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高句麗語合戦3 〜あれは韓国これは日本〜

171 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 15:59:19 ID:DioNtURA
A-077

意味:ocean(海)

漢字表記:波旦(板橋)〜波(李基・娜)

再構語形:patan(板橋)〜pa(娜)

比較(日):上代語「wata(海)」(板橋)

比較(朝):新羅「patっr(海)」(娜)
       李朝語「patah〜par∧l〜parΛ(海)」(李基・板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:△△×

原文:154「海利県ハ、本高句麗ノ波利県ナリ。(巻三五)」
    156「海曲{一ニ作ル/v西ニ}県ハ、本高句麗ノ波且県ナリ。(巻三五)」

考説:板橋は156の「波且」を「波旦」の誤記であると解して、「海」と「波旦」が対応する
    ものとしているが、156は「海曲(西)」と「波且」の対応であり、板橋のようにすると
    「曲(西)」に相当するものがないという事態に陥ってしまう。154もあわせ考えれば、
    李基文のように「海」=「波」とするのが妥当である。

172 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 16:31:55 ID:DioNtURA
A-078

意味:soybean(大豆)

漢字表記:非

再構語形:pi(娜)

比較(日):上代語「ΦisiΦo(醤)」(娜)

比較(朝):李朝語「p‘Λc‘(小豆)」(娜)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:171「大豆山城ハ、本非達忽ナリ。(巻三七)」

考説:本語は先行研究で指摘されたことが一度もないが、171を見る限り、
    対応関係は明快である。李朝語は小豆であって大豆ではないが、
    同じ豆類であり発音上も共通性が認められるので対応語として挙げた。
    なお、古代日本語「ヒシホ(醤)」は一見対応例としてふさわしくないよう
    に見えるが、「ヒシホ(醤)」は大豆に麹と塩水を加えて醸造した製品で
    ある。そこで、「ヒシホ」の「ヒ」を「大豆」と考えれば「ヒシホ」とはまさに
    「大豆+塩」ということになり、「ヒシホ(醤)」の実情とよく合う。少なくとも
    従来の語源説である「干(ひ)塩」よりは数等勝る説明であると言えよう。
    そもそも、乾いた塩など、ただの塩に過ぎないからである。よって、言語
    学の経験則「古語は複合語に残る」から、かつて大豆を意味する「ヒ」と
    いう語が日本語に存在したと推定されるので、本語の対応語としてここ
    に加えたものである。ちなみに、獣肉を塩漬けにしたものや、肉を刻んで
    塩で和えて発酵させたもの(要するに塩辛)のことも「ヒシホ」ということが
    あるが、これは正確には「シシ(肉)ビシホ」と言い、本来の「ヒシホ」とは
    植物性のものを指すこと、言うまでもない。

173 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 16:51:46 ID:DioNtURA
A-079

意味:deep(深)

漢字表記:伏〜伏斯

再構語形:puk(板橋)〜puksi(村山)

比較(日):上代語「Φuka-si(深い)」(村山・李基・板橋)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):オーストロネシア祖語「buka(開いていること)」(板橋)

日朝ツ比:○××

原文:101「深川県{一ニ云フ伏斯買}(巻三七)」

考説:本語は日本語とよく対応する例として有名なものであるが、
    板橋は「斯」を属格・修飾辞と見て別語とし、「伏」のみを「深」
    に対応せしめている。日本語の「フカシ(深)」も「シ」は活用
    語尾であり、実質は語幹「フカ」が担っているわけであるから、
    そのように解釈しても特に問題はない。

174 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/12(木) 18:24:20 ID:MUIr7JBI
>>173

日本語形容詞の活用と同じ様な活用語尾を持つ例が他にもあったのですか?

詳しく比較できる他の言語の例はありますか?

