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高句麗語合戦3 〜あれは韓国これは日本〜
- 1 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/03/19(月) 20:06:32 ID:a/PnUBfU
- とざいと〜ざい。これより皆々様にご披露致しまするは、いにしえの高句麗語の
数々で御座りまする。高句麗は今を去ること1300年以上昔に滅びし古代国家で
御座りまするが、かつては満州西部・沿海州から朝鮮半島北部一帯にかけて
広大な領地を持ち、彼の隋・唐帝国の攻撃すら再三にわたって撃退したことも
あるほどの強いつよ〜い国家に御座りますれば、ニダビトの皆様にとりましては
数少ない「誇らしいですね。、サ、サ、サ」と言える存在なわけで御座りまする。
ところが、あに計らんや、資料に残る高句麗の言葉をよくよく調べてみますると、
半万年の歴史を誇るウリマルよりも、彼のにっくきチョパーリケセキドルの言葉の方が
よく似ているというからさあ大変! 果たしてニダビトの皆さんは誇りある歴史を
取り戻すことが出来るでありましょうか。
__ /
iii■ < 乞うご期待!
、─-(´∀`)-─, \
|\@|_Y_|@/|
.<\__(ωω)__/>
【前スレ】高句麗語合戦2 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.banner4every1.com/cgi-bin/test/read.cgi/exkorea/1071550720/
【前々スレ】高句麗語合戦 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.banner4every1.com/cgi-bin/test/read.cgi/exkorea/1055576517/
【関連ホームページ】娜々志娑无のぺぇじ
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/5420/index.html
- 201 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 12:36:12 ID:ysL79l.w
- A-099
意味:mountain pass/branch road(岐)
漢字表記:丁〜冬
再構語形:teη〜toη(娜)
比較(日):上代語「ti(道)」(娜)
上代語「tumuji(辻・旋風)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:104「玉岐県{一ニ云フ皆次丁}(巻三七)」
115「岐城郡ハ、本高句麗ノ冬斯忽郡ナリ。(巻三五)」
考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、それは音読地名の
中に「次」「斯」という属格・修飾辞が存するからで、それを除けば対応関係は
明快そのものである。語形・意味ともA-104「road」と共通点が認められるので、
同一語ないし派生語の関係にある可能性も高い。
- 202 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 12:56:25 ID:ysL79l.w
- A-100
意味:ten(十)
漢字表記:徳
再構語形:tok(板橋)
t∂k(李基)
t∂k〜t∂<*t∂wu(村山)
比較(日):上代語「to2wo(十)」(村山・李基・板橋)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):古代トルコ語「toquz(九)」(李基)
日朝ツ比:○××
原文:068「十谷県{一ニ云フ徳頓忽}(巻三七)」
考説:本語は日本語とのみ対応する語として有名なものの一つであるが、
金東昭は「徳」を「ta¨k」と再構した上で、日本語と共通するのは
第一音節の子音のみであり、似ているとは言い難いと批判している
が、村山は日本語の乙類オ列音母音の一部がツングース語諸語
の∂、朝鮮語の∂、モンゴル語のeに対応するとして、音義ともに
対応していると主張している。それを認めるとしても、「t∂k」の語末
の-kを、村山のようにk→wとして処理出来るかどうかが問題となっ
てこよう。
- 203 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/17(火) 18:17:01 ID:lHfox6QA
- >>197
>スレ主は以前から「サビ(錆)」と「カビ(黴)」の共通性に注目しておりました。
なるほどね。
連想する所を書きます。
さびる----ス帯びる、かびる----毛帯びる。
- 204 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/04/17(火) 20:11:49 ID:3NJQO6.A
- >>198
どんぐりは tothori ですね。これは李朝語でも同じ語形で出てきます(to.tho.ri)。
なお『訓蒙字会』に「橡」の訳語としてトトリtothoriが現れるので、ドキッとしますが、
そもそも「橡」の本義はツルバミ、どんぐりという意味でトチは国訓ですから
tothoriでトチの実を表すことはないようです。
韓国ではトチノキは「七葉樹」というビミョーな名前で(そもそも辞書の項目にない)、
どうも自生はしていないようです。中国には近縁種があるようですが名前はこれまた「七葉樹」。
ちなみにドングリを灰汁抜きして粉にしたのを寄せたムク(和名:樫豆腐)という料理がありますが、
淡白で面白い食感で、懐石料理に使えそうな食材です。
まぁ食べ物としては栃餅と似たような発想ですね。
- 205 名前:Zep 投稿日:2007/04/17(火) 20:29:09 ID:9T3QgeVg
- >>204
ドングリが「トトリ」なのを類推して,宮崎アニメの「トトロ」が朝鮮語の
ことだ,という電波がありましたな。
- 206 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 20:54:53 ID:dwuHsK4g
- >>203
>さびる----ス帯びる、かびる----毛帯びる。
う〜ん。「オビル(帯)」は平安時代には確かに上二段動詞
でしたが、残念ながら奈良時代には四段活用だったんですよ。
>>204 日語商売さん
>どんぐりは tothori ですね。
あれ? どこで勘違いしたんだろ? こういう時は、朝鮮語が
じぇんじぇんしゃべれない身がつらいですね(汗)。
>韓国ではトチノキは「七葉樹」というビミョーな名前で(そもそも辞書の項目にない)、
>どうも自生はしていないようです。中国には近縁種があるようですが名前はこれまた「七葉樹」。
えぇ〜? そうなんですか。トチノキは落葉広葉樹ですから、
朝鮮半島にも自生しているのかと思ってました。
>>205 Zepさん
こりゃまたお懐かしい。私は相変わらずこんなことをやって
おります(苦藁)。
- 207 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/18(水) 00:33:19 ID:8wd091rc
- >>206
>残念ながら奈良時代には四段活用だったんですよ。
古くから両方あって、たまたま奈良時代の記録が偏っていたと考える。
そうと云えない程に使用例が多くあるなら引っ込むけど。
平安時代には優勢な上二段に収斂したと。
それとも四段が二段に変化する必然性があるのだろうか?
- 208 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 02:28:01 ID:7v1dqAq.
- >>207
>古くから両方あって、たまたま奈良時代の記録が偏っていたと考える。
まず、「オブ(帯)」の奈良時代の用例を見ていくと、動詞の例は
決して多くはありませんが、未然形で「オバ-」という形の例があり
ますし、連用形は上代特殊仮名遣が甲類ですから、四段活用以外
に考えられません。加えて、連用形が転成した名詞「オビ(帯)」の
「ビ」も甲類ですので、これも元の動詞が四段活用だったことを支持
します。上二段なら乙類でなければなりませんからね。結局、奈良
時代に「オブ(帯)」が上二段活用であったという証拠が一切ない
わけで、これ以上は悪魔の証明になってしまうんですよ。奈良時代
だけが特別だったと主張するのも結構ですが、現実には平安中期
の訓点資料で四段活用に活用していた用例も見つかっています。
これを素直に解釈すれば、「オブ(帯)」は奈良時代には四段活用で
あったが、平安時代に上二段活用が生じて次第に勢力を増して行き、
遂には上二段活用が四段活用に取って替わったとせざるを得ないと
思うのですがね。
>それとも四段が二段に変化する必然性があるのだろうか?
かつて四段活用であった動詞が上二段活用になった例は、別に
掃いて捨てるほどあるというわけではありませんが、本語以外にも
「飽く→飽きるや」「借る→借りる」「足る→足りる」「生く→生きる」
「紅葉つ→紅葉ちる」のような例があります。もちろん、逆の変化も
あり、「恨む」「喜ぶ」「学ぶ」「尊ぶ」「悲しぶ」などは上二段から四段
に転じています。他には、上二段から上一段に転じた「う→居る」
「ふ→干る」、「ふ→嚔る」、四段から下二段に転じた「垂る→垂れる」
「揺る→揺れる」「分く→分ける」「隠る→隠れる」「忘る→忘れる」
「触る→触れる」、上一段から上二段になった「いさつ→いさちる」
「荒ぶ→荒びる」、更には上二段から下二段に転じた「恐る」なども
ありますが、今挙げたそれぞれのグループにおいて、別の活用に
変化しなくてはならない必然性というものがあったとは思えません。
そもそも、どんな体系にも必ず例外や個別変化というものはあり、
個人的、偶然的な機会から、不規則変化が起きることもあり得ると
いうのが私の理解です。所詮は人間のやることです。「絶対」や「完全」
ということはありはしないのですよ。
- 209 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 11:14:55 ID:7v1dqAq.
- >>208
補足すれば、他の活用から四段活用への変化は、
少数派への多数派の影響という普遍的な理由で説明
がつくことはつきますが、四段→その他に転じたものは
それに逆らっているわけで、一つの理由でひとしなみに
説明出来るようなものではありません。後者の変化を
起こした動詞で、個別的理由がある程度明確なものと
しては、「生く→生きる」があります。こちらは「行く」との
混同を避けるために上二段活用に転じたのでしょう。
しかし、そういう少数の語を除けば、後者のグループは
適当な理由を探せないものがほとんどなのです。
- 210 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/18(水) 12:39:44 ID:8wd091rc
- 詳しい解説に深謝。
更に連想が出てくる。
「帯びる」が四段から上二段になったとすれば、「おぶ」が原型となり、「おんぶ」の連想から「おふ=負う」の派生語
と捉えたくなる。おんぶに用いる紐は体に食い込まない巾広が機能的で都合が良い。
おんぶ紐を利用する「おふ」を「おぶ」として区別した。或は、おんぶ紐を発明した部族の「おふ」に当たる語が
「おぶ or Owu or Ovu」であった。
おんぶ紐を「おび」と呼び、同時に帯紐を使う、体に巻くと云う意味で、「帯びる」なる派生語を分離させたと云うのはどうか?
- 211 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 13:56:54 ID:7v1dqAq.
