浦県ナリ。(巻三六)」から再構したもので
あるが、李基文はこれを百済語の数少ない夫餘系語彙の名残りであると
見ている。高句麗語語形と異なり百済語では第二音節末の-kが失われた
ということになるが、日本語の対応語「ソホ(赤土)」もその点は同様なので、
高句麗語と夫餘系百済語、古代日本語の関係が仄見えて興味深い。
- 179 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 15:02:58 ID:gWlmpCrk
- A-082
意味:frost(霜)
漢字表記:薩寒(李基)〜薩(娜)
再構語形:salhan〜sal(娜)
比較(日):古代日本語「simo(霜)」(娜)
比較(朝):李朝語「s∂ri(霜)」(李基)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:△△×
原文:124「霜陰県ハ、本高句麗ノ薩寒県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は李基文によって指摘されているにもかかわらず、どういうわけか
板橋は本語を漏らしている。李基文は124の地名から「霜=薩寒」と解し
ているが、そのようにしてしまうと、訓読字「陰」が余ってしまう。李朝語と
対応させるなら、むしろ「霜=薩」「陰=寒」とすべきところであろう。幸い、
高句麗語としてA-039「shadow」が再構可能なので、本語もそのように解
することにしたい。
- 180 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 15:15:24 ID:gWlmpCrk
- A-083
意味:cool(涼)
漢字表記:沙熱
再構語形:sener(清瀬)〜sanel(娜)
比較(日):上代語「suzu-si(涼し)」(娜)
比較(朝):李朝語「s∂nщl-(涼)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:△△×
原文:098「清風県ハ、本高句麗ノ沙熱伊県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は李基文以来「沙熱伊=breeze(清風)」として一括して扱われてきたが、
やはり分けて解釈するべきである。李朝語とよく一致する例であるが、巻三五
系語彙だけに新羅語の反映である可能性の方が高そうである。日本語「スズシ
(涼)」は頭子音のみの一致に過ぎないが、意味は合うので一応挙げておく。
- 181 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 15:31:31 ID:gWlmpCrk
- A-084
意味:属格・修飾辞
漢字表記:斯/史〜次
再構語形:si/s^i〜c(板橋)
si〜ci(娜)
比較(日):上代語「-si(形容詞語尾)」(板橋)
比較(朝):新羅語「-s-(属格語尾)」(娜)
李朝語「-s-(属格語尾)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):オーストロネシア祖語「si(属格・修飾辞)」
日朝ツ比:○○×
原文:008「楊根県{一ニ云フ去斯斬}(巻三七)」
029「童子忽県{一ニ云フ仇斯波衣}(巻三七)」
047「於斯内県{一ニ云フ斧壌}(巻三七)」
101「深川県{一ニ云フ伏斯買}(巻三七)」
030「平淮押県{一ニ云フ別史波衣。淮、一ニ作ル/v唯ニ}(巻三七)」
012「介山郡ハ、本高句麗ノ皆次山郡ナリ。(巻三五)」
104「玉岐県{一ニ云フ皆次丁}(巻三七)」
114「母城郡{一ニ云フ也次忽}(巻三七)」
169「新城州ハ、本仇次忽{或イハ云フ/2敦城ト/1}ナリ。(巻三七)」
考説:板橋は「斯」「史」を属格・修飾辞、「次」を派生名詞形成辞であるとして
別語扱いにしているが、用例を見る限り両者に用法的差異があるよう
には見えないし、発音上も近いと言えるので、スレ主としては「斯」「史」
と「次」を同じ属格・修飾辞の異表記として取り扱うこととしたい。所謂
名詞だけでなく形容詞性の語彙(深・平・新)にも接続することが出来る
点では、古代日本語の形容詞語尾「〜シ」と相通ずるものがあり、頗る
興味深い。
- 182 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 16:31:49 ID:gWlmpCrk
- A-085
意味:west(西)/right(右)
漢字表記:消(涓)〜椽(掾)〜押
再構語形:sien(kiuen)(板橋)〜yiuen(娜)〜kap(ap)(娜)
比較(日):ナシ
比較(朝):ナシ
比較(ツ):エヴェンキ語「(x)an(右)」
ソロン語「angida(右)」
ネギダル語「annida(右側)」
オロチ語「anj(右)」
オルチャ語「anji(右側)」
オロッコ語「ange(右側)」
ナナイ語「anci/angia(右手)」
比較(他):ナシ
日朝ツ比:××○