175 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 18:36:12 ID:DioNtURA
A-080

意味:country/nation(国)〜commandery(郡)

漢字表記:不/未/尉〜非

再構語形:puy/mbuy/uy〜puy(板橋)

比較(日):古代日本語「Φure(村)」(娜)

比較(朝):新羅語「p∧l(集落)」(娜)
       百済語「pu¨ri(集落)」(娜)
       任那語「pi(集落?)」(娜)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:184「国内州{一ニ云フ不耐。或イハ云フ/2尉那ー城ト/1}(巻三七)」
    002「国原城{一ニ云フ未乙省。一ニ云フ託長城}(巻三七)」
    042「鉄円郡{一ニ云フ毛乙冬非}(巻三七)」

考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
    本語が高句麗語として認められるのであれば、意味の上でも語形
    の上でも新羅語や百済語、任那語、日本語のそれは対応語として
    十分にふさわしいものであると思う。任那語は『日本書紀』巻一七・
    継体紀八年三月条の任那地名「尓例比」「麻須比」の「比」より再構
    したものである。なお、同条に見える古訓「フレ(村邑)」についても
    朝鮮半島の言語と結び付ける説があるが、「フレ」は「村」の古訓と
    して神武紀や景行紀等、朝鮮半島とは無関係な箇所にも見えるから、
    いくら朝鮮半島の記事に見えるからと言って、ひとしなみに朝鮮半島
    由来の語であるとするわけにはいかないであろう。よって本項では、
    上代日本語として「フレ(村)」を認定し、対応語として挙げることとした。

176 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/12(木) 19:41:42 ID:DioNtURA
>>174
 日本語の形容詞は動詞にはない語幹用法(「痛!」「でか!」等)が
存在することでもおわかりになるように、語幹の独立性が強いことが
知られています。上代でさえ形容詞の活用は未発達のままでしたから、
上代以前には名詞(体言)と形容詞語幹(阪倉篤義の用語を借りれば
情態言)の文法的区別はなく、具体的な事物を指すか、心情や形状を
示すかという意味的違いが存したのみだったと見るのが自然です。
そのうち後者の意味の語(情態言)に語尾「シ」「ク」「ケ」等が選択的に
付くようになり、いつしか一語と見なされるようになって成立したものが
形容詞というわけです。「ケダシ(蓋)」「ケダシク(蓋)」や「サキク(幸)」、
「シバシ(暫)」「シマシク(暫)」「シバラク(暫)」などのように形容詞に
なり切れなかった語が存在することでも、その間の事情は推測出来
ようかと存じます。

 問題はこの「シ」が何なのかということですが、形容詞を名詞化する
語尾「サ」と子音が共通することから、両者は同根である可能性が高い
こと、また、「ウマシクニ(美国)」や「クハシメ(麗人)」のように「シ」を介
して名詞に接続する例が存することから、「シ」はもともと名詞と名詞を
接続する語尾だったのではないかと推定されます。特に後者の用法は
新羅語の属格「s(叱)」や李朝語の所謂「間のs」、高句麗語の属格・
修飾辞「si〜chi」と近いものであり、関連性が認められるのではないか
というのが私の結論です。それ以外の外国語でこのようなものが存在
するかどうかは私は存じません。不勉強で申し訳ありません。

177 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/12(木) 21:17:11 ID:MUIr7JBI
>>176

丁寧なご回答、ありがとうございました。

なお、書き込みはとても興味深く読ませて頂いております。

178 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 14:46:17 ID:gWlmpCrk
A-081

意味:red(赤)

漢字表記:沙伏〜沙非斤(村山・李基・板橋)

再構語形:saipuk〜saipikon(板橋)
       sapok(<*sapul)〜sapigin(<*sa-pulgin)(村山)
       sapuk〜sapik∂n(李基)

比較(日):古代日本語「so2Φo(赤土)」(李基・板橋)

比較(朝):百済語「sopi(板橋)〜supi(李基)(赤)」(李基・板橋)
       李朝語「pulgщn(赤)」(村山・李基・板橋)