- >>210
とりあえず「帯ぶ」と「負ふ」の関係に気付かれたのは慧眼であると申し上げて
おきましょう。両者には意味の上でも一定の共通性が認められますし、発音の
上では、アクセントが共通している上に、「負ふ」がハ行転呼を起こす以前は
第二拍の発音も両唇破裂音bと両唇摩擦音Φだったわけですから、特に古代
においては両者は相当に紛らわしい関係にあったはずです。語源的にも同じで
あったかどうかは現状では保留しておきたいところですが、両者が互いに影響
を与え得る関係にあったことは疑いを容れません。
現在は共通語の口語・俗語で、もとを正せば東国方言であった「おぶう」という
語は「負ふ」が変化した語というのが通説ですが、スレ主はかねがね、四段の
「帯ぶ」が変化した可能性や、「負ふ」と「帯ぶ」とのコンタミネーションによって
生じた可能性も考慮すべきであると考えておりました。実際、岐阜・長野・愛知・
三重などの比較的広い地域で「オブ」という語形が分布(東北地方にも散在)し
ていることには注目すべきでしょう。もしかすると「帯ぶ」が上二段化したのは、
「負ふ」とのこれ以上の混乱を避けるためだったのかも知れませんね。
- 212 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 17:02:51 ID:lcAtunps
- A-101
意味:to rest(休)
漢字表記:冬音
再構語形:toηim(娜)
比較(日):上代語「to2m-(止む・泊む)」(娜)
上代語「to2do2m-(止む・留む)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:063「冬音奈県{一ニ云フ休陰}(巻三七)」
考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、李基文は
063の訓読地名の後半部分の「陰」に対して音読地名の「奈」を対応
させており、他の例からもB-019「na〜noim(female/shade/shadow)」
の存在は支持されるので、残る「休」と「冬音」も対応するものとして
扱ってよいであろう。「休陰」をしばらくとどまって休息するための物陰
の意と解すれば、日本語「トム(止・泊)」ともつながりが出てくるのでは
ないかと考え、対応語として挙げたが、正直、関連性は乏しいか。
- 213 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 17:59:10 ID:lcAtunps
- -102
意味:rich(豊)
漢字表記:且〜肖/西
再構語形:ts‘ia〜siεu/sei(娜)
比較(日):「saki1(幸)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:156「波且県{一ニ云フ波豊}(巻三七)」
156「海曲{一ニ作ル/v西ニ}県ハ、本高句麗ノ波且県ナリ。(巻三五)」
168「豊夫城ハ、本肖巴忽ナリ。(巻三七)」
考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、168や156の
の巻三七の記述を見る限り、対応関係は明快である。巻三五の新羅
地名「海曲」の「曲」は高句麗地名「豊」の略字であろうか。発音からは
「西」と「且」との間に共通点が認められるので、「西」を誤記したもので
ある可能性も捨て切れない。なお、日本語の対応語としては上代語の
「サチ〜サツ(幸)」も考えられないこともないが、「サチ〜サツ(幸)」の
第一義は漁や猟の獲物、またはそれを捕らえるための道具類の称で
あって、幸福の意はそこから派生したものであることから、「サキ(幸)」
の方がよりふさわしいと判断した。
- 214 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 18:02:08 ID:lcAtunps
- >>213
いろいろミスがあったので再投稿します。
A-102
意味:rich(豊)
漢字表記:且〜肖/西
再構語形:tsia〜siεu/sei(娜)
比較(日):上代語「saki1(幸)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:156「波且県{一ニ云フ波豊}(巻三七)」
156「海曲{一ニ作ル/v西ニ}県ハ、本高句麗ノ波且県ナリ。(巻三五)」
168「豊夫城ハ、本肖巴忽ナリ。(巻三七)」
考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、168や156の
の巻三七の記述を見る限り、対応関係は明快である。巻三五の新羅
地名「海曲」の「曲」は高句麗地名「豊」の略字であろうか。発音からは
「西」と「且」との間に共通点が認められるので、「西」を誤記したもので
ある可能性も捨て切れない。なお、日本語の対応語としては上代語の
「サチ〜サツ(幸)」も考えられないこともないが、「サチ〜サツ(幸)」の
第一義は漁や猟の獲物、またはそれを捕らえるための道具類の称で
あって、幸福の意はそこから派生したものであることから、「サキ(幸)」
の方がよりふさわしいと判断した。
- 215 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 18:19:37 ID:lcAtunps
- A-103
意味:market(市)
漢字表記:寸
再構語形:tsun(娜)
比較(日):上代語「iti(市)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:176「安市城ハ、旧安寸忽{或イハ云フ/2丸都城ト/1}ナリ。(巻三七)」
考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、176を見る限り、
対応関係は明快である。日本語との対応を考慮するならば、176に別名
として記されている「丸都城」の「都」の方が発音の上で近くなる(「都」の
漢字音は「to」)が、『完訳三国史記』は「丸都」を安市城の別称とするの
は誤りであると述べており、東洋文庫『三国史記』も不審であるとしている
ので、あえて挙げなかった。
- 216 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 18:34:06 ID:lcAtunps
- A-104
意味:road(道)
漢字表記:助(乙)(板橋)
助〜都(娜)
再構語形:tυ/dzi(ir)/tsi(ir)(板橋)
dzio〜to(娜)
比較(日):上代語「ti(道)」(板橋)
上代語「tumuji(辻・旋風)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:146「道臨県{一ニ云フ助乙浦}(巻三七)」
010「道西県{一ニ云フ都盆}(巻三七)」
010「都西県ハ、本高句麗ノ道西県ナリ。(巻三五)」
考説:板橋の「助(乙)」は146の訓読地名「道臨」を「道に入る」と解し、「ir(入る)」に
相当する部分を除き抽出したもののようである。それならば「助」とするだけで
よさそうなものであるが、なぜか「助(乙)」としつこいくらいに記していて、不審
である。また、板橋は再構語形としてtυを挙げているが、それに相当する漢字
表記は見当たらない。思うに、「都」を挙げ忘れたものではなかろうか。本語は
発音や意味上の類似からA-099「mountain pass/branch road(岐)」と同一語
である可能性が高い。
- 217 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 18:52:58 ID:lcAtunps
- A-105
意味:axe(斧)
漢字表記:於(板橋)〜於斯(李基)
再構語形:u(板橋)〜osi(娜)
比較(日):上代語「wono2(斧)」(娜)
中古語「yoki(斧)」(娜)
比較(朝):高麗語「us-kai(斧)」(娜)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:047「於斯内県{一ニ云フ斧壌}(巻三七)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
日本語・高麗語ともよく対応している。板橋は「斯」を属格・修飾辞と
取り、「斧=於」と解しているが、李基文は「斧=於斯」としている。
高麗語(『鶏林類事』の「斧曰烏子蓋」による)の語形を考慮すれば、
板橋よりは李基文の解釈の方が勝るが、日本語と対応させるならば
板橋の解釈の方が都合がよいということになる。なお、日本語の対応
語として中古語「ヨキ(斧)」を最初に指摘したのはJake_USA氏(前々
スレの537)であることを付記しておく。
- 218 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 15:52:17 ID:a/PnUBfU
- A-106
意味:派生名詞形成辞?
漢字表記:於
再構語形:u(板橋)
比較(日):上代語「-i(派生名詞形成辞)」(板橋)
比較(朝):李朝語「-i(派生名詞形成辞)」(板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):オーストロネシア祖語「-i(派生名詞形成辞)」(板橋)
日朝ツ比:○○×
原文:075「[犬+章]塞県{一ニ云フ古所於}(巻三七)」
076「冬忽{一ニ云フ于冬於忽}(巻三七)」
076「取城郡ハ、本高句麗ノ冬忽ナリ。(巻三五)」
058「屈於押{一ニ云フ紅西}(巻三七)」
058「江陰県ハ、本高句麗ノ屈押県ナリ。(巻三五)」
考説:派生名詞形成辞とは、他の品詞から名詞を形成する際に使用される
接辞のことであるが、板橋は漢字表記を「於」とするのみで、具体的に
どの地名表記に基づいて本語を分析したのか不明である。とりあえず
それらしいものを探し出して挙げたのが上記の原文である。075及び
076は動詞「所於(=塞)」「冬(=取)」に接続して名詞化しているかの
ようであるし、058は形容詞?「屈(=紅)」に接続して名詞化している
ように見える。なお、日本語の派生名詞形成辞「-i」とは、動詞の連用形
(しばしば名詞に転成)や名詞の被覆形に接続して露出形を形成する
接尾的形態素iのことである。
- 219 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 16:19:00 ID:a/PnUBfU
- A-107
意味:border/to block(塞)
漢字表記:於(板橋)〜所(娜)
再構語形:u(板橋)〜sio(娜)
比較(日):上代語「se〜sa(狭)」(娜)
上代語「sek-(塞)」(娜)
上代語「soko(塞・塁)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:075「[犬+章]塞県{一ニ云フ古所於}(巻三七)」
考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
075の音読地名「古所於(漢字音はko-s^i¨o-・ιo)」について、
「[犬+章](=ノロジカ)」を意味する「kos」と本語の「sio」、そして
前項の派生名詞形成辞「u(o?)」が複合した「kos-sio-u」を表記
したものであると解すれば、古代日本語と結び付けることも可能に
なる。やや変則的な処理ではあるが、第二音節に相当する漢字の
頭子音が第一音節の末子音と第二音節の頭子音を兼ねているもの
としては、A-042「bear」という実例が実際に存するので、それほど
無理な想定でもないと考える。
- 220 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 17:07:56 ID:a/PnUBfU
- A-108
意味:five(五)
漢字表記:于次
再構語形:uc(板橋)
uc/u¨c(李基)
utsu<*utu(村山)
比較(日):上代語「itu(五)」(村山・李基・板橋)
上代語「i(五十)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):古代トルコ語「u¨c(三)」
日朝ツ比:○××
原文:071「五谷郡{一ニ云フ于次呑忽}(巻三七)」
考説:本語は高句麗語と日本語でよく一致する例の一つとして有名であるが、
金東昭は、『三国史記』の071の原文の漢字表記は「弓次」であり、「弓」
を「于」の誤りと見たとしても、その再構音「u¨s」は日本語「itu」とは音相
が大いに異なっているとして批判している。しかし、そもそも「次」の漢字
音は「ts‘ii」であって「s」ではない(朝鮮漢字音でもchΛ)ので、日本語と
結び付けたくないあまりに、無理をしている感がぬぐえない。それにしても、
日本語の「itu(五)」と「i(五十)」の関係はおもしろい。普通なら「五」に「十」
を意味する要素が付け加わって「五十」という語が出来そうなものなのに、
「五十」の方が「五」よりも語形が短いのだから。「i」が「五」を表わしている
時期があって、その後生まれた「itu」という語形との間で「五」の地位を巡る
争いがあり、敗れた「i」は「五十」に転じることで生き残ったといった事情が
あるのかも知れない。
- 221 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 17:56:28 ID:a/PnUBfU
- A-109
意味:having neighbors/relative(有隣/親族)
漢字表記:于尸
再構語形:ur(板橋)
比較(日):上代語「ugara(族)」(娜)
比較(朝):新羅語「uri(我々)」(娜)
李朝語「uri(我々)」(板橋)
李朝語「ul(戚)」(李基)
李朝語「urh(垣)」(板橋)
比較(ツ):満州語「uri(囲み・窪地・柵)」(板橋)
比較(他):ナシ
日朝ツ比:△△△
原文:162「有鄰郡ハ、本高句麗ノ于尸郡ナリ。(巻三五)」
考説:本語について板橋は、李朝語の「ulh(垣)」を対応語として挙げつつも、
人称代名詞の「uri(私たち)」との関係もあると考えられるとし、更に
李朝語「ulh(垣)」に対応するものとして満州語の「uri(囲み・窪地・柵)」
との関連もあると指摘している。スレ主が日本語の対応語として挙げた
「ウカラ(族)」の語構成のうち、後部成素の「カラ」は「肉体」や「血縁」を
意味する古語で、上代には単独使用例は見えないが、「ハラガラ(同胞)」
「ヤカラ(輩)」「トモガラ(朋友)」「ナキガラ(死骸)」「カラダ(体)」等の複合
語に残っている語である。一方、先部成素の「ウ」については、「ウム(生)」
のウであるとする説から朝鮮語「ウル」と結び付ける説まであり、いまだに
通説と言えるものがない。スレ主は古代アクセントの一致状況などから、
「ウヂ(氏)」「ウガラ(族)」は「ウム(生)」と同源であり、出産という行為を
通した人間関係を意味する語彙グループであると考えているが、高句麗語
(巻三五系語彙ではあるが)と絡めて考えるならば、高句麗語「ul」も本来は
出産を意味する語と関わりがあったのではなかろうか。もちろんそのように
考えると、満州語や李朝語と縁遠くなってしまうわけであるが。
- 222 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 18:18:23 ID:a/PnUBfU
- A-110
意味:hare(兎)
漢字表記:烏斯含
再構語形:usiγam(板橋)
osaxam〜usaxam(李基)
wusigam(村山)
比較(日):上代語「usagi1(兎)」(村山・李基・板橋)
上代東国方言?「wosagi1(兎)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):トルコ語「tawi¨sγan(村山)〜tabisγan(板橋)(兎)」(村山・板橋)
ギリヤーク語「osk(兎)」(李基・板橋)
アイヌ語「oske(兎)」(板橋)
日朝ツ比:△××
原文:048「兎山郡ハ、本高句麗ノ烏斯含達県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は日本語とよく対応する語として有名なものであるが、ギリヤーク語や
アイヌ語とも対応する。板橋は、アイヌ語にギリヤーク語からの借用が多い
と指摘し、アイヌ語のそれはギリヤーク語からの借用であると述べている。
確かに語形の類似を見てもその可能性は高そうである。なお、上代日本語
には「ヲサギ(兎)」という語形もあるが、これは東国方言らしい。古語は方言
に残ることが多いから、「ヲサギ」の方が古形である可能性は十分あろう。
村山が高句麗語の再構語形を「wusigam」としたのも、或いはこのことを
意識しての処理なのかも知れない。
- 223 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 15:04:54 ID:BFVTBaJk
- A-111
意味:spring/source/well(泉/水源/井戸)
漢字表記:乙(板橋)〜於乙(村山・李基・板橋)〜伊梨(李基・板橋)
再構語形:wir<uyir/uir(板橋)
uil<*bul(村山)
∂l/el(李基)
wil〜iri(娜)
比較(日):上代語「'wi(井)」(村山・板橋)
比較(朝):新羅「∂r(板橋)〜i¨l/っ¨l(李基)(井)」(李基・板橋)
比較(ツ):オロチ語「uli(川・水)」(板橋)
比較(他):モンゴル語「bulaq(泉)」(村山)
トルコ語「bulaγ(泉)」(村山)
ギリヤーク語「erri〜eri(江)」(李基・板橋)
オーストロネシア祖語「way(水)」(板橋)
日朝ツ比:○○○
原文:037「泉井口県{一ニ云フ於乙買串}(巻三七)」
128「泉井郡{一ニ云フ於乙買}(巻三七)」
002「国原城{一ニ云フ未乙省。一ニ云フ託長城}(巻三七)」
「大臣伊梨柯須彌弑/ス2大王ヲ/1(『日本書紀』巻二四)」
考説:本語は日朝ツそれぞれよく一致するが、中でも朝鮮語とツングースのそれは
語末の-lを保存しているという点で高句麗語により近いと言えよう。ただ、
朝鮮語では新羅語以降絶えてしまったようで、それ以降の文献には見えない
という事情があるので、スレ主は新羅語が高句麗語を借用したのではないか
と睨んでいる。日本語に語末の-lが保存されていないことについて、村山は
日本語及び高句麗語の祖形をともに「*bul」とした上で、日本語については
「*bul>*wui>wi」のように変化したと推定している。本語の意味のうち、
「水源」は村山・李基文とも言及していないが、板橋は002の例から「乙=原」
の対応を認め、「原」を「源」と解することでこの意味を得ているようである。
なお、スレ主は132「子春県ハ、本高句麗ノ乙阿旦県ナリ。(巻三七)」の例から
「乙=春」の対応関係を導き出しているが、この語は本語と関係があるかも
しれない。A-002「boy」、B-007「spring」参照。ところで、板橋は高句麗の重臣
泉蓋蘇文の『日本書紀』における表記「伊梨柯須彌(irikasumi)」に基づき、
古代日本語に「iri(泉)」という語が存在したと見なしているが、これは高句麗
人の人名を万葉仮名で音写したものに過ぎず、『三国史記』における漢字表記
「泉蓋蘇文」から「泉=伊梨」という対応は認められるにしても、それはあくまでも
高句麗語の内部における対応であり、日本語とは無関係である。
- 224 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 15:27:52 ID:BFVTBaJk
- A-112
意味:pig(猪)
漢字表記:烏〜烏斯/烏生
再構語形:υ(板橋)
wusi(村山)
o〜osi(娜)
比較(日):上代語「wi(猪)」(板橋)
上代語「usi(牛)」(村山)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:103「猪足県{一ニ云フ烏斯廻}(巻三七)」
120「猪闌[山+見]県{一ニ云フ烏生波衣。一ニ云フ猪守}(巻三七)」
144「猪[之+守]穴県{一ニ云フ烏斯押}(巻三七)」
考説:「猪=烏」なら日本語「wi(猪)」とよく対応すると言えるが、用例は
すべてその直後に「si-(斯・生)」を伴っているので、高句麗語形は
「osi」ではないか。もっとも、「si」を属格・修飾辞(→A-084)と見る
ことも出来ようから、その場合は「o」が豚を意味する高句麗語形と
いうことになる。
- 225 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 15:50:15 ID:BFVTBaJk
- A-113
意味:指小辞
漢字表記:烏(板橋)〜(滅)烏(娜)
再構語形:υ(板橋)〜ro(娜)
比較(日):上代語「〜ro2(接尾語・親愛)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:004「駒城{一ニ云フ滅烏}(巻三七)」
考説:指小辞とは、名詞等に付いてその事物がごく小さいこと、または軽少
であることを表わす接辞のことで、縮小辞ともいう。日本語で言えば、
「ムスメッコ」「アマッコ」「シッコ」「ウンコ」などの「〜(ッ)コ」がそれに
相当する。板橋によれば、本語はBeckwithが初めて指摘したもので
あるらしい。本語は004の「駒=滅烏」の対応に基づき「滅」を「馬」の
意に取り、「烏」を指小辞として認定したもののようである。板橋は本語
を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、004「滅烏」から
再構される「駒」の高句麗語形は「mero」であるから、「me」を「馬」、
「ro」を指小辞と取れば、上代日本語の親愛を示す接尾語「ロ」と対応
させることが可能になる。
- 226 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/20(金) 17:01:23 ID:rB8EJ0eA
- 大陸の各言語で、鼻母音を明瞭に区分している例はあるだろうか?