原文:「涓奴部(『三国志』高句麗条)」
「消奴部(『後漢書』高句麗条)」
「五曰西部、一名右部。即消奴部也。(『後漢書』高句麗条注)」
「藻那(巻一五)」
「椽(掾)那部(巻一四)」
058「屈於押{一ニ云フ紅西}(巻三七)」
考説:本語は『三国志』と『後漢書』で漢字表記が異なるため、再構語形を
決め難いが、ツングース諸語の語形からは頭子音がsの「消(siεu)」
よりも頭子音がkである「涓(kuen)」の方が対応関係を考えやすい。
その一方で、『三国史記』には「藻那」という地名も見え、「藻(tsau)」と
いう漢字音からは「消奴」の方と関係付けたくなる面もないではない。
ただ、『三国史記』には「椽(掾)那部」という語もあり、こちらは頭子音k
が落ちた語形のようにも見える上、058の例などを加味すれば、やはり
高句麗語の再構語形としては頭子音がkである「涓(kuen)」の方を取る
べきではないかと考える。
- 183 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/04/13(金) 22:40:11 ID:NnXEp4Kg
- ド亀レスですが……
>>24
cas-namu(<李朝語 -namo) は李朝語にも現代語にもある語で、
松は松でも五葉松の類(特に実を食用にする朝鮮松、casだけなら「松の実」)を指す語です。
これ、半島では伝統的に「栢」と表記するので、うっかりすると見逃します。
で、こっちはあんまし亀レスじゃないレス。
>>181
上代語の属格を表す「つ」は、比較対象に入らないのでしょうか?
前から新羅〜李朝語の -s- と比較できないかと気になっていたのですが。
- 184 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 22:57:16 ID:MrlNL/Fs
- >>183 日語商売さん
>cas-namu(<李朝語 -namo) は李朝語にも現代語にもある語で
李朝語にもあるのですね。後日『李朝語辞典』で確認してみます。
ところで、板橋の「pus(松)」について心当たりはありますか?
>上代語の属格を表す「つ」は、比較対象に入らないのでしょうか?
>前から新羅〜李朝語の -s- と比較できないかと気になっていたのですが。
ああ、言われてみれば確かに「つ」も加えてもいいかもですね。
「つ」にも「とほ(遠)+つ+おや(親)」「たか(高)+つ+とり(鳥)」
「しこ(醜)+つ+おきな(翁)」「まが(禍)+つ+ひ(日)」のように
形容詞性の語に下接して名詞を修飾する用法がありますし。
- 185 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 08:50:50 ID:MJDF/Swk
- >>183
『李朝語辞典』で確認しました。
cas 柏 用例:「cas 爲海松」「cas 菓松」「cas 松子」
casnamu 果松 用例:「果松 casnamu」
casの用例から察するに、李朝語casはチョウセンゴヨウの木及び
実に対する呼称ということになりそうな感じですが、現代語だと実の
意味にしかならないんですよね?
- 186 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 09:15:31 ID:MJDF/Swk
- A-086
意味:iron pot/kitchen range(釜)
漢字表記:松村活
再構語形:sioηts‘u∂nhual(娜)
比較(日):上代語「kama(釜・竃)」(娜)
比較(朝):李朝語「sot‘(鼎)」(娜)
李朝語「kama(釜)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:020「釜山県{一ニ云フ松村活達}(巻三七)」
考説:本語は先行研究で指摘されたことが一度もないが、020を見る限り、
対応関係は明快である。本語が取り上げられなかったのは、語形の
複雑さもさることながら、対応語もこれで決まりと言えるほどのものが
ないことが大きいように思う。日本語も李朝語も部分的にしか類似し
ているとは言えないのがつらいところである。なお、データ作成の都合
上、再構語形を付けてはいるが、これはあくまでも漢字音を記しただけ
であって、スレ主としてはどう再構してよいものやら見当がつかないと
いうのが実情である。
- 187 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 10:10:25 ID:MJDF/Swk
- A-087
意味:metal(金)
漢字表記:蘇文〜須彌
再構語形:somun〜sumi(娜)
比較(日):上代語「saΦi1(刀・鋤)」(娜)
比較(朝):李朝語「soi(金)」(李基)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:「蓋蘇文或イハ云フ/2蓋金ト/1。姓ハ泉氏。(巻四九)」
「大臣伊梨柯須彌弑ス/2大王ヲ/1。(『日本書紀』巻二四)」