比較(ツ):満州語「fulgiyan(赤)」(村山・李基・板橋)

比較(他):中期モンゴル語「hula'an(赤)」(村山・李基・板橋)

日朝ツ比:○○○

原文:015「赤城県ハ、本高句麗ノ沙伏忽ナリ。(巻三五)」
    118「赤木県{一ニ云フ沙非斤乙}(巻三七)」

考説:村山は李朝語の語形に基づき、高句麗語の語形は接頭語「sa」が冠した
    ものであると捉え、接頭語「sa」と日本語の接頭語「サ」を対比させている。
    百済語は「赤鳥県ハ、本百済ノ所比浦県ナリ。(巻三六)」から再構したもので
    あるが、李基文はこれを百済語の数少ない夫餘系語彙の名残りであると
    見ている。高句麗語語形と異なり百済語では第二音節末の-kが失われた
    ということになるが、日本語の対応語「ソホ(赤土)」もその点は同様なので、
    高句麗語と夫餘系百済語、古代日本語の関係が仄見えて興味深い。

179 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 15:02:58 ID:gWlmpCrk
A-082

意味:frost(霜)

漢字表記:薩寒(李基)〜薩(娜)

再構語形:salhan〜sal(娜)

比較(日):古代日本語「simo(霜)」(娜)

比較(朝):李朝語「s∂ri(霜)」(李基)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:△△×

原文:124「霜陰県ハ、本高句麗ノ薩寒県ナリ。(巻三五)」

考説:本語は李基文によって指摘されているにもかかわらず、どういうわけか
    板橋は本語を漏らしている。李基文は124の地名から「霜=薩寒」と解し
    ているが、そのようにしてしまうと、訓読字「陰」が余ってしまう。李朝語と
    対応させるなら、むしろ「霜=薩」「陰=寒」とすべきところであろう。幸い、
    高句麗語としてA-039「shadow」が再構可能なので、本語もそのように解
    することにしたい。

180 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 15:15:24 ID:gWlmpCrk
A-083

意味:cool(涼)

漢字表記:沙熱

再構語形:sener(清瀬)〜sanel(娜)

比較(日):上代語「suzu-si(涼し)」(娜)

比較(朝):李朝語「s∂nщl-(涼)」(李基・板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:△△×

原文:098「清風県ハ、本高句麗ノ沙熱伊県ナリ。(巻三五)」

考説:本語は李基文以来「沙熱伊=breeze(清風)」として一括して扱われてきたが、
    やはり分けて解釈するべきである。李朝語とよく一致する例であるが、巻三五
    系語彙だけに新羅語の反映である可能性の方が高そうである。日本語「スズシ
    (涼)」は頭子音のみの一致に過ぎないが、意味は合うので一応挙げておく。

181 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 15:31:31 ID:gWlmpCrk
A-084

意味:属格・修飾辞

漢字表記:斯/史〜次

再構語形:si/s^i〜c(板橋)
       si〜ci(娜)

比較(日):上代語「-si(形容詞語尾)」(板橋)

比較(朝):新羅語「-s-(属格語尾)」(娜)
       李朝語「-s-(属格語尾)」(娜)

比較(ツ):ナシ

比較(他):オーストロネシア祖語「si(属格・修飾辞)」

日朝ツ比:○○×

原文:008「楊根県{一ニ云フ去斯斬}(巻三七)」
    029「童子忽県{一ニ云フ仇斯波衣}(巻三七)」
    047「於斯内県{一ニ云フ斧壌}(巻三七)」
    101「深川県{一ニ云フ伏斯買}(巻三七)」
    030「平淮押県{一ニ云フ別史波衣。淮、一ニ作ル/v唯ニ}(巻三七)」
    012「介山郡ハ、本高句麗ノ皆次山郡ナリ。(巻三五)」
    104「玉岐県{一ニ云フ皆次丁}(巻三七)」
    114「母城郡{一ニ云フ也次忽}(巻三七)」
    169「新城州ハ、本仇次忽{或イハ云フ/2敦城ト/1}ナリ。(巻三七)」