日本の東北においては、井戸の「い」は鼻母音である。
すると、>>224 の例から敷衍して、和語の 泉の「い」も、いづ(出)の「い」も同じ扱いが妥当なのかも知れない。
別の語源を想定する方が妥当かも知れないが。
- 227 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 17:51:18 ID:BFVTBaJk
- A-114
意味:similar(相似)
漢字表記:位
再構語形:wi(板橋)
比較(日):上代語「nir-(似る)」(娜)
比較(朝):李朝語「isщs-(似る)」(李基・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:「句麗呼ビテ/2相似タルヲ/1為ス/v位ト(『三国志』高句麗条)」
考説:李基文は本語の李朝語における対応語として「isщs-(似る)」とともに
「pisщs-(似る)」なる語も挙げているが、『李朝語辞典』を見てもそれ
らしい語が見当たらないのは不審である。板橋が「isщs-(似る)」のみ
を挙げているのはそのためであろうか。日本語における対応語は先行
研究では一度も指摘されたことがないが、上代日本語の「ニル(似)」は
候補として悪くないものであると思う。意味の点では問題ないし、朝鮮語
でもそうであるが、狭母音の直前のn音は脱落しやすいものだからである。
- 228 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 18:34:32 ID:BFVTBaJk
- A-115
意味:mother(母)
漢字表記:也次(李基・板橋)〜也(娜)
再構語形:yac(李基)〜ya(娜)
比較(日):上代語「oya(親)」(娜)
比較(朝):李朝語「∂zi(母・親)」(李基・板橋)
李朝語「∂mi(母・親)」(李基)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:114「母城郡{一ニ云フ也次忽}(巻三七)」
114「益城郡ハ、本高句麗ノ母城郡ナリ。(巻三五)」
考説:李基文『韓国語の形成』は本語の李朝語における対応語を挙げるに
あたって、「○┤△|(∂mi)」(母・親)と記しており、ハングル表記と
発音表記の内容に齟齬が見られる。単に音声表記の誤りとも取れるが、
同書は誤脱や誤字の類が少なくないので、或いは原論文で「○┤△|
(∂zi)」「○┤□|(∂mi)」とあったものが、日本語に翻訳される際に
誤記されて上記のような表記になってしまったものなのかも知れない。
李基文と板橋は114から「母=也次」という対応関係であると捉えている
が、「次」の部分については、属格・修飾辞(→A-084)と見ることも可能
なので、高句麗語の語形は「也(ya)」である可能性も十分にあると思う。
なお、村山は「也次」を「巴派」の誤記と見て「巴派(中:pa-p‘ai)」と古代
日本語「ΦaΦa(母)」を対応させているが、高句麗地名「母城郡」に対応
する新羅地名が「益城郡」となっているのは、高句麗の音読地名「也次」
の発音「yia-ts‘ii」から「益(・ιεk)」を連想したことによる命名であると
推測されるので、誤字と考えるのはかなり厳しそうである。
- 229 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 18:36:43 ID:BFVTBaJk
- >>228
さっそく修正箇所発見orz
× 再構語形:yac(李基)〜ya(娜)
○ 再構語形:yac(李基・板橋)〜ya(娜)
- 230 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 18:40:30 ID:BFVTBaJk
- >>228
うが〜!また間違ったニダ!>>229はなし!
× 再構語形:yac(李基)〜ya(娜)
○ 再構語形:yac(板橋)〜ya(娜)
今日はもうこれでやめるニダorz
- 231 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 13:37:15 ID:1vS553Ps
- A-116
意味:badger/weasel(狸・穴熊/鼬)
漢字表記:也尸
再構語形:yar(板橋)
比較(日):上代語「itati(鼬)」(娜)
中古語「tanuki(狸)」(板橋)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:106「[犬+生]川郡{一ニ云フ也尸買}(巻三七)」
考説:「[犬+生]」はイタチを意味する漢字なので、106の原文通りならば本語は
イタチということになるが、板橋は何の説明もなく「狸」としており、「[犬+生]」
を「狸」の誤記ないし異体字と考えているようである。なお、板橋によれば、
Beckwithは106の「[犬+生]」を「狂」の誤字であるとして157「野城郡ハ、本
高句麗ノ也尸忽郡ナリ。(巻三五)」の例と併せて「野(wild)=也尸」を再構
しているという。しかしながら、157の新羅地名「野」は高句麗時代の音読
地名「也」と漢字音が同音の関係にあったから選ばれたに過ぎず、「尸(-l)」
はその際省略されたものとするのが穏当な解釈であろう。
- 232 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 14:00:36 ID:1vS553Ps
- A-117
意味:willow(柳)
漢字表記:要隠
再構語形:yawin(板橋)
比較(日):上代語「yanagi2(柳)」(李基・板橋)
上代語「yagi2(柳)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:102「楊口郡{一ニ云フ要隠忽次}(巻三七)」
考説:板橋は本語の上代日本語における対応語について「yanagi;yanoki(柳)」と
記しているが、前者はともかく、上代〜現代を通じて後者のような語形が存在
した証拠はない。「<OC*yang‘willow’楊?」と記していることからして、日本語
の「ヤナギ」の語源が「矢(楊)+な(=の)+木」とされていることから、過去に
そのような語形が存在したと推定したものであろうが、いささか不用意な記述
である。いずれにせよ、日本語同様、本語も古代中国語「楊(yaη)」からの
借用語である可能性は高いと思われる。
- 233 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 14:24:12 ID:1vS553Ps
- A-118
意味:long(長)〜shallow(浅)
漢字表記:耶耶/夜牙
再構語形:yana<yaya/yana(板橋)
yaya(村山)
比較(日):上代語「asa-si(浅)」(娜)
比較(朝):李朝語「y∂t-t‘щl(浅)」(村山・板橋)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:054「長浅城県{一ニ云フ耶耶。一ニ云フ夜牙}(巻三七)」
考説:本語は訓読地名が「長浅」となっているため、意味に関して「長」「浅」いずれか
決め難いが、李朝語に「y∂t-t‘щl(浅)」があることから、村山以来「浅」の意
で解釈されている。しかしながら、054の記述を見てもわかるように、対応関係
は「長浅城=耶耶=夜牙」であり、「耶耶=夜牙」は確実としても、「長浅城」と
どう対応するのか明らかではない。「〜城」は訓読地名を作るに際して新たに
付け加わったものとするにしても、「長=耶(夜)」「浅=耶(牙)」という対応関係
である可能性も十分にある。なお、板橋が「夜牙」を「yana」とした上で、復元語
形を「yana」としたのは、単純に「yaηa」を誤記したものとも取れるが、或いは
〔yaηa(夜牙)→yana→yaya(耶耶)〕という流れを想定したものであろうか。
- 234 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 14:50:05 ID:1vS553Ps
- A-119
意味:crothes(衣)
漢字表記:若只/若〜朔
再構語形:zhaki/zhak〜∫ak(娜)
比較(日):上代語「so2(衣)」(娜)
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:057「若只頭恥県{一ニ云フ朔頭。一ニ云フ衣頭}(巻三七)」
057「如羆県ハ、本高句麗ノ若豆恥県ナリ。(巻三五)」
考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、それは057の
「若只頭恥」「朔頭」「衣頭」「若豆恥」四者の対応関係がすこぶるわかり
づらいことが原因であろう。ただ、「若只頭恥」を前半の「若只」と後半の
「頭恥」に分けて考えれば、「若只(rιak-t∫ιe。只を枳の略字と解
すればrιak-kie)」と「若(rιak)」、「朔(s^っk)」は発音的によく似て
いるので、三者とも音読字であると解することが可能であるし、後者の
「頭恥(d∂u-t‘^ιei)」と「豆恥(d∂u-t‘^ιei)」は、韻は異なるが完全
に同音であり、「朔頭」「衣頭」の「頭」は「恥」を省略したものと見なせる。
結局この中で唯一漢字音として異質な存在なのは「衣」だけなので、「衣」
が訓読字である可能性は高いと思われる。
- 235 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 15:08:43 ID:1vS553Ps
- A-120
意味:side(横)
漢字表記:於斯
再構語形:es(李基)
ios(娜)
比較(日):上代語「yo2ko2(横)」(娜)
上代語「yo2k-(避)」(娜)
比較(朝):李朝語「∂s(横)」(李基)
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○○×
原文:094「横川県{一ニ云フ於斯買}(巻三七)」
考説:本語は李基文により指摘されているにもかかわらず、板橋が一切
言及していないのは不思議である。もっとも、スレ主自身も当初の
集計の段階では本語をうっかり漏らしてしまっているのであまり強く
は言えないが(苦藁)。李基文は本語の再構語形を「es」としている
が、「於(・ιo)」の漢字音から見て疑問である。或いは「∂s」の誤記
かも知れない。
- 236 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 15:23:07 ID:1vS553Ps
- >>235
早速訂正ニダorz
× 再構語形:es(李基)
○ 再構語形:∂s/es(李基)
李基文は『韓国語の歴史』では「es」、『韓国語の形成』では「∂s」としていたニダ。
そう言えば、A-111「spring」でも「於乙」に対して「∂l/el」両様だったニダが、その
関係は『韓国語の歴史』が「el」、『韓国語の形成』が「∂s」というものだったニダ。
もしかすると『韓国語の歴史』の誤植かも知れないニダね。
さて、一応これで対応語の存するAグループの語は一応挙げ終わったニダから、
次は対応語の存しないBグループに行きたいところが、例の『日本書紀』古訓に
現われた高句麗語の処理がまだニダ。中にはAグループに属するものもあれば、
Bグループ行きのもありそうニダし、Bグループに行く前にこちらを先に片付けておく
べきニカねぇ。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/23(月) 16:50:06 ID:RX3kQrsg
- >>232
>「楊(yaη)」からの借用語である可能性は高いと思われる。
現代語では「やなぎのき」と言うから尤もらしくもあるが、
日本語としては「やなぎ=矢の木」であったと想像できる。
曲がりに関する限り、矢に適した枝が取れるのは間違いない。
同じ語を使う物が大陸に居て、やなぎが「楊」と表記されたかも知れない。
有史時代以降、古代や戦国期の矢が何で作られていたかは知らない。
- 238 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 18:12:07 ID:1vS553Ps
- >>237
『時代別国語大辞典・上代編』の「や(矢)」の項の解説には、
「矢がらは、しの竹が普通で、場合によっては葦や柳も用いた
といわれる。」とありました。中国でも矢柄は篠竹が一般的で
あったようで、「笶」「箭」「箙」「簇」「籌」「箘」等、矢に関する漢字
がことごとく竹冠になっていることからも、そのことは窺えます。
竹はまっすぐで強靭ですから、矢柄にはまさに最適です。葦は
よい篠竹が採れない東北地方などの寒冷な地域で代用とされた
ものでしょう。ただ、日中ともに柳の木を使った例もあることは
確かで、『本草綱目』には「水楊」が「可シ/v為ル/v矢ト」と記されて