考説:本語は李基文により指摘されているにもかかわらず、板橋は取り上げて
いない。高句麗地名から導き出したものではないからであろうが、中国の
正史の記述から導き出した方角語彙の方は取り上げているのであるから、
今一つ基準が不明確である。本語は意味・語形とも李朝語とよく対応する
と言えるが、李朝語の語形には第二音節が存在しないので、何らかの理由
で脱落したと見るほかない。一方、日本語の対応語としてスレ主が挙げた
「サヒ(刀・鋤)」は、意味に関してはせいぜい刀や鋤は金属製という程度の
関連性しか認められないが、語形の方ではsaΦi1<*sabi<*samiという
変化が想定可能なので、高句麗語形と非常に近くなるところが李朝語より
も有利であると言えよう。
- 188 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 10:52:11 ID:MJDF/Swk
- A-088
意味:soil(土)
漢字表記:息
再構語形:sik<sirk(李基)
sork(清瀬)
比較(日):上代語「suna(砂)」(娜)
上代語「su(洲)」(娜)
比較(朝):李朝語「hΛrk(土)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナナイ語「siru(砂)」(李基・板橋)
エヴェンキ語「sirugi〜sirgi(砂)」(李基)
比較(他):モンゴル語「siruγai(塵・土)」(李基・板橋)
日朝ツ比:△△△
原文:077「今達{一ニ云フ薪達。一ニ云フ息達}(巻三七)」
077「土山県ハ、本高句麗ノ息達ナリ。(巻三五)」
考説:本語は077の巻三五の記述に基づき再構された語であるが、巻三七には
「今達」「薪達」という異表記もあり、「土=息」は必ずしも確定したものでは
ない。たとえば、「薪」を「新」の誤写と見なし、「今」「新」を訓読字、「息」を
音読字と解せば、A-090「new」と関連付けることも可能である。また、「薪」
を訓読字、「今」を音読字と見れば、古代日本語「ki2/ke2〜ko2/ku(木)」
と対応させることも出来よう。
- 189 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 11:40:08 ID:MJDF/Swk
- A-089
意味:cow/cattle(牛)
漢字表記:首〜烏
再構語形:su(村山・板橋)/siu(清瀬)/shu(村山・李基)/siu¨(李基)〜υ(Beckwith)
比較(日):上代語「usi(牛)」(板橋)
比較(朝):李朝語「syo(牛)」(村山・李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:052「牛岑郡{一ニ云フ牛嶺。一ニ云フ首知衣}(巻三七)」
092「牛首州{首ハ一ニ作ル/v頭ニ。一ニ云フ首次若。一ニ云フ烏根乃}(巻三七)」
考説:板橋によれば、Beckwithは古代日本語の「usi(牛)」を「u-si」に分け、「si」は
属格・修飾辞であって「u」の部分こそが高句麗語の「υ」に対応するものであり、
従ってもう一つの高句麗語「su」は前新羅語からの借用語であると主張している
という。しかしながら、用例はいずれも巻三七のものであるし、高句麗と新羅の
力関係は遡れば遡るほど高句麗>新羅であるので、新羅語が高句麗語を借用
することはあっても、その逆はちょっと考えにくいように思う。ここは両者を同源
とし、頭子音sの脱落によって「u」の語形が生じたといった事情を考えた方が
よいかも知れない。
- 190 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 12:21:47 ID:MJDF/Swk
- A-090
意味:new(新)/now(今)
漢字表記:首〜息
再構語形:su(板橋)/shu(李基)〜siok(娜)
比較(日):上代語「sa-(若・早)」(板橋)
比較(朝):百済語「se(新)」(板橋)
李朝語「sai(新)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:065「首知県{一ニ云フ新知}(巻三七)」
077「今達{一ニ云フ薪達。一ニ云フ息達}(巻三七)」
考説:本語は李基文以来065の地名表記のみに基づき再構されてきたが、スレ主としては
発音上の共通点は十分に認められると思うので、新たに077をそれに付け加えたい。
問題点としては、「薪」を「新」の誤写と見なし、「今」「新」を訓読字、「息」を音読字と
解するという、やや変則的(恣意的とも言ふ(^^;)な処理をしているところであろうか。
A-088「soil」参照。なお、板橋が百済語として挙げている「se(新)」は020「新平県ハ、
本百済ノ沙平県ナリ。(巻三六)」及び035「新良県ハ、本百済ノ沙尸良県ナリ。(巻三六)」
に基づくものであるが、いずれも新羅の地理誌である巻三六の用例であり、高句麗語
における巻三五系語彙の百済版とでもいうべき存在なのである。よって、百済語では