考説:板橋は「斯」「史」を属格・修飾辞、「次」を派生名詞形成辞であるとして
    別語扱いにしているが、用例を見る限り両者に用法的差異があるよう
    には見えないし、発音上も近いと言えるので、スレ主としては「斯」「史」
    と「次」を同じ属格・修飾辞の異表記として取り扱うこととしたい。所謂
    名詞だけでなく形容詞性の語彙(深・平・新)にも接続することが出来る
    点では、古代日本語の形容詞語尾「〜シ」と相通ずるものがあり、頗る
    興味深い。

182 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 16:31:49 ID:gWlmpCrk
A-085

意味:west(西)/right(右)

漢字表記:消(涓)〜椽(掾)〜押

再構語形:sien(kiuen)(板橋)〜yiuen(娜)〜kap(ap)(娜)

比較(日):ナシ

比較(朝):ナシ

比較(ツ):エヴェンキ語「(x)an(右)」
       ソロン語「angida(右)」
       ネギダル語「annida(右側)」
       オロチ語「anj(右)」
       オルチャ語「anji(右側)」
       オロッコ語「ange(右側)」
       ナナイ語「anci/angia(右手)」

比較(他):ナシ

日朝ツ比:××○

原文:「涓奴部(『三国志』高句麗条)」
    「消奴部(『後漢書』高句麗条)」
    「五曰西部、一名右部。即消奴部也。(『後漢書』高句麗条注)」
    「藻那(巻一五)」
    「椽(掾)那部(巻一四)」
    058「屈於押{一ニ云フ紅西}(巻三七)」

考説:本語は『三国志』と『後漢書』で漢字表記が異なるため、再構語形を
    決め難いが、ツングース諸語の語形からは頭子音がsの「消(siεu)」
    よりも頭子音がkである「涓(kuen)」の方が対応関係を考えやすい。
    その一方で、『三国史記』には「藻那」という地名も見え、「藻(tsau)」と
    いう漢字音からは「消奴」の方と関係付けたくなる面もないではない。
    ただ、『三国史記』には「椽(掾)那部」という語もあり、こちらは頭子音k
    が落ちた語形のようにも見える上、058の例などを加味すれば、やはり
    高句麗語の再構語形としては頭子音がkである「涓(kuen)」の方を取る
    べきではないかと考える。

183 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/04/13(金) 22:40:11 ID:NnXEp4Kg
ド亀レスですが……

>>24
cas-namu(<李朝語 -namo) は李朝語にも現代語にもある語で、
松は松でも五葉松の類(特に実を食用にする朝鮮松、casだけなら「松の実」)を指す語です。
これ、半島では伝統的に「栢」と表記するので、うっかりすると見逃します。

で、こっちはあんまし亀レスじゃないレス。

>>181
上代語の属格を表す「つ」は、比較対象に入らないのでしょうか?
前から新羅〜李朝語の -s- と比較できないかと気になっていたのですが。

184 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/13(金) 22:57:16 ID:MrlNL/Fs
>>183 日語商売さん
>cas-namu(<李朝語 -namo) は李朝語にも現代語にもある語で

 李朝語にもあるのですね。後日『李朝語辞典』で確認してみます。
ところで、板橋の「pus(松)」について心当たりはありますか?