いるそうですし、『延喜式』にも「柳篦」という語が出てきます。
そもそも私は別に「矢な木」説を全否定しているわけではあり
ません。日本語と高句麗語とを比較した場合、古代中国語から
ともに借用したという可能性がクローズアップされるということで
あのように述べたものであって、日本語内部だけで考えるなら
「矢な木」が最も妥当な説明であると考えています。アクセント面
でも「ヤ(矢)」と「ヤナギ(柳)」はともに高起式でよく対応しますし、
たとえ矢柄に篠竹を使うのが一般的であったとしても、手近に
適当な材料がなくて、木を使わざるを得ない場合にはヤナギを
使うこともあったでしょうから、そういう矢になり得る木のことを
「矢な木」と呼んだ可能性は十分にあると思いますので。
- 239 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/04/23(月) 21:26:41 ID:ZdHF48jI
- >>223
中期朝鮮語〜現代語で「井」を表す語彙はumur(中期語u.mщr)ですが、
これは後半の mщr が明らかに「水」であり、それを取った部分 "u-" が本来「井」の意味を持っていて
形の上でも本来 *ur であったのが、mщr と結合したときに r が脱落した、と考えられないでしょうか。
これならば、*ur は日本語・モンゴル語・トルコ語等と比較できるのではと思います。
とここまで書いて、念のためと「umur の語源」をネットで調べたら、
u- は *ur ではなく um(穴ぐら)の意味とのこと。_| ̄|<>
生兵法は怪我のもとというお話だったニダ……w
- 240 名前:井戸について 投稿日:2007/04/23(月) 23:25:50 ID:RX3kQrsg
- >>239
お説を伺っていると、井戸の井は本来鼻母音であるとして良さそうに感じます。
今の日本語では穴ぐらの意味は思い浮かびませんが、穴には大いに関連します。
一方「ど」の方ですが、宿(やど=家ど=屋ど) の「ど」と共通するものと思います。
感覚的には「わざわざ掘った穴=水を狙う穴」、ど=(目的に相応しい)場所、と妄想します。
- 241 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/24(火) 01:04:00 ID:tqKlYDaY
- >>239
>>240
日本語にも「ヰ(井)」や朝鮮語の「um(穴ぐら)」と関わるかも知れない
語があるニダよ。「ウカツ(穿)」「ウク(穿)」という動詞ニダ。「ウカツ(穿)」は
穴を開ける意の四段活用他動詞、「ウク(穿)」は穴が開く意の下二段活用
自動詞ニダ。これらの動詞の語幹に含まれる語基「ウ」は、その動詞の意味
から「穴」という意味であることが容易に推測されるニダが、この「ウ」こそ、
実は名詞「ヰ(井)」の古い被覆形(古形と言ってもよし)ではないかとウリは
睨んでいるニダ。「ヰ(井)」とは地面に穴を掘りそこに水を湧き出させたもの、
または水を貯めたものであって、その後は川などを堰き止めて水を貯めた
もの(井手や井堰など)についてもいうようになっただけで、水との関わりは
本来二次的なものだったのではないニカねぇ。
ちなみに、「ヰ(井)」「ウカツ(穿)」とも古代アクセントは低起式であること
がわかっているニダから、金田一法則にも適うニダ。そうそう。意味だけから
見れば「ウム(埋)」も関連が認められるのでよさげではあるニダが、こちらは
高起式なので駄目ニダ。「ウム(埋)」は穴を穴でなくする動作とも解される
(実際は動作の対象が穴である必要は必ずしもないニダが)ニダから、正反対
の動作をわざとアクセントを変えて表現したとも考えられないこともないニダが、
今のところは類例を思いつかないので、とりあえず駄目だししておくニダ。
- 242 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/25(水) 01:43:48 ID:3YKYKmi2
- Aグループ終わっちゃったんですか…
もっとゆっくりお願いしますよw
終焉が近づくのが悲しい。
終わることなく永遠に続いてほしいスレニダ。
- 243 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:13:15 ID:Mv5Y4CuE
- >>242
そう言って頂けるのはありがたいのですが、ない袖は振れませんからねぇ(苦藁)。
- 244 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:15:43 ID:Mv5Y4CuE
- さて、続きをやりたいのは山々ですが、何せ書紀古訓を利用した高句麗語
研究が白鳥の>>146と旧大系の注(>>143)、新全集の注(>>144)くらいしか
ない上に、村山、李基文、板橋といった高句麗語研究者は一切書紀古訓を
対象としていないこともあって、これまでの高句麗地名を中心とした研究の
ようには簡単に行きません。加えて、書紀古訓は写本ごとの違いが大きいと
いう問題もあり、古写本を揃えるのが容易でないという問題点もあります。
とりあえずスレ主は兼右本(1540年写)の影印(天理図書館善本叢書)と
『釈日本紀』の活字本(新訂増補国史大系所収)を所持しておりますので、
それだけで話を進められれば楽なのですが、当面の高句麗語研究の対象
となる巻一九と巻二七については、北野本という古写本があるので、そちら
の方も見ておきたいところであります。幸い、さる親切なお方のご厚意により、
前者については北野本の巻一九(南北朝期写)、後者については穂久邇文
庫本の巻二七(1500年前後写)のそれぞれの当該箇所を、神道大系所収の
影印からデジカメで撮影したものを送って頂いたので、それを利用することが
出来るようになりました。>>135=>>148さん?にはこの場を借りて深く御礼を
申し上げます。欲を言えば、巻二七についても北野本を利用したいところです
が、こちらは大昔の複製本でなければ見られませんので、仕方がありません。
まあこちらも幸いなことに、新訂増補国史大系の『日本書紀』に、巻二七の
当該箇所について北野本の訓点を引いてくれているので、一応それを利用
することは可能であります。
- 245 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:18:32 ID:Mv5Y4CuE
- とりあえずは資料を提供しないことには皆さん方もついていけないでしょうから、
一つ一つ資料を提示してスレ上で考察を加え、その結果をまとめて他の高句麗語
語彙と同様のデータにして行きたいと思います。諸本の内容については、AAの技術
を駆使して原本の姿を出来る限り忠実に再現しました(w
@香岡上王
百済本記云、十二月甲午、高麗国細群与麁群、戦于宮門。伐鼓戦闘。細群敗不解
兵三日。尽捕誅細群子孫。戊戌、狛国香岡上王薨也。(巻一九・欽明六年)
◎北野本
コ マ ノ コキシ ミウセヌ
キ百 - 香 - 岡 - 上 王 薨
◎兼右本
コク コク カ カノ クスシス オリコケ ミウセヌ
狛 國 香 岡 上 王 薨 也
\六鵠 アスメス オリコケ 上王スオリコケ二字イ点
◎釈日本紀
コマ ノ クニ ノ ヌ タ 爪 ヲリ コケ 刀ウセヌ
狛 國 香 岡 上 王 薨 也。
キ百コク 〃イ无 キ百香岡上王。
コクヌタノ爪ヲリコケ
※「爪」は「ス」の、「刀」は「ミ」の、それぞれ古い異体の片仮名
百済の三逸史の一つ『百済本記』からの引用箇所です。病に瀕した高句麗王・
香岡上王(安原王)の跡目を巡り外戚どうしが争って一方を族滅させたこと、その後
ほどなくして王が死去したことが記されています。本文の「狛(キ百)」に「コマ」だけで
なく「コク」なる付訓が存すること、『釈日本紀』の本文の「高麗國」に「コマ」だけでなく
「コクソリ」という付訓も見えること等、高句麗の国名の訓み方がいろいろあるのも
面白いですが、何よりも王の名前である「香岡上」の訓みが実に複雑怪奇なのです。
- 246 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:32:32 ID:Mv5Y4CuE
- 北野本は当該箇所に付訓がないので省略し、まず兼右本を見ますと、
「香岡」については「カカノ」と付訓していますが、「上」に対しては「クスシス
(>>143には「クスレス」となっているが、スレ主の目には「クスシス」としか
見えない)」と「アスメス」の二訓を記しつつ、その下にイ点(異本の訓点の
意)に「上王」二字を引き合わせて「スオリコケ」と訓じたものがあることを
書き添えています。結局、「香岡」については「カカ(ノ)」一訓のみ、「上」に
ついては「クスシス」「アスメス」「ス」の三訓が存したということがわかります。
一方、『釈日本紀』は、「香岡上王」に対して古い片仮名混じりで「ヌタ爪
ヲリコケ」と訓じつつ、本文下に「ヌタノ爪ヲリコケ」という異訓を注記してい
ます。「爪」は「ス」ですから、結局「香岡上」の訓としては「ヌタス」「ヌタノス」
の二訓が存するわけです。尤も、「ヌタノス」の「ノ」は日本語の連体助詞
「の」でしょうから、『釈日本紀』の訓としては、「香岡」を「ヌタ」、「上」を「ス」
と訓んでいたということになりそうです。
以上をまとめれば、「香岡」については兼右本の「カカ」と『釈日本紀』の
「ヌタ」の二訓が、「上」については「クスシス」「アスメス」「ス」の三訓が、
それぞれ存在するということになるわけです。では、上記の訓について、
一つ一つ検討してみましょう。
まず「カカ」という訓についてですが、スレ主は「香」「岡」に対する漢字音
に由来する訓ではないかと考えています。「香」の中古音は「hιaη」、「岡」
のそれは「kaη」ですから、ηに限らず音節末の子音というものが存在し
ない開音節の言語である日本語の話者には、両字とも「カ」のように聞こえ
た可能性があります。
ただ、出典である『百済本記』を書いたのは百済人ですが、百済語は
閉音節の言語であった可能性が高いので、「hιaη-kaη」を「kaka」の
ように表記したりはしそうにありません。その場合は、百済人に王の名前
を発音させてそれを日本人が「カカ」と聞き取ったと取るしかないでしょうね。
- 247 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:33:24 ID:Mv5Y4CuE
- 次に「ヌタ」ですが、これは難しいですね。正直、筆者はいまだに「香」と「ヌ」という音を
結び付けることは出来ないでおります。高句麗語に香りを意味する名詞、または香りが
よいという意味の形容詞「nu」を再構し、Bグループに属せしめるしか手はなさそうです。
「タ」については、スレ主に一案があります。「上」の訓ではないかとされる「ス」を持って
きて「岡=タス」とするのです。ただしそれだけではどうにもなりませんので、ここで更に
禁断の処理である誤写説を唱えることにします(w。即ち、『釈日本紀』の傍訓に使用
されている古い異体の片仮名「爪」は「ル」の誤写であるというものです。そうであれば、
「岡=タル」になりますから、高句麗語のA-094「tal(high/mountain)」と結び付けること
が可能になってくるというわけです。尤も、わざわざそのような処置をせずとも、「タ」だけ
を高句麗語「tal」の不完全な仮名表記として扱うことも出来なくもありませんが(苦藁)。
「上」に対する「クスシス」「アスメス」はもうまったく理解不能です。前二者は二文字目と
四文字目が「ス」で共通していますし、一文字目の「ク」と「ア」、三文字目の「シ」と「メ」も
字形的に似ているところがありますから、おそらくどちらか一方が他方を誤写したことに
より生じたものなのでしょうが、どちらが正しいものやら判断がつきません。『釈日本紀』
の「ヌタノス」が誤写されて「クスシス」「アスメス」となったようにも思えますし、兼右本の
「カカ」が「クス」や「アス」(「ヌタ」も?)と誤写されたのではないかという気もします。正直
こちらはお手上げですね。とにかく、「上」を意味する「su」なる語が日本語に限らず周辺
言語に存在すれば、とりあえず「上=su」だけは確定させることが出来るのですが。
- 248 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:38:13 ID:Mv5Y4CuE
- 今思いついたのですが、この「ス」はもしかしてA-084「si(属格・修飾辞)」で
あるとは考えられませんかねぇ。もしそう解することが可能であれば、「カカス
オリコケ(或いはヌタスオリコケ)」は「香岡(カカorヌタ)の王(オリコケ)という
ことになりますが、苦しいですかねぇ。
ま、「ス」にしろ>>247の「tal」にしろ、既知の高句麗語と結び付けようとすれば、
このようにでも解釈しないと無理ということで(苦藁)。
- 249 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 21:18:19 ID:gBDB8SrQ