なく新羅語の反映である可能性も十分あるわけで、その点注意を要する。
- 191 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 12:57:52 ID:F4ytOgtQ
- A-091
意味:peak/summit(峰)
漢字表記:述尓/述泥〜首泥
再構語形:surnyi/zwirnyi〜suwney(板橋)
shul'i/shulni〜shuni(李基)
比較(日):ナシ
比較(朝):李朝語「sunщrk(峰)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:×△×
原文:038「述尓忽県{一ニ云フ首泥忽}(巻三七)」
038「峯城県ハ、本高句麗ノ述尓忽県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は李朝語とよく一致するが、根拠は巻三五の記述のみであるから、
新羅語の反映である可能性が高い。なお、本語の漢字表記について、
板橋は「述泥」を「述弥」と記しているが、発音からしても「弥」は考えにくく、
単純な誤記であろう。
- 192 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 14:28:14 ID:F4ytOgtQ
- A-092
意味:to reconquer(復旧土)
漢字表記:多勿
再構語形:tamul(娜)
比較(日):上代語「tor-(取る)」(娜)
上代語「mo2t-(持つ)」(娜)
比較(朝):李朝語「tamΛs(合わせて・一緒に)」(金思)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:「松譲以テ/v国ヲ来リ降ル。以テ/2其ノ地ヲ/1為ス/2多勿都ト/1。封ジテ/2松譲ヲ/1
為ス/v主ト。麗語ニ謂フ/G復スルヲ/2旧土ヲ/1為ス/C多勿ト/J。(巻一三)」
考説:板橋は本語を挙げていないが、『三国史記』に「麗語」と明記されている以上、
地名から得られるものよりも高句麗語としての確度は上であり、取り上げるべき
であったと思う。本語について、金思Yは、文一平が「toj-mul」「toj-mul-l∂」
(とりかえす)だと解していると指摘した上で、「tamΛs→tamΛl(与・共)」の語、
つまり「与える、一緒にする、併合する」義を持つこの語の表記とも考えられる
(六興出版『完訳三国史記・上』293〜4頁)と述べているが、『李朝語辞典』には
「toj-mul」「toj-mul-l∂」とも見当たらないので、金思Yの説のみを載せておいた。
なお、平凡社東洋文庫『三国史記』では「多勿都」に「たこつと」と読み仮名を付して
いるが、これはいかなる根拠に基づくものか不明である。単なる誤記か、或いは
「忽」と勘違いしたものであろうか。本語の前半部分については、076「取城郡ハ、
本高句麗ノ冬忽ナリ。(巻三五)」から再構される「toη(取る)」と関係があるかも
知れない。
- 193 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 15:29:46 ID:F4ytOgtQ
- A-093
意味:valley(谷)
漢字表記:旦/頓/呑
再構語形:tan/tw∂n/t‘∂n→tan(板橋)
tan〜tuan(李基)
tan(村山)
比較(日):上代語「tani(谷)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):李朝語「t∧n(村)」(李基)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:067「水谷城県{一ニ云フ買旦忽}(巻三七)」
068「十谷県{一ニ云フ徳頓忽}(巻三七)」
071「五谷郡{一ニ云フ于次呑忽}(巻三七)」
122「[广/京]谷県{一ニ云フ首乙呑}(巻三七)」
126「於支呑{一ニ云フ翼谷}(巻三七)」
考説:本語は日本語とよく一致する例として知られている。李朝語のそれも
よく一致するが、これは『朝鮮館訳語』(15世紀初頭)にのみ見え、以降
のハングル資料には一切登場しない。李基文は、高麗時代の開城方言
に部分的に含まれていた高句麗語的要素がたまたまこの時期まで残っ
ていたものであると捉えている。従うべきであろう。なお、スレ主は、066
「大谷郡{一ニ云フ多知忽}(巻三七)」について、「大谷」と「多知」が対応
するものと見て、〔tan+ci→tadзi(big valley)〕の如き語構成を想定し、
B-003「ci(指大辞)」を抽出している。
- 194 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 15:57:18 ID:F4ytOgtQ
- A-094
意味:high/mountain(高/山)
漢字表記:達〜達乙
再構語形:tar〜tarir(板橋)
tat/tal/ta<*tak(村山)
tal(李基)