>上代語の属格を表す「つ」は、比較対象に入らないのでしょうか?
>前から新羅〜李朝語の -s- と比較できないかと気になっていたのですが。

 ああ、言われてみれば確かに「つ」も加えてもいいかもですね。
「つ」にも「とほ(遠)+つ+おや(親)」「たか(高)+つ+とり(鳥)」
「しこ(醜)+つ+おきな(翁)」「まが(禍)+つ+ひ(日)」のように
形容詞性の語に下接して名詞を修飾する用法がありますし。

185 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 08:50:50 ID:MJDF/Swk
>>183
 『李朝語辞典』で確認しました。

  cas 柏 用例:「cas 爲海松」「cas 菓松」「cas 松子」
  casnamu 果松 用例:「果松 casnamu」

casの用例から察するに、李朝語casはチョウセンゴヨウの木及び
実に対する呼称ということになりそうな感じですが、現代語だと実の
意味にしかならないんですよね?

186 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 09:15:31 ID:MJDF/Swk
A-086

意味:iron pot/kitchen range(釜)

漢字表記:松村活

再構語形:sioηts‘u∂nhual(娜)

比較(日):上代語「kama(釜・竃)」(娜)

比較(朝):李朝語「sot‘(鼎)」(娜)
       李朝語「kama(釜)」(娜)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:020「釜山県{一ニ云フ松村活達}(巻三七)」

考説:本語は先行研究で指摘されたことが一度もないが、020を見る限り、
    対応関係は明快である。本語が取り上げられなかったのは、語形の
    複雑さもさることながら、対応語もこれで決まりと言えるほどのものが
    ないことが大きいように思う。日本語も李朝語も部分的にしか類似し
    ているとは言えないのがつらいところである。なお、データ作成の都合
    上、再構語形を付けてはいるが、これはあくまでも漢字音を記しただけ
    であって、スレ主としてはどう再構してよいものやら見当がつかないと
    いうのが実情である。

187 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 10:10:25 ID:MJDF/Swk
A-087

意味:metal(金)

漢字表記:蘇文〜須彌

再構語形:somun〜sumi(娜)

比較(日):上代語「saΦi1(刀・鋤)」(娜)

比較(朝):李朝語「soi(金)」(李基)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:「蓋蘇文或イハ云フ/2蓋金ト/1。姓ハ泉氏。(巻四九)」
    「大臣伊梨柯須彌弑ス/2大王ヲ/1。(『日本書紀』巻二四)」

考説:本語は李基文により指摘されているにもかかわらず、板橋は取り上げて
    いない。高句麗地名から導き出したものではないからであろうが、中国の
    正史の記述から導き出した方角語彙の方は取り上げているのであるから、
    今一つ基準が不明確である。本語は意味・語形とも李朝語とよく対応する
    と言えるが、李朝語の語形には第二音節が存在しないので、何らかの理由
    で脱落したと見るほかない。一方、日本語の対応語としてスレ主が挙げた
    「サヒ(刀・鋤)」は、意味に関してはせいぜい刀や鋤は金属製という程度の
    関連性しか認められないが、語形の方ではsaΦi1<*sabi<*samiという
    変化が想定可能なので、高句麗語形と非常に近くなるところが李朝語より
    も有利であると言えよう。

188 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 10:52:11 ID:MJDF/Swk
A-088

意味:soil(土)

漢字表記:息

再構語形:sik<sirk(李基)
       sork(清瀬)

比較(日):上代語「suna(砂)」(娜)
       上代語「su(洲)」(娜)

比較(朝):李朝語「hΛrk(土)」(李基・板橋)

比較(ツ):ナナイ語「siru(砂)」(李基・板橋)
       エヴェンキ語「sirugi〜sirgi(砂)」(李基)

比較(他):モンゴル語「siruγai(塵・土)」(李基・板橋)

日朝ツ比:△△△

原文:077「今達{一ニ云フ薪達。一ニ云フ息達}(巻三七)」
    077「土山県ハ、本高句麗ノ息達ナリ。(巻三五)」

考説:本語は077の巻三五の記述に基づき再構された語であるが、巻三七には
    「今達」「薪達」という異表記もあり、「土=息」は必ずしも確定したものでは
    ない。たとえば、「薪」を「新」の誤写と見なし、「今」「新」を訓読字、「息」を
    音読字と解せば、A-090「new」と関連付けることも可能である。また、「薪」
    を訓読字、「今」を音読字と見れば、古代日本語「ki2/ke2〜ko2/ku(木)」
    と対応させることも出来よう。