- >>246
「カカ」については、「香」を日本語の「カ(香)」と結び付けることも
もちろん可能です。これが高句麗語なら日本語とよく対応するという
ことになりますが、「香」に対して普通に日本語で「カ」と付訓したと
いう可能性もありますので、あまり声を大にしては言えないですね。
- 250 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 21:20:14 ID:gBDB8SrQ
- 以上、思いついたことをつらつらと書き連ねてみました。
まとまりがなくて誠に申し訳ありません。もし皆さんの方でも
何か思いついたことがありましたらお書き頂けると幸いです。
- 251 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/26(木) 17:59:22 ID:GOK4Ynrw
- うわっ、むちゃくちゃ面白いですねっ
わくわくしちゃうw
- 252 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/09(水) 16:15:10 ID:iRR6etVE
- 話の流れから行けば、書紀古訓の高句麗語について続編を
ものすべきところですが、まとめるのに難航している上、作業の
最中にBグループの中からAグループに移動させるべきものが
見つかったりして、いろいろややこしいことになっております。
とりあえず今日のところはAグループへの追加処置を行なうこと
でお茶を濁すことに致します(苦藁)。
A-121
意味:roe deer([犬+章])
漢字表記:古斯/古所
再構語形:kυsi/kυsio?(板橋)〜kos(娜)
比較(日):上代語「ka(鹿)」
比較(朝):ナシ
比較(ツ):ナシ
比較(他):ナシ
日朝ツ比:○××
原文:025「[犬+章]項口県{一ニ云フ古斯也忽次}(巻三七)」
053「[犬+章]項県{一ニ云フ古斯也忽次}(巻三七)」
075「[犬+章]塞県{一ニ云フ古所於}(巻三七)」
考説:本語の訓読表記である「[犬+章](獐)」は和名をノロジカ(李朝語のnoroが
語源)と言い、日本には存在しない小型の鹿の一種である。本語は地名表記
中に3例も登場するにもかかわらず、先行研究で指摘しているのがBeckwith
のみというのは不思議である。板橋に至っては、A-045「gem(玉)」の音読表記
として本語の音読表記であるはずの「古所」を挙げるという過ちを犯した上、
「Beckwithは「「犬+章」」という意味をつけているが、これは誤りであろう。特に
これについて説明がないので、この意味がどこから出たものかは判明しない。」
などと斜め上の解説をしている有様である。また、板橋が再構語形として示した
「*kυsi」というのも「古所」という漢字表記から考えれば解せないところで、
おそらくは「*kυsio」の誤記ないし誤植ではないかと推測される。なお、スレ主
が「kos」と再構したのは、075「[犬+章]塞=古所於」からA-107「to block(塞)」
として「sio」を分析したためであるが、「古斯」と2例も表記されていることを重視
すれば「kosi〜kos」とした方がよかったかも知れない。更に言えば、「si〜s」
をA-084「属格・修飾辞」として認定し、本語の語形として「ko」を再構するという
手もありそうである。日本語の対応語形が「カ(鹿)」であることを思えば、語末に
s音があるよりもその方が都合がよいことは確かである。
- 253 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/05/09(水) 23:30:53 ID:/lKA0K9I
- ノロやキバノロを表した古語「くじか」の方が一致が良さそうですね。
- 254 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/10(木) 00:22:16 ID:9QKu9eww
- >>253
恥ずかしながら、ウリはキバノロなる動物の存在も知らなければ
「くじか」なる日本語が存在することも知らなんだニダorz。調べて
みたら『新撰字鏡』が文献上の初出のようニダから、平安初期には
存在した語であることは間違いないニダ。「くじか」の語源については、
キバノロを意味する漢字「麇(麕)」の音「kιuen」と和語「しか」の
複合によって生じたという説が有力っぽいニダね。ノロにしろキバノロ
にしろ、日本には存在しない種であるからには、それを表わす語も
外来語起源の語である可能性が高いので、妥当な説であると思うニダ。
しかし、そのように考えると、実は高句麗語自体も「麇(麕)」の漢字音
に由来する語である可能性を考慮する必要も出てくるので、最悪の
場合、本語に関して日本語との関係を云々することは出来なくなる
ニダね。中々難しいものニダ。
- 255 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/10(木) 01:51:36 ID:vPO9.oBk
- 鹿は「かせぎ」とか「かじか」とかの訓もありましたよね?
「かせぎ」は和歌とかで使われる雅語でもあるようなので
一応、平安時代でも純粋な和語(それも古語)
と認識されていたんじゃないでしょうか?
- 256 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/10(木) 02:09:55 ID:9QKu9eww
- >>255
私が外来語(漢語)起源と言っているのは「くじか(麇)」の「く」の部分
でして、「しか(鹿)」自体は「か(鹿)」とともに奈良時代の頃から存する
れっきとした和語です。
なお、私が>>252で「か(鹿)」のみを挙げて「しか(鹿)」を挙げなかった
のは、「しか(鹿)」の語源が雄鹿を意味する「せ(夫)+か(鹿)」の訛った
ものという説が有力だからです。
- 257 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/10(木) 18:30:14 ID:qdDbCcIA
- 鹿は「かせぎ」とか「かじか」とかの訓もありましたよね?
「かせぎ」は和歌とかで使われる雅語でもあるようなので
一応、平安時代でも純粋な和語(それも古語)
と認識されていたんじゃないでしょうか?
- 258 名前:255=257 投稿日:2007/05/10(木) 18:34:47 ID:qdDbCcIA
- アイゴー!>>256に気付かないままバックで戻ってたら二重投稿になってしまったニダ
- 259 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 14:49:28 ID:syWrrgV.
- まだまとめ切れていませんが、そろそろ>>245-249の続きを書かないと見捨てられそうなので、
せめて資料だけでも提示しておきたいと思います。
A王、夫人、子、正(世)〜、中〜、小〜
A 百濟本記云、高麗、以正月丙午、立中夫人子爲王。年八歳。狛王有三夫人。正夫人無子。
中夫人生世子。其舅氏麁群也。小夫人生子。其舅氏細群也。及狛王疾篤、細群・麁群、
各欲立其夫人之子。故細群死者、二千餘人也。 (巻一九・欽明七年条)
『日本書紀』欽明七年(>>245の翌年)に引用された百済本記の一節です。>>245の高句麗
大乱の件がより詳しく記されています。既に>>62や>>142-151で指摘済みですが、随所に
高句麗語らしき語が登場します。なお、「夫人」については、
B 母夫人(巻二七・天智七年一〇月条)
のように、天智七年条にも見えますので、欽明七年の分をA、天智七年の分をBとして当該
箇所をそれぞれ指摘することにしました。私の手持ちの資料では、Aについては兼右本、
北野本、『釈日本紀』で、Bについては前記の写本に加えて穂久邇文庫本でも参照可能です。
- 260 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 15:20:16 ID:syWrrgV.
- ◎北野本
ではまず古いもの優先ということで、北野本から。Aの記述のある巻一九は南北朝頃の写本
でスレ主は写真で確認済み。Bの巻二七は平安末期の写で、スレ主は影印その他では確認
を取れていませんが、幸い『新訂増補国史大系』に北野本の訓として引用されておりますので、
とりあえずそれで内容を知ることが出来ました。なお、傍訓の「+」は片仮名の踊り字「ヽ」を表わ
します。
A アル フミニ ク ヲ ノ
百ー濟 本ー記 云 高ー麗 以 正ー月 丙ー午 立 中 夫ー人 子 為 王 年 八ー歳
二 一 二 一 V
コマノ ノ ノ ノ
キ百 王 有 三 夫ー人 正 夫ー人 無 子 中 夫ー人 生 世ー子 其 舅 氏 麁 羣
二 V 二 一
イ无 ノ ノ
也 小 辛 夫ー人 生 子 其 舅 氏 細ー羣 也 及 キ百 王 疾ー篤 細ー羣 麁ー羣
V
ノ
各 欲 立 其 夫ー人 之 子 故 細ー羣 死ー者 二ー千ー餘 人 也
V 二 一
B イロハノヲリク+
母 夫 人
このうち、Bの「イロハ(母)」は生母の意の上代日本語ですが、「ヲリクヽ(夫人)」は平安末期の
用例ということで極めて重要なものと言ってよいでしょう。一方、Aは訓がほとんどないため、一見
高句麗語資料としては何の役にも立たないように見えますが、ところがどっこい、ここにも極めて
貴重な情報が隠れております。本文の3行目の「小辛夫人」の箇所に注目してください。この箇所、
他の多くの写本では「小夫人」となっておりまして、北野本でも「辛」の右傍に「イ无」(異本には本文
に「辛」の字がないという意味)と注記されております。実際この箇所は正夫人、中夫人と来て序列
3位の夫人の意ですから、「小夫人」の方が明らかに勝ります。そこで、旧大系でも新全集でも、
この箇所の本文として「小夫人」を採用し、北野本の「小辛夫人」は排しているわけですが、では
なぜ北野本の本文に「辛」という文字が存在するのかが問題となります。結論から先に言えば、
この「辛」はもともと「小」の箇所に記されていた傍訓であって、北野本の祖本の段階で本文に衍入
したのではないかとにらんでおります。スレ主がなぜそう考えるに至ったかは『釈日本紀』の当該
箇所を見ればわかります。
- 261 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 15:47:10 ID:syWrrgV.
- では説明の都合上『釈日本紀』を先に示しましょう。
◎釈日本紀(13世紀末成立)
A コクソリ
注 コマ モチ ム ツキノヒノヘムマノ日ヲ タテ+ クノ ヲリク+ノヨモヲ ス オリコケ トシ ヤツ
○高 麗 以 正 月 丙 午 立 中 夫 人 子 為 王 年 八 歳
二 一 二 一 V
コクヲリコケ アリキ 刀タリノヲリク+ マカリ オリク+ハ ナシヨモ クノ ヲリク+ ウメリ マカリヨモヲ ソノ シウトハ ソ クム
狛 王 有 三 夫 人 正 夫 人 無 子 中 夫 人 生 世 子 其 舅 氏 麁 群
キ百 二 一 V 二 一
音信
ナリ シム ヲリク+ ウメリ ヨモヲ ソノ シウトハ 匕イクム ナリ オヨムテ コクヲリコケノ ヤマヒスルニ
也 小 夫ー人 生 子 其 舅 氏 細 群 也 及 キ百 王 疾 篤 細 群 麁 群
六隻 V 二 一
ヲノ++ ス テムト ソノ ヲリク+ノ ヨモヲ シヌルモノ
各 欲 立 其 夫 人 之 子 故 細 群 死 者 二 千 餘 人 也
V 二 一 フタヒ+アマリ
B イロハノヲリク+
母 夫 人
大量の高句麗語らしき語が見えますが、まず>>260の件を先に片付けます。同書に引用され
ている『日本書紀』の本文を見ますと、当該箇所は「小夫人」となっておりますが、その傍訓が
重要です。見ての通り、「シムヲリクヽ」と付訓されており、更に「シム」の右傍には「音信」という
注記まであります。もうおわかりでしょう。北野本の「辛」も『釈日本紀』の「シム」「信」も、文字
こそ違え同内容であることを。「辛」も「信」も日本漢字音は「sin」ですし、片仮名表記の「シム」
の方も、平安末期には漢字音の唇内鼻音mと舌内鼻音nの区別はもう失われていたので、
「ム」と書かれていても-mを表わしていたとは言えませんから、こちらも「sin」という音を表わし
ていたと見ることが出来ます。以上から、スレ主は「小夫人」の「小」に相当する高句麗語として
「sin」を再構することが出来ると考えます。おそらく「信」や「辛」は、古代日本語においてはまだ
撥音が音韻として定着しておらず仮名では書きづらかったため、「信」「辛」のような舌内鼻音n
を含む漢字で代用(=類音表記)したものでしょう。片仮名訓「シム」は撥音の表記法の定着に
伴い平安後期以降に片仮名で表記し直されたものと推測されます。
- 262 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 15:58:51 ID:syWrrgV.