比較(日):上代語「take2(岳)」(村山・李基・板橋)
上代語「taka-si(高)」(村山・李基)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):トルコ語「taγ(山)」(村山・板橋)
アゼルバイジャン語・トルクメン語「taγ(山)」(板橋)
カザク語・タタール語「taw(山)」(板橋)
ウイグル語「tagh(山)」(板橋)
ウズベク語「tog'(山)」(板橋)
オーストロネシア祖語「「sakay(上昇)」(板橋)
日朝ツ比:○××
原文:020「釜山県{一ニ云フ松村活達}(巻三七)」
039「達乙省県{漢氏ノ美女於イテ/2高山ノ頭ニ/1点ス/2烽火ヲ/1。迎フル/2安臧王ヲ/1
之処ナリ。故ニ後ニ名ヅク/2高烽ト/1}(巻三七)」
064「高木根県{一ニ云フ達乙斬}(巻三七)」
141「僧山県{一ニ云フ所勿達}(巻三七)」
194「犁山城ハ、本加尸達忽ナリ。(巻三七)」他
考説:本語も高句麗語として著名なものの一つである。板橋のみ「達乙」を本語の漢字
表記として挙げるが、039の記述を見る限り、「達=高」「乙=烽」とすべきではない
かと思う。また、その他言語の比較のところに見える「taw(山)」について、板橋は
「Kaz」と記しているが、板橋論文の凡例には「Kaz」という略語は見えない。ここでは
とりあえず「Kzk(カザク語)」の誤記として取り扱っておいた。なお、李基文は村山
七郎が「忽」「達」を「ku∂7」「ta7」と読むと主張したことを批判し、いずれも語末は
「-l」であると述べた上で、日本語「take(岳)」「taka(高)」は「*talke」「*talka」に
遡及させられるのではないかと指摘している。
- 195 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 16:10:00 ID:F4ytOgtQ
- A-095
意味:to take(取)
漢字表記:冬
再構語形:tawn(板橋)
toη(娜)
比較(日):上代語「tor-(取る)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:△××
原文:076「取城郡ハ、本高句麗ノ冬忽ナリ。(巻三五)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
上代語「トル(取)」がぴったり当てはまる。漢字表記「冬」の漢字音
からは「toη」としか再構できないはずなのであるが、なぜか板橋
は「tawn」という再構語形を導き出しており、不審である。A-092「to
reconquer」も参照のこと。
- 196 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/16(月) 20:46:55 ID:qo62Gr/E
- >>191
A-091意味:peak/summit(峰):述尓/述泥〜首泥
比較(日):ナシ
↑これは「そそり立つ」の「そそり」、高千穂の「添山(そほりのやま)」の「そほり」なんかと関係ないですかね?
>>187
A-087意味:metal(金)漢字表記:蘇文〜須彌
比較(日):上代語「saΦi1(刀・鋤)」(娜)
意味に関してはせいぜい刀や鋤は金属製という程度の関連性しか認められない
↑サビ(錆)とかはだめ?
- 197 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 00:25:14 ID:dwuHsK4g
- >>196
>これは「そそり立つ」の「そそり」、高千穂の「添山(そほりのやま)」の「そほり」なんかと関係ないですかね?
そうですねぇ。自動詞「そそる」は上代にも用例が存しますし、
意味の上でも共通性が認められますから、悪くはないとは思い
ますが、他動詞「そそる」が揺するという意味であること、語源
を同じくするグループであると思われる「そそのかす(唆)」が
相手をその気になるように仕向けるという意味であること等を
考慮すれば、「そそる」という動詞の原義は対象に物理的もしくは
心理的な作用を加えることに焦点を置いた動詞であって、対象
の上方向への変化は結果に過ぎないように思えます。「そほりの
やま(添山)」も面白そうですが、こちらはソウルの古語「ソボフル」
と結び付けて考えるのが一般的じゃありませんでしたっけ?
ところで、今思いついたんですが、「述尓」「述泥」「首泥」の後部
の「ni」は上代語の「ne(峰)」と結び付けておけばよかったですね。
あと、上代語「so2ne(确・磽)」と結び付けるという手もありそうです。
こちらは石交じりのやせた土地という意味ですが、方言では「山の
尾根の頂」「山の上の平らな部分」「山稜」「山の峰」「山の尾部の
頂」等の意味で使用されているとか。山→石交じりの土地なのか、
石交じりの土地→山となったのかは判然としませんが、方言の方
は実に高句麗語と近いですよね。ちなみに、地名の「〜曽根」は
この語に由来するものだとか。
>サビ(錆)とかはだめ?