189 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 11:40:08 ID:MJDF/Swk
A-089

意味:cow/cattle(牛)

漢字表記:首〜烏

再構語形:su(村山・板橋)/siu(清瀬)/shu(村山・李基)/siu¨(李基)〜υ(Beckwith)

比較(日):上代語「usi(牛)」(板橋)

比較(朝):李朝語「syo(牛)」(村山・李基・板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:052「牛岑郡{一ニ云フ牛嶺。一ニ云フ首知衣}(巻三七)」
    092「牛首州{首ハ一ニ作ル/v頭ニ。一ニ云フ首次若。一ニ云フ烏根乃}(巻三七)」

考説:板橋によれば、Beckwithは古代日本語の「usi(牛)」を「u-si」に分け、「si」は
    属格・修飾辞であって「u」の部分こそが高句麗語の「υ」に対応するものであり、
    従ってもう一つの高句麗語「su」は前新羅語からの借用語であると主張している
    という。しかしながら、用例はいずれも巻三七のものであるし、高句麗と新羅の
    力関係は遡れば遡るほど高句麗>新羅であるので、新羅語が高句麗語を借用
    することはあっても、その逆はちょっと考えにくいように思う。ここは両者を同源
    とし、頭子音sの脱落によって「u」の語形が生じたといった事情を考えた方が
    よいかも知れない。

190 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/15(日) 12:21:47 ID:MJDF/Swk
A-090

意味:new(新)/now(今)

漢字表記:首〜息

再構語形:su(板橋)/shu(李基)〜siok(娜)

比較(日):上代語「sa-(若・早)」(板橋)

比較(朝):百済語「se(新)」(板橋)
       李朝語「sai(新)」(李基・板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:065「首知県{一ニ云フ新知}(巻三七)」
    077「今達{一ニ云フ薪達。一ニ云フ息達}(巻三七)」

考説:本語は李基文以来065の地名表記のみに基づき再構されてきたが、スレ主としては
    発音上の共通点は十分に認められると思うので、新たに077をそれに付け加えたい。
    問題点としては、「薪」を「新」の誤写と見なし、「今」「新」を訓読字、「息」を音読字と
    解するという、やや変則的(恣意的とも言ふ(^^;)な処理をしているところであろうか。
    A-088「soil」参照。なお、板橋が百済語として挙げている「se(新)」は020「新平県ハ、
    本百済ノ沙平県ナリ。(巻三六)」及び035「新良県ハ、本百済ノ沙尸良県ナリ。(巻三六)」
    に基づくものであるが、いずれも新羅の地理誌である巻三六の用例であり、高句麗語
    における巻三五系語彙の百済版とでもいうべき存在なのである。よって、百済語では
    なく新羅語の反映である可能性も十分あるわけで、その点注意を要する。

191 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 12:57:52 ID:F4ytOgtQ
A-091

意味:peak/summit(峰)

漢字表記:述尓/述泥〜首泥

再構語形:surnyi/zwirnyi〜suwney(板橋)
       shul'i/shulni〜shuni(李基)

比較(日):ナシ

比較(朝):李朝語「sunщrk(峰)」(李基・板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:×△×

原文:038「述尓忽県{一ニ云フ首泥忽}(巻三七)」
    038「峯城県ハ、本高句麗ノ述尓忽県ナリ。(巻三五)」

考説:本語は李朝語とよく一致するが、根拠は巻三五の記述のみであるから、
    新羅語の反映である可能性が高い。なお、本語の漢字表記について、
    板橋は「述泥」を「述弥」と記しているが、発音からしても「弥」は考えにくく、
    単純な誤記であろう。

