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高句麗語合戦3 〜あれは韓国これは日本〜
- 146 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/03(火) 19:46:12 ID:pBWtA46E
- 白鳥庫吉「『日本書紀』に見えたる韓語の解釈」(1897年4〜7月、『史学雑誌』8-4〜7)
※『白鳥庫吉全集・3』(1970年3月、岩波書店)に再録されたものから関係部分のみ引用
オラカ オリク ハシカシ エハシ トモ
王 妃 夫人 女郎 子
『書紀』巻一九欽明七年の処に引ける「百済本記」に
クノオリケノトモ オリコケ ヲリクク トモ マカリトモ
立/2中夫人 子/1為/v王 、年八歳、狛王有/2三夫人/1、正夫人無/v子、中夫人生/2世子/1。
とあり。『通証』巻二四に
中音苦、夫人崇峻紀訓/2於利久/1。
とあり、百済語王をオラカともアリコケとも云ひ、夫人をオリクと云ひ、子をトモと云ひしなり。
『周書』巻四九百済伝に
王姓夫余氏、号/2於羅瑕/1、民呼為/2[革建]吉支/1、夏言並王也、妻号/2於陸/1、夏言妃也。
とあり。於羅瑕は『書紀』のオリコケに当り、於陸は『書紀』のオリクに当る。土耳其語大をgengとも
boukとも又ourgou,ulu,ulug,ulkanとも云ふ。思ふにオラカのオラは上のuluにて大の義、カ
は任那の旱岐の岐、扶余高句麗の加に当る。又オリコケ(olikoke)と云ふ場合にはオリコは上の
ulug即ち大の義、ケは岐或は加に当る言なり。されば[革建]吉支と云ふも於羅瑕と云ふも、均しく
大人の義にて、其意味の上に毫末の差異なきなり。妻をオリケともオリクとも云ふは、母韻の変化
によりて、男女の性を分ちしならん。例へば満洲語父をamaと云ひ母をemeと云ふの類なり。
韓語また夫人をハシカシと云ふ。思ふにハシカシのハシは波沙寐錦の波沙、居西干の居西に当る
言にして大の義なるべし。カシは土耳其語のkatyと同音にして妻の義なり。突厥語皇后を可賀敦と
云ふ。可は可汗の可と同音にして大の義賀(カ)敦(トン)は上に記せるカチと同音なり。故に突厥の可賀
敦は韓のハシカシと同音なるやに覚ゆ。邦語皇后をキサキと云ふに連絡ありげなり。
韓語女郎をエハシと云ふ。案ずるにキルギス語及土耳其語女をkyzといひ、蒙古語okinと云ひ、
匈奴語居次といへば、韓語のエハシも此語系に属すべきものにや。今朝鮮語女をkjecip(ケーチプ)と
云ふ。匈奴の居次、キルギス・土耳其語のkyzと音声の甚だ相似たるを覚ゆ。
今朝鮮語子をatщl(アトル)と云ふ。『書紀』子をトモと訓ませたると同音なるにや。又朝鮮にて下人従僕
など貴人の児童をtorjっηnim(トリョングニム)と云ふ。nim(ニム)は前にも云へるが如く、元意は主(ヌシ)にして、
今は某(ナニ)様(サマ)といふ程の敬詞なれば、torjっη(トリョング)は児童の義なり。古語トモと音相近し。
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