「サヒ(鋤)」に出来るものであるから「サビ(錆)」というのだという
説はあることはありますが、どうでしょうねぇ。「サビ(錆)」という語形
の最古例は平安中期で、平安初期には「サミ」と言っていたことが
わかっていますから、語形の上では「サヒ(刀・鋤)」などよりもずっと
高句麗語形に近いことは確かなのですが。
実を言うと、スレ主は以前から「サビ(錆)」と「カビ(黴)」の共通性
に注目しておりました。どちらも古く遡れば第2音節はm音ですし、
どちらも動詞としては少数派に属する上二段活用で、古くなった物
の表面に自然発生してそれを更に駄目にするという作用を持つ等
の共通性が認められますからねぇ。「カビ」の「カ」はおそらく「カ〜ケ
(毛)」と同源でしょうから、「サビ」の「サ」も「サ」ないし「セ」という異
形態を持つ語なのではないかとまでは推測しておりましたが、そこ
から先が難関でしてね。「ソホ(赤土)」の例から「赤」を意味する「ソ」
という語を想定出来れば、赤いモノが生じる→錆びるという流れを描く
ことが可能になりますが、さすがにそこまで考えるのはどうかな、と。
しかしながら、高句麗語のA-081「沙伏〜沙非斤(red)」の「sa(沙)」
の存在を考慮すると、あながち無理な想定でもないのかもと思うよう
になりました(汗)。う〜ん、デムパ寸前かも(苦藁)。
- 198 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 11:18:48 ID:ysL79l.w
- A-096
意味:chestnut(栗)
漢字表記:冬〜冬斯
再構語形:tawn(板橋)〜toηsi(娜)
比較(日):上代語「toti(橡)」(娜)
中古語「tumuguri(独楽<団栗)」(娜)
比較(朝):現代語「tottori(団栗)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:021「栗木郡{一ニ云フ冬斯[月+兮]}(巻三七)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
トチの実をご存じの方ならおわかりのように、トチの実は栗の実に
よく似ている上、栗同様に古来貴重なデンプン源として利用されて
いた堅果である。語形の上でもよく似ており、対応語として挙げても
問題はないのではなかろうか。「ツムグリ(独楽)」を挙げたのは、
「ツムグリ」はもともと団栗の意味であって、団栗を独楽として利用
していたことから独楽の意味が派生したのではないかと考えたから
である。現代朝鮮語の「tottori(団栗)」も対応語の候補として挙げ
たが、こちらは李朝語の例が不明なのがつらいところである。
- 199 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 12:10:44 ID:ysL79l.w
- A-097
意味:round/ring/circle(円)〜iron(鉄)
漢字表記:冬非〜冬
再構語形:tawnpi(円)〜tawn(鉄)(板橋)
toηpi¨<*to¨mbu¨r(鉄)(村山)
tombi(娜)
比較(日):上代語「tubura(丸)」(娜)
比較(朝):李朝語「tuηkщl(丸)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):トルコ語「ta¨mir(鉄)」(村山)
日朝ツ比:○○×(円);×××(鉄)
原文:042「鉄円郡{一ニ云フ毛乙冬非}(巻三七)」
考説:本語は研究者によって語義を何とするか分かれており、村山は「鉄」、
李基文は「円」、板橋は「円」「鉄」両様に取っている。042を素直に分析
すれば、「毛乙」が「鉄」、「冬非」が「円」となるところであるが、村山は
トルコ語と対応させるため、対応関係を逆転させるという処理を行なっ
ている。正直、そこまでする必要があるほど似ているとも思えないが、
高句麗語のトルコ語的要素を強調するためには必要なことだったので
あろう。なお、板橋は、「鉄」の意味で取る場合には、「冬」のみが鉄で、
「非」は「郡」に相当するものと見ている。A-051「iron」、A-080「comma-
ndery」参照。
- 200 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 12:17:52 ID:ysL79l.w
- A-098
意味:pheasant(雉)
漢字表記:刀臘
再構語形:tawr(板橋)
taul(娜)
比較(日):上代語「to2ri(鳥)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:070「刀臘県{一ニ云フ雉嶽城}(巻三七)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
一方で070の漢字表記「刀臘」を「尸臘」の誤記として「white」の意味
にも取っている。「刀臘」から「taul」を抽出した経緯については、
A-014を参照されたい。
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