192 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 14:28:14 ID:F4ytOgtQ
A-092

意味:to reconquer(復旧土)

漢字表記:多勿

再構語形:tamul(娜)

比較(日):上代語「tor-(取る)」(娜)
       上代語「mo2t-(持つ)」(娜)

比較(朝):李朝語「tamΛs(合わせて・一緒に)」(金思)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:「松譲以テ/v国ヲ来リ降ル。以テ/2其ノ地ヲ/1為ス/2多勿都ト/1。封ジテ/2松譲ヲ/1
    為ス/v主ト。麗語ニ謂フ/G復スルヲ/2旧土ヲ/1為ス/C多勿ト/J。(巻一三)」

考説:板橋は本語を挙げていないが、『三国史記』に「麗語」と明記されている以上、
    地名から得られるものよりも高句麗語としての確度は上であり、取り上げるべき
    であったと思う。本語について、金思Yは、文一平が「toj-mul」「toj-mul-l∂」
    (とりかえす)だと解していると指摘した上で、「tamΛs→tamΛl(与・共)」の語、
    つまり「与える、一緒にする、併合する」義を持つこの語の表記とも考えられる
    (六興出版『完訳三国史記・上』293〜4頁)と述べているが、『李朝語辞典』には
    「toj-mul」「toj-mul-l∂」とも見当たらないので、金思Yの説のみを載せておいた。
    なお、平凡社東洋文庫『三国史記』では「多勿都」に「たこつと」と読み仮名を付して
    いるが、これはいかなる根拠に基づくものか不明である。単なる誤記か、或いは
    「忽」と勘違いしたものであろうか。本語の前半部分については、076「取城郡ハ、
    本高句麗ノ冬忽ナリ。(巻三五)」から再構される「toη(取る)」と関係があるかも
    知れない。

193 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 15:29:46 ID:F4ytOgtQ
A-093

意味:valley(谷)

漢字表記:旦/頓/呑

再構語形:tan/tw∂n/t‘∂n→tan(板橋)
       tan〜tuan(李基)
       tan(村山)

比較(日):上代語「tani(谷)」(村山・李基・板橋)

比較(朝):李朝語「t∧n(村)」(李基)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:067「水谷城県{一ニ云フ買旦忽}(巻三七)」
    068「十谷県{一ニ云フ徳頓忽}(巻三七)」
    071「五谷郡{一ニ云フ于次呑忽}(巻三七)」
    122「[广/京]谷県{一ニ云フ首乙呑}(巻三七)」
    126「於支呑{一ニ云フ翼谷}(巻三七)」

考説:本語は日本語とよく一致する例として知られている。李朝語のそれも
    よく一致するが、これは『朝鮮館訳語』(15世紀初頭)にのみ見え、以降
    のハングル資料には一切登場しない。李基文は、高麗時代の開城方言
    に部分的に含まれていた高句麗語的要素がたまたまこの時期まで残っ
    ていたものであると捉えている。従うべきであろう。なお、スレ主は、066
    「大谷郡{一ニ云フ多知忽}(巻三七)」について、「大谷」と「多知」が対応
    するものと見て、〔tan+ci→tadзi(big valley)〕の如き語構成を想定し、
    B-003「ci(指大辞)」を抽出している。

194 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 15:57:18 ID:F4ytOgtQ
A-094

意味:high/mountain(高/山)

漢字表記:達〜達乙

再構語形:tar〜tarir(板橋)
       tat/tal/ta<*tak(村山)
       tal(李基)

比較(日):上代語「take2(岳)」(村山・李基・板橋)
       上代語「taka-si(高)」(村山・李基)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):トルコ語「taγ(山)」(村山・板橋)
       アゼルバイジャン語・トルクメン語「taγ(山)」(板橋)
       カザク語・タタール語「taw(山)」(板橋)
       ウイグル語「tagh(山)」(板橋)
       ウズベク語「tog'(山)」(板橋)
       オーストロネシア祖語「「sakay(上昇)」(板橋)