- そういう意味では、旧大系が「小夫人」に対して「シソオリクヽ」という訓を
与えた(>>142-143参照)のは、明らかに誤った処置であると言えます。
思うに旧大系の編者(おそらく大野晋)は、欽明紀二年四月条の「中佐平」
の「中」に対する古訓「シソ」と結び付けるために、『釈日本紀』の古訓「シム」
は「シソ→シン→シム」という誤写によって成立したものと推定したのでは
ないでしょうか。しかし、そもそも「シソ(中)」は百済語であると考えられます
し、意味の上からも「小」とは大きく異なっておりますから、どう考えてもこの
処置はやり過ぎでしょう。大野晋は反省汁!
- 263 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 16:00:21 ID:syWrrgV.
- 今日のところはとりあえずここまでということで。ではでは♪
- 264 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/13(日) 05:00:48 ID:7Eo.GnmQ
- 倍達って国があったんですか?出典はなんでしょう?
倍達国の「達」って高句麗語の「山」でしたっけ? 「倍」ってのはなんでしょうか?
- 265 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/13(日) 11:26:39 ID:gWlmpCrk
- >>264
>倍達って国があったんですか?出典はなんでしょう?
私も詳しくは知りませんが、『揆園史話』(1675年成立?)が初出ということで
いいのかな? 少なくとも『三国遺事』には出てこないようです。
>倍達国の「達」って高句麗語の「山」でしたっけ? 「倍」ってのはなんでしょうか?
「達」は高句麗語では「山」または「高い」という意味で問題ありません(>>194)。
「倍」は…う〜ん、何でしょうね。李朝時代の発音は「pΛi-tal」ですが、高句麗語
の既知語彙で檀君神話とこじつけられそうなものは思いつきません。語形の上で
一番近いのはA-073「pai(巌)」ですので、それとこじつけるなら「岩山」ということ
になりますが、これじゃ檀君神話とは何の関係もないですよね。
ちなみに、ぐぐってみると、『揆園史話』に「東語謂檀曰朴達、或曰白達」という
一節があり、「倍達」を「朴達」とも「白達」とも言ったようですが、私は『揆園史話』
なんぞ読んだこともないですし、本当にそういう一節があるのかどうかわかりません。
「朴達」なら「pak-tal」、「白達」なら「pΛik-tal」ですが、こちらだとA-075「paik(会う)」
とこじつけて「(神と)会う山」の意であるとデムパを飛ばすことが出来そうです(w
そう言えば、中期朝鮮語に「pΛi(船)」というのがありますな。これとこじつけて、
「倍達」を「船の山」の意とすることも一応可能ではあります。船と山と神話…。
以上のキーワードでまず想起されるのは旧約聖書のノアの方舟神話ですね。
そう、エホヴァが起こした大洪水の後、ノアの方舟が最初に辿り着いたとされる
アララト山こそ、実はこの「倍達」のことだったんだよ!
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/14(月) 11:17:49 ID:7j0Izabo
- 先生、調子よく飛ばしてますねw
ところで揆園史話って近代の創作じゃないんですか?
倍達って単語はかなり有名だしもう少し昔からある書物が出典かと思ってました。
檀君神話が作られた頃の人に高句麗語の知識があったとも思えないので…
「東語謂檀曰朴達或曰白達」は「檀」を昔の朝鮮語で「朴達」「白達」という、の意ですね。
この場合の檀って文字通り植物の檀のことか、檀国(?)とかの国名のつもりなのかも
ちょっとこれだけだと判然としませんね。
- 267 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/14(月) 14:08:07 ID:3fIY//DA
- >>266
>ところで揆園史話って近代の創作じゃないんですか?
ん〜。ウリも最近までは『桓檀古記』同様にただの偽書だと思っていたニダが、
http://ko.wikipedia.org/wiki/%EA%B7%9C%EC%9B%90%EC%82%AC%ED%99%94
によれば、原本か、または原本成立の時期とされる1675年に近い時期の写本
が見つかったとかで、どうも微妙みたいニダ。まあ仮にそれが本物であったと
しても、所詮は17世紀のものニダからねぇ。内容が荒唐無稽で信ずるに足りぬ
という点では『桓檀古記』と違いはないニダ。
>「東語謂檀曰朴達或曰白達」は「檀」を昔の朝鮮語で「朴達」「白達」という、の意ですね。
>この場合の檀って文字通り植物の檀のことか、檀国(?)とかの国名のつもりなのかも
>ちょっとこれだけだと判然としませんね。
今調べてみたら、どうも植物名の方のようニダ。『李朝語辞典』に「pak-tal(檀)」
とあったニダ。また、職場にある大正9年朝鮮総督府発行『朝鮮語辞典』の国書
刊行会復刻版をひもとくと、「pak-tal」の項に「樺木科に属する「をのをれかんば」
及び之に似たる種類の称。(檀木)」とあったニダ。どうも『揆園史話』の作者・北崖子
は一連の「〜達」を「山」の意とは考えていなかったっぽいニダね。
- 268 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/14(月) 14:57:48 ID:3fIY//DA
- ウリ案ずるに、「倍達」だの「朴達」だの「白達」だのは、檀君の国の意である
「檀国」の「檀」を李朝時代の朝鮮語で「pak-tal」と訓読したものの異表記に
過ぎないのではないニカねぇ。『三国遺事』では、
魏書ニ云フ、乃往二千載、有リ/2壇君王儉/1。立テテ/2都ヲ阿斯達ニ/1
{経ニ云フ/2無葉山ト/1。亦云フ/2白岳ト/1。在リ/2白州ノ地ニ/1。或イハ云フ/v
在リト/2開城ノ東ニ/1。今ノ白岳宮是レナリ。}開キテ/v国ヲ号ス/2朝鮮ト/1。
のように、「阿斯達」と「無葉山」「白岳」が対応しており、「達=山」という関係
が成立しているので、かろうじて「阿斯達」は『三国史記』の高句麗地名に準
じて取り扱える可能性があるニダ(ウリは高麗語にわずかに残る高句麗語系
要素の一つではないかと思うニダ)が、「倍達」以下は高句麗語とは何の関係
のない語彙であると考えてよいように思うニダ。
- 269 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/15(火) 03:24:09 ID:fMx5JNA6
- カムサハムニダ、長年の胸のつかえが取れますたw
ところで「阿斯」という高句麗語系高麗語は、「無葉」または「白」の意味でしょうか?
白州とか白岳宮とかの地名は実在の地名でしょうか?
- 270 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/15(火) 11:46:04 ID:MJDF/Swk
- >>269
>ところで「阿斯」という高句麗語系高麗語は、「無葉」または「白」の意味でしょうか?
「無葉」のことはわからないニダが、「白」は高句麗語ではA-060「hΛi(白)」
なので、「阿斯」とは一致しないニダ。「白」は高麗語でも「hΛn」ニダし、李朝語
でも「hΛi」なので、「阿斯」はどうも「白」という意味ではなさそうニダ。既知の
高句麗語で解くならば、A-001「a(臨む)」とA-084「si(属格・修飾辞)」により
「阿斯達」を「(檀君が)君臨する山」と解するのが精一杯ニダね。
>白州とか白岳宮とかの地名は実在の地名でしょうか?
白州は『三国史記』巻三五に070「[句+隹]沢県ハ、本高句麗ノ刀臘県ナリ。
景徳王改名ス。今ノ白州ナリ。」とあり、黄海南道延白郡銀川面白川に比定
されているニダ。また、白岳は開城の東方にある長湍白岳(現在の白鶴山)
を指しているニダ。『三国遺事』でいうところの白州と白岳はこれでよいと思う
ニダが、「白岳」なる地名は各地にあるそうなので、檀君朝鮮を信奉する人々
の間では現在でも諸説紛々のようニダ。
- 271 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/15(火) 13:44:30 ID:MJDF/Swk
- 参考までに、金思Y『完訳三国遺事』(六興出版)の解説を挙げておくニダ。
なお、原文は音声をハングルで表記し、アルファベットを併記しているニダが、
古語でアレア等が使用されていて何かと面倒なので、ハングル表記をカットし
ていることをお断りしておくニダ。
阿斯達=「as-tal」の記写、「小山・子山」の義。阿斯達を古来「九月山」に譬え
ているのは、「as-tal」が「a-hop(九)tΛl(月)」(縮音ap-tΛl)と音が似ている
からである。阿斯は、あるいは「a-chΛm←a-cΛm←a-cΛ」(朝)、「tal」は
「山・岡」の義とも見られる。「朝岡・朝山」。
白岳=「pΛrk(明・白)moj(山)」の訓写。阿斯達と類語、ともに平壌をさす。
平壌の古名である「百牙岡」も同音の異写である。白岳宮は長端邑にある。
- 272 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/15(火) 14:14:52 ID:MJDF/Swk
- もう一つ、李丙Z『韓国古代史・上』(六興出版)第二編「西方行列の社会と
その変遷─金石併用期─」の第二章「檀君説話の解釈と阿斯達社会」から、
関係する箇所を適宜引用しておくニダ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
阿斯達位置に対する諸説
阿斯達の位置について『遺事』の註に「経云/2無葉山/1、亦云/2白岳/1、
在/2白州地/1、或云/2開城東/1、今白岳宮、是也」といっている。「経云/2
無葉山/1」はよくわからないが、それ以下の註はやはり白岳という同名の
地が各所にあるため、諸説が生まれたと思う。「白岳」はもともと「阿斯達」
と関連の深い名称で、その地名がただ単に白州(今の白川)とか開城の東
(長湍白岳=今の白鶴山)にだけあるのではない。ソウルの北岳ももとは
白岳という名称が転称された俗称に過ぎず、原名は白岳である。それで
高麗時代には一時ここを三蘇の一つである左蘇阿斯達として認められた
こともある。すなわち高麗の高宗二十一年に、ある僧が古讖の中の「自/2
扶蘇山/1、分為/2左蘇/1、曰/2阿思達/1」と述べているのに着目して、文
中の「左蘇阿思達」は昔の楊州である南京(今のソウル)の地だとみて、王
に向かいここに宮闕を造って移り住めば国祚が八百年も延長できましょう、
と申しあげた。王はその言葉に動かされて、内侍(官名)の李白全をつかわし、
御衣をたずさえていって、南京の仮闕に奉置させたのである。著者の所見
からすれば、古讖の中でいっている左蘇阿思達は開城の東にある長湍白
岳を指しているのに、この時の讖僧の解釈は、古楊州(今のソウル)である
と誤解したのである。その誤解は、きっと南京にも白岳があったから生じた
のである。いずれにせよ、この一例から阿斯達と白岳とは互いに相随して
使われていることがわかる。
阿斯達に関する一説
古朝鮮の阿斯達の位置についてもう一つの説がある。すなわち九月山説
である。阿斯達は九月山にあるという説は、『高麗史』・「地理志」(儒州条)、
「応制詩註」、『世宗実録』・「地理志」(平壌府条および文化県条)を初めと
して、その後の史書や地志には一様にそれに従っている。つまり九月山には
桓因・桓雄・檀君を奉祀する三聖堂があり、文化県の東には檀君が都を建
てたと伝えられている[疒土][疒土]坪(蔵唐京の訛伝)がある、と述べられて
いるのに依拠したものである。檀君が最初に都を建てたという阿斯達は、前
に述べたとおり平壌付近の白岳山阿斯達である。もし阿斯達を九月山、ある
いはその付近に求めるならば、そこはその下にいわゆる箕子の東来のため
に移ったという蔵東京([疒土][疒土]坪)との距離があまりにも近く──近いと
いうよりは同一場所になって──これは自家矛盾する結果になる。
- 273 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/15(火) 14:52:37 ID:MJDF/Swk
- 九月山はもと闕山
一説に阿斯は九(アホプ、a-hop)の訓であり、達は月(タル、tal)の
訓に似ているから、阿斯達すなわち九月山だとする説もあるが、これ
はなおさら首肯しかねない(引用者注、ママ。「首肯しかねる」の誤りで
あろう)。なぜなら九月山のもとの名は闕山だったからである。文化県
の高句麗時代の名称も闕口であって、「九月」は「闕」の字の延長音
(クウォル、ku-w∂l)にすぎない。「九月」が「闕」に由来していること
がわかれば、阿斯達と九月山とを言語学的に比較する方法は取らない
はずである。
- 274 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/15(火) 14:52:52 ID:MJDF/Swk
- 阿斯達の語義
「阿斯達」とは何を意味する語であろうか。これを解釈するには、この
語とつねにくっついて使われる(相随語の)、「白岳」の語義と、それに
『遺事』の「立/2都阿斯達/1、開/v国号/2朝鮮/1」と述べた中の「朝鮮」
との関連性を明らかにすることによって、有効な結論がえられるものと
思う。白岳は、よくいわれているように、白山・朴山と同様、バク(バルク)
(pΛk、pΛlk)山・バルクメ(pΛlk-moj)・バルクタル(pΛlk-tΛl)の
訓借字であり、語義は「光明な山」、「陽明な山」、すなわち「明るい山」
という意味の語である。すると阿斯達もそれと類似した意味の語とみけ
れば(引用者注、ママ。「みなければ」の誤り)ならない。まして阿斯達と
朝鮮との関連性をあわせ考えれば、おのずと解けてくる。韓国の古代
国家の国号は、たいがいその中心となる部落名、都市名がそのまま
国号となっているのもそのためである。このような例は韓国だけでなく、
古代ギリシアの都市国家はもちろん、バビロニアやローマのような大帝
国の国号も、もとは都市名から起こっているのは周知の事実である。
「阿斯達」と「朝鮮」
「阿斯達」と「朝鮮」とは、ただ単に地域的一致だけではなく、名称の上
からも何らかの関連性があることをみのがしてはならない。いわば阿斯
達と朝鮮とはお互いに同意語であり、後者は前者の雅訳であることを前
提として解釈すべきである。「朝鮮」については従来、字面によって「早明」、
あるいは「東表日出之地」の意があるとして解釈されてきた。これは結論
においては著者の愚見と大差がないのみならず、かえって愚見の結論を
有利にしてくれる説だと思う。そこで著者は「阿斯」を「朝鮮」が表示する
漢字の義と同じく解釈して、現代語の「アチム」(a-chim)(朝)、それより
古い語の「アチャム」(a-chΛm)、方言の「アジク」(a-cik)・「アジョク」(a-
c∂k)〔これらはみな「アジャク」(a-cΛk)から変化したもののようである〕
などの古形とみたい。またこの語は同じウラル・アルタイ語に属する日本
語の「アサ」(朝)・「アス」(翌)・「アシタ」(朝・翌)などの語をも連想せざるを
えない。この語の音韻変化をさぐってみると、
アサ(a-sa)→アジャク(a-cΛk)→アジク(a-cik)→アチャム(a-chΛm)
→アチム(a-chim)
のように変動している。「s」・「c」・「ch」など舌歯音は言語学上、互転する
融通音(対応音)である。そうすると「阿斯」はまさしく「朝」・「朝光」・「朝陽」
・「朝鮮」の義を表わすことがわかり、「達」は元来、「山岳」の意をもつ語で
あるが、「谷地」とか「地」の義にも使われている。例えば「陽タル」(jΛη-
tΛl)(ヤンジチョク、jag-ci-c'ok)(引用者注、ママ。正しくは「jaη-ci-c'ok」
か)・「陰タル」(i¨m-tΛl)(ウムジチョク、i¨m-ci-c'ok)・「ビッタル」(pis-tΛl
傾斜地)などの「タル」がそれである。以上をかいつまんでいえば、阿斯達は、
朝山・朝光の地・陽地・陽岡・陽原・陽谷の意となると同時に、前で述べた
白岳(パルクメ)ともあい通じる語であることがわかる。(以下略)
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/15(火) 17:55:31 ID:2/P4yHdE
- >ノアの方舟が最初に辿り着いたとされるアララト山こそ、実はこの「倍達」のことだったんだよ!