日朝ツ比:○××

原文:020「釜山県{一ニ云フ松村活達}(巻三七)」
    039「達乙省県{漢氏ノ美女於イテ/2高山ノ頭ニ/1点ス/2烽火ヲ/1。迎フル/2安臧王ヲ/1
      之処ナリ。故ニ後ニ名ヅク/2高烽ト/1}(巻三七)」
    064「高木根県{一ニ云フ達乙斬}(巻三七)」
    141「僧山県{一ニ云フ所勿達}(巻三七)」
    194「犁山城ハ、本加尸達忽ナリ。(巻三七)」他

考説:本語も高句麗語として著名なものの一つである。板橋のみ「達乙」を本語の漢字
    表記として挙げるが、039の記述を見る限り、「達=高」「乙=烽」とすべきではない
    かと思う。また、その他言語の比較のところに見える「taw(山)」について、板橋は
    「Kaz」と記しているが、板橋論文の凡例には「Kaz」という略語は見えない。ここでは
    とりあえず「Kzk(カザク語)」の誤記として取り扱っておいた。なお、李基文は村山
    七郎が「忽」「達」を「ku∂7」「ta7」と読むと主張したことを批判し、いずれも語末は
    「-l」であると述べた上で、日本語「take(岳)」「taka(高)」は「*talke」「*talka」に
    遡及させられるのではないかと指摘している。

195 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/16(月) 16:10:00 ID:F4ytOgtQ
A-095

意味:to take(取)

漢字表記:冬

再構語形:tawn(板橋)
       toη(娜)

比較(日):上代語「tor-(取る)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:△××

原文:076「取城郡ハ、本高句麗ノ冬忽ナリ。(巻三五)」

考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
    上代語「トル(取)」がぴったり当てはまる。漢字表記「冬」の漢字音
    からは「toη」としか再構できないはずなのであるが、なぜか板橋
    は「tawn」という再構語形を導き出しており、不審である。A-092「to
    reconquer」も参照のこと。

196 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/16(月) 20:46:55 ID:qo62Gr/E
>>191
A-091意味:peak/summit(峰):述尓/述泥〜首泥
比較(日):ナシ

↑これは「そそり立つ」の「そそり」、高千穂の「添山(そほりのやま)」の「そほり」なんかと関係ないですかね?

>>187
A-087意味:metal(金)漢字表記:蘇文〜須彌
比較(日):上代語「saΦi1(刀・鋤)」(娜)
意味に関してはせいぜい刀や鋤は金属製という程度の関連性しか認められない

↑サビ(錆)とかはだめ?

197 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 00:25:14 ID:dwuHsK4g
>>196
>これは「そそり立つ」の「そそり」、高千穂の「添山(そほりのやま)」の「そほり」なんかと関係ないですかね?

 そうですねぇ。自動詞「そそる」は上代にも用例が存しますし、
意味の上でも共通性が認められますから、悪くはないとは思い
ますが、他動詞「そそる」が揺するという意味であること、語源
を同じくするグループであると思われる「そそのかす(唆)」が
相手をその気になるように仕向けるという意味であること等を
考慮すれば、「そそる」という動詞の原義は対象に物理的もしくは
心理的な作用を加えることに焦点を置いた動詞であって、対象
の上方向への変化は結果に過ぎないように思えます。「そほりの
やま(添山)」も面白そうですが、こちらはソウルの古語「ソボフル」
と結び付けて考えるのが一般的じゃありませんでしたっけ?

 ところで、今思いついたんですが、「述尓」「述泥」「首泥」の後部
の「ni」は上代語の「ne(峰)」と結び付けておけばよかったですね。
あと、上代語「so2ne(确・磽)」と結び付けるという手もありそうです。
こちらは石交じりのやせた土