ふしぎな男が山の上からよぶ声がきこえてきそうな話ですね
- 276 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/19(土) 02:01:21 ID:C49jgWo6
- おぉ!長文の引用かむさはむにだ
ところで「朝鮮=阿斯達」説は娜々志娑无先生だったかどなだったかが
否定していませんでしたっけ?(記憶違いかな)
- 277 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/21(月) 03:01:18 ID:2MjeoV0c
- そうか…。
倍達の倍は「白」の音写で、達は「岳」の高句麗語で
「倍達=白岳」かなと思ったんですが
どうも好意的に深読みしすぎてたようですねw
- 278 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/21(月) 17:56:28 ID:j1KA4FQM
- >>276
ん〜。私も記憶が定かではないのですが、確かさん君のスレで、
彼が古朝鮮を指す固有語の国名として「阿斯達」を挙げたのに
対して、「阿斯達」が国名であるという証拠がないと切って捨てた
記憶がそこはかとなくあります。そのことでしょうか。
- 279 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/28(月) 16:22:05 ID:atvsow2g
- すっかり時間が経ってしまいましたが、>>259-262の続きです。
まずは資料ということで、前回示さなかった兼右本と穂久邇文庫本のデータを示しておきます。
なお、兼右本にはヲコト点も付されていますが、表記しづらいこともあり、省略しました。
◎兼右本(1540年写)
A クノ ヲリク+ トモ ヲリコケ トシ ヤツ
百 済 本 記 云 高 麗 以 正 月 丙 午 立 中 夫ー人 子 為 王 年 八ー歳
二 ムツキノ 一 二 ヨモ一 V
コク オリコケ ヲリク+ マカリ オリク+ トモ ク マカリヨモ ノ シウト ソ クン
狛 王 有 三 夫 人 正 夫ー人 無 子 中 夫ー人 生 世ー子 其 舅ー氏 麁ー群
コクコノオリコケ 二 V 二 一
コウ オリク+ コトモヲ ヤマイスル
也 小 夫ー人 生 子 其 舅ー氏 細ー群 也 及 狛 王 疾ー篤 細 群 麁 群
六隻 V 二
各 欲 立 其 夫 人 之 子 故 細 群 死 者 二 千 餘 人 也
V 二 一
Bイロハ オリク+
母 夫ー人
◎穂久邇文庫本(1500年前後写)
B ヲリクシ
母 夫ー人
- 280 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/28(月) 16:25:35 ID:atvsow2g
- 前回は「小夫人」の「小」の意の高句麗語らしき語として「sin(小)」を再構しましたが、
それ以外にも高句麗語らしき語はいくつか見えます。やりやすいものから順々に片付
けることにしましょう。まずは「中夫人」の「中」の訓として出てくる「ク」ですが、こちらは
A-034「kol〜kul〜kweru(黄〜中央)」と関係付けることが可能です。A-034は語形と
意味が確定しておりませんが、書紀古訓を用例として加えることにより、語形としては
「kol」や「k∂mul」よりも「kul〜kweru」が、意味としては「yellow」よりも「center」の方
が正しいという可能性が高まったと言えるでしょう。「中夫人」とはまさに正夫人と小夫人
の間に挟まれた真ん中の夫人という意味だったわけです。
次に、「子」を意味する語として「ヨモ」なる語が見えます。白鳥庫吉は「トモ」としていま
す(>>146)が、これは彼が依拠した『日本書紀』のテキストに問題があったための誤認で
あって、正しい語形が「ヨモ」であることは既に>>151で述べた通りです。しかしながら、
「ヨモ(子)」に相当する高句麗語の既知語彙は知られておりませんし、今のところは日本
語・朝鮮語等、周辺言語にもそれに対応する語を見出すことは出来ていません。日本語
の親族語彙の中から語形の近いものを強いて挙げるなら、せいぜい「イモ(妹)」「ヨメ(嫁)」
「ヤヤ(嬰児)」くらいですが、無理っぽいですね。方言で探すと「ヨモ(猿)」なんて語もあり
ますが、赤子の顔が猿に似ていることから猿の意に転じたとでもしないことには、こちらも
無理そうです。現状ではお手上げですね。
- 281 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/28(月) 16:29:04 ID:atvsow2g
- 続いて「正夫人」「世子」の一部として出てくる「マカリ」という語について。
本語については、岩波の旧大系『日本書紀』に大野晋執筆と思しき解説が
あり、李朝語の「mΛt-har」の音写ではないかという推定がなされています。
『李朝語辞典』を見ますと、確かに兄や姉等目上の親族を指す語に冠する
「mΛt」という語が見え、李朝語「mΛt」が親族の序列で上の者を意味する
語であることは窺えます。ただわからないのは「har」でして、スレ主の探し方
が悪いのかも知れませんが、『李朝語辞典』にはそれらしいものは見当たり
ません。文法成分なのかとも思いましたが、李朝語の属格は「-Λi/щi」「-s」
(李基文『韓国語の歴史』による)のようですから該当しないようです。この辺
は朝鮮語にお詳しい人にお教え願いたいところですね。一方、日本語から
対応する語を見つけるのは難しそうです。せいぜい「マ(真)」くらいですかね。
ところで、今気が付いたのですが、もしこれが「har」ではなくて「hΛr」なら、
『李朝語辞典』に見える「hΛl(一日)」と対応させることが出来るのではない
でしょうか。仮にですよ、複合語の一部となった「hΛl」に「一番目」という意味
が認められるのであれば、「mΛt-hΛl」は「一番上の」という意味になります
から、高句麗語?「マカリ」は李朝語で説明がつくということになります。しかし、
それよりも重要なのは、本語の解釈次第で高句麗語の数詞「一」を明らかに
出来るかもしれないということです。何せ高句麗語の数詞は三・五・七・十以外
のものは知られておりませんから、もしこの解釈が成り立つのであれば、一に
ついては高句麗語が新羅語〜朝鮮語の数詞と対応し、日本語とは対応しない
ということになり、私も大幅に高句麗語についての考えを改めなくてはならなく
なってしまうわけですが、どうなんでしょうねぇ。
何か恐ろしい考えになってしまった(><;)ので、王を意味する「オリコケ」と
王妃を意味する「オリクク(オリクシ)」については次回に回します。
- 282 名前:名無しさん 投稿日:2007/06/11(月) 00:33:28 ID:OSvJ9NzU
- Beckwith の Koguryo: The Language of Japan's Continental Relatives を
読みました。恥ずかしながら Beckwith の論考は、これまで板橋論文の孫引き
でしか知りませんでした。今回直接読んでみて、素人目には説得力が板橋論文
とは段違いと感じました。Beckwith はチベット語を深くやっている人らしく、
そっちの方への言及がちょくちょくあるのですが、そのためか、漢字音の再構
に気をつけているようです。今まで読んできたものとはかなり違うことが書い
てあって刺激的です。Koguryo と Korean の genetic な関係は全否定してい
ます。ちなみに undoubtedly が口癖のようです(w
特に興味深いのは、Archaic Northeastern Middle Chinese と Beckwith が呼
ぶところの、旧郡県で使われていた古い特徴を残す漢語についての論考。それ
と、日本語がチベット・ビルマ語と接触していた証拠として、上古音からの借
用を挙げているくだりです。。墨の「スミ」は上古音の *sumey からの借用で、
「墨」の中期上古音? (Middle Old Chinese) は *sumek なんて言われても、
にわかに信じがたいものです。上古音の話題はカオスだろうと避けていたので
すが、日本語や印欧語との借用関係が探れるとなれば話は別です。
何だかとりとめのない話になってしまいましたが、とにかく娜々志先生にも一
読をおすすめします。
- 283 名前:名無しさん 投稿日:2007/06/11(月) 00:42:52 ID:OSvJ9NzU
- ちなみに、>>281のマカリについては Beckwith が答えを与えています。
p.129
OKog *makri [莫離] 〜 makari 'true, correct, rightful (正)' (Ko^no
1987:89) < AKog *makri(p) [麻立]. The first syllable corresponds to,
and appears to be cognate to, OJpn *ma [麻] 'true, genuine (真)' (JDB
663).
pp.46-47, 124-125 にも同様の記述があります。日本語資料については、河野
六郎の「百済語の二重語性」という論文で既に言及されているそうです。
莫離というのは「莫離支」の一部で、「莫離支」は淵蓋蘇文が名乗った称号で
す。Beckwith はこれを *makrikey とし、*makri 〜 *makari (正) + *key
(王)、「真の王」、「実際の支配者」、つまり摂政を意味するとしています。
麻立は「麻立干」の一部で、初期の新羅王の称号として知られているものです
が、高句麗の属国だったときに与えられた高句麗語だろうとしています。
そうすると、マカリは「正夫人」にぴったりだし、「世子」の意味にもあいま
す。
- 284 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/06/11(月) 16:17:23 ID:syWrrgV.
- ここんとこ忙しかったのと、>>279-281について、特に朝鮮語に
お詳しい方々のご意見を頂戴したかったのとで、しばらく書き込み
を控えておりましたが、ようやく反応が\(≧▽≦)/。
>>282-283
むう、Beckwithの論文にそんな記述がありましたか。やっぱり
Beckwithの論文は読んでおかないといけないみたいですねぇ。
英語の論文だし、いちいち取り寄せるのが面倒ということもあり
まして、ついつい敬遠していたのですが(苦藁)。マカリについて
はその説明で十分納得が行きます。それにしても、>>281で私は
日本語の中ではマ(真)くらいしか結び付けられそうな語はないと
書きましたが、Beckwithも同じように考えていたとは…。これは
一応喜んでいいんでしょうかね。
>墨の「スミ」は上古音の *sumey からの借用
う〜ん。それは確かに信じ難いですねぇ。日本語のスミ(墨)は
スミ(炭)と同源で、上代語の動詞スス(煤)や名詞スス(煤)と語源
を同じくするとみるのが自然です。このことはアクセント面からも
首肯されますしね。
- 285 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/06/12(火) 12:50:07 ID:.wDJ5nIg
- 上古音として考えると、「墨」と「黒」は子音に大きな隔たりがあるものの、それ以外の部分が共通し、
また意味も通じるところのある語なので、再構形もそれを考慮した形にされることが多いです。
「墨」が中古音とほぼ同じ *m∂k なのに対し、「黒」の方は子音を *mh-(mの無声音)あるいは *sm- と
特殊な子音、または2重子音を設定することが多いです(「黒」の全体の語形は *mh∂k または *sm∂k)。
後者であれば、Beckwith の「墨」に対する設定語形 *sumey に少し似ていますが、*sm∂k はあくまでも
「墨」から派生した「黒」に対する設定語形であり、それが他言語の「墨」の語源になっているというのは、
なんとなく論理がねじれているような気がします。
それとも * su- の部分は別な字なのでしょうか?
>>284
スミがススと同語源だとすると、中期朝鮮語の susk(炭)と比較できないかなぁ、と妄想しちゃいます。
- 286 名前:名無しさん 投稿日:2007/06/17(日) 21:27:18 ID:2QzpStMs
- >>284-285
ありがとうございます。
Beckwithの日本語の知識が怪しいのではないかという批判はこちらにもありま
す。
ttp://koreaweb.ws/pipermail/koreanstudies_koreaweb.ws/2005-May/004789.html
それはともかく、古い中国語からの借用といえば、ウマとウメぐらいだと思っ
ていたので、「海」「熊」や他の語も検討していることが、それが正しいかは
別として、私にとって新鮮でした。
面白いと思った説は他にもいろいろあるのですが、もう一つ挙げるとするなら、
「任那」でしょうか。Beckwithは次のような主張をしています。(pp.94-95)
「任」字の声母は m- だが、後続の î のために口蓋化して n- と合流して現
代語の r になっている。従って、「任那」は
*źimna < *nyimna < *mîmna
となり、日本語の「みまな」は半島で話されていた保守的な方言を写したもの
である。
- 287 名前:256 投稿日:2007/06/17(日) 23:02:12 ID:xoY3ATQA
- >>286
「みまな」という読みが「任」の古音を反映しているという話は、
プリーブランクも言っています。ただし声母が現在のように変化し
た理由は口蓋化ではなく、韻尾の「-m」に対して異化が起きたため
だとしています。
「凭」(ヒョウ、説文では会意とする)が「任」を声符とする可能
性についても指摘しています。
私自身は「みまな」は日本語内で「に」が「み」に変わったもの
と考えたほうがいいと思いますが。
- 288 名前:名無しさん 投稿日:2007/07/18(水) 19:43:29 ID:VUwzVfbg
- ウィキペディアの「高句麗」のノートで若干論争が起こってるようです
- 289 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/09/27(木) 22:15:46 ID:5lp0GIaY
- 二二二二l ∧∧ 引っ越し!引っ越し!さっさと引っ越し!いつまで待たせるニカ!?
| | /中 \ ∧南∧ ∧北∧
| | (`ハ´ )つ─◎ <`Д´ >つ─◎ <`Д´ >つ─◎
| | /´ ̄し' ̄し' \ /// /´ ̄し' ̄し' \ ///. /´ ̄し' ̄し' \ ///
 ̄ ̄| 、_人_ / 彡 ◎  ̄ | 、_人_ / 彡 ◎ ̄ ̄ ̄| 、_人_ / 彡 ◎ ̄
| _) ◎彡| | バン | _) ◎彡.| | バン | _) ◎彡.| | パン
| ´`Y´ | | バン | ´`Y´ .| | バン | #`Y´ .| | パン
t______t,,ノ t_______t,ノ t_____#t,ノ
_______________________________
(もう少し待ってね・・・・)
___ 。oO
∧■iii
(;ω;` )
O旦⊂ )
(_(_⊃
- 290 名前:の 投稿日:2007/10/11(木) 01:25:19 ID:WSSojWjg
- マタ〜リ汁!
- 291 名前:名無しさん 投稿日:2007/10/14(日) 00:11:30 ID:8tQRGz.g
- 同胞清水がまた寝言を言っているようニダ。
【日韓】 高句麗は東アジアの‘地中海帝国’〜日本は古代高句麗領土だった[10/16]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1192198334/
1 蚯蚓φ ★ [] 2007/10/12(金) 23:12:14 ID:??? - NEW!! -
言語学的に周辺国に大きな影響力… 宗教・農耕分野の単語が伝播の証拠
<京郷新聞>高句麗帝国と日本列島は東海を地中海して一つの言語圏を成したように見える。
(中略=ローマの文化が周辺に伝わる様子を言語学的に説明)
日本列島は古代高句麗領土
このようにローマ帝国の文化内容を表現する単語がたびたび世界の遠い辺方に借用された。韓国人の
起源を捜す踏査ツアーが終わる頃、私の目に古朝鮮(Ancient Korea)と高句麗の支配領域はローマ帝国
のそれと、より一層そっくりに見えた。私たちはすでに踏査の前に古代日本語が高句麗語とまったく
同じだ、という事実を確認したので、これはさらに真実であるように見えた。
このため、私たちはBC400年あたりかそれよりもっと早く、日本列島が古代高句麗領土だったと言って
も構わないだろう。もしそうだったら、ローマ帝国が地中海の北方と南方へ領土を確張して行ったの
と同じく、またイ・ヒョング教授も提示しているように、私たちは大陸高句麗(continental Koguryo)
と列島高句麗(insular Koguryo)の間にある東海を高句麗の東地中海(East Mediterranean Sea)、そし
て大陸高句麗の西南方にある渤海のみを高句麗の西地中海(West Mediterranean Sea)、あるいは古朝
鮮の地中海(Mediterranean Sea)と呼ぶことができるだろう。
それで、今回の踏査の結果、私たちは古代ローマがヨーロッパの地中海帝国だったのと同じく、高句
麗が東アジアの地中海帝国だったと見るようになった。高句麗の影響力は当時、古代韓国人たちが周
辺の満株-ツングース族より、もっと発展していた多くの分野の中の一つの宗教と農耕分野にも存在し
ていた。この高句麗帝国から借用して来た一番明白な単語は、仏教の核心単語だ。すなわち‘仏puch-
(Bud dha)’と‘お寺(チョル)<チュルcr<tir(Buddhist temple)’だ。仏の列島高句麗語(すなわち
古代日本語)形態は韓国語接尾辞*-kiが-keに変わった‘ほとけhot-o-ke’だ。大陸では古代女真語(Ol
d Jurchen)形態が*puc-i-kiと記録されているし、これは後に満洲語でfuc-i-hiに変わた。したがって
韓国語接尾辞*-kiが-ki(訳注:keの間違いか)と-hiの形態で残るようになったのだ。
- 292 名前:名無しさん 投稿日:2007/10/14(日) 00:11:39 ID:8tQRGz.g
- ハワイ大学のアレクサンダー・ボビン(Alexander Vovin)教授は次のように使っている。「仏教はAD53
8〜552年の間に日本に伝わった。私たちはAD926年、渤海が滅亡する前に、すでに仏教が女真族領土に
存在していたことが分かっている。仏教が高句麗と渤海、両国で盛んだったから、一部の古代韓国語
語源は、さらにもっともらしく見える。」ローマ帝国でキリスト教が広がって行ったのと同じく、大
陸と列島の高句麗領土に韓国人僧侶たちによって仏教がすべての高句麗帝国に広がって行ったのだ。
農業分野では3個の明らかな借用語がある。一番目は‘根ppur-i’だ。中期韓国語‘ブルフィpur-hu
i’は満洲語ful-eheに捜すことができるし、この満洲語は古代韓国語‘*pul-eke(root)’から来たの
だ。二番目は‘根菜mu-u’だ。中期韓国語‘大根muzu(radish)’は女真語‘niaju-z-)’よりはむしろ
古朝鮮語形態である*bur-を保存しているのだ。三番目は‘味噌麹micu(soybeanmalt)’だ。満洲語形
態は同じ意味を持ったmisu-nで、日本語形態は‘味噌mis-o(soybeanpaste)’だ。これは日本人僧侶、
吉田兼好(1317〜1331)が書いた随筆「徒然草」に最初に記録されている。
満洲語と日本語形態は現代韓国語形態より初中期韓国語形態である‘密祖*mico’にもっと近い。大陸
の高句麗人たちは東海(日本海)を渡って日本に米栽培弥生文化を伝達した。韓国人たちはこんな伝
統を今はロシアの極東で実践している。
清水紀佳(シミズ・キヨシ)順天郷大招聘教授、極東大兼任教授・言語学
ソース:京郷新聞ニュースメイカー745号(韓国語)高句麗は東アジア‘地中海帝国’
http://newsmaker.khan.co.kr/khnm.html?mode=view&code=115&artid=15671
- 293 名前:名無しさん 投稿日:2007/10/16(火) 17:20:48 ID:57Bz/sv6
- 高句麗の言葉が 2
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1192454696/
- 294 名前:名無しさん 投稿日:2008/02/10(日) 18:59:51 ID:fjxrnNKU
- 高句麗語合戦スレが開けなくなってるニダぁ!
- 295 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2008/02/11(月) 01:27:04 ID:gF90HIGs
- >>294
え? 開けるニダが?
高句麗語合戦 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.banner4every1.com/cgi-bin/test/read.cgi/exkorea/1055576517/
高句麗語合戦2 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.banner4every1.com/cgi-bin/test/read.cgi/exkorea/1071550720/
- 296 名前:名無しさん 投稿日:2008/02/11(月) 13:58:35 ID:WSSojWjg
- う、ウリの携帯だと、
“このスレッド大きすぎます。”
って出るニダ (T_T)
- 297 名前:デッドテック ★ 投稿日:2008/02/11(月) 14:45:45 ID:???
- >>296
実験途中で放り出したブツを使って携帯向けに変換させれば見れると思いますので。。。。。
試みてみます。。。。。。
高句麗語合戦 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.soutokufu.com/m/pc2m.php?_ucb_v=0&_ucb_l=0&_ucb_k=0&_ucb_u=http://www.banner4every1.com/cgi-bin/test/read.cgi/exkorea/1055576517/
高句麗語合戦2 〜あれは韓国これは日本〜
http://www.soutokufu.com/m/pc2m.php?_ucb_v=0&_ucb_l=0&_ucb_k=0&_ucb_u=http://www.banner4every1.com/cgi-bin/test/read.cgi/exkorea/1071550720/
完動するかどうか分かりませんが。。。。
テキストのみでの携帯向けに変換設定でURLを抽出してみました。。。。。。。
自分の携帯では動作確認できましたが。。。。。。
サイズが多すぎた場合は、上部の文字数を変えて試みてください。。。。。
- 298 名前:の 投稿日:2008/02/11(月) 21:38:05 ID:bVqQdHsI
- ご苦労さまでスミダ。
上に張られてる過去スレは、確かに見れまスミダ。
でも、現スレの高句麗語合戦3は視れませんでスミダ。
やぱり、そんなのウリだけニカ? (T_T)
- 299 名前:デッドテック ★ 投稿日:2008/02/11(月) 22:46:31 ID:???
- >>298
こちらを試してください。。。。。。。。。。。
http://www.soutokufu.com/m/pc2m.php?_ucb_v=0&_ucb_l=0&_ucb_k=0&_ucb_u=http://www.soutokufu.com/cgi-bin/hogehoge/test/read.cgi/hangul/1174302392/
- 300 名前:Woo 投稿日:2008/02/12(火) 00:57:25 ID:W7gVuWtc
- すんませんでスミダ。
携帯で開けないのわ 「大道芸言語クマー」 スレでスミダ。
なじぇか、頭の中でタイトルが逆になってたニダ。
ふんで、PCなら開けるのは、いま確認しましたニダ。
謝罪はしますが賠償はおとこわりしまスミダ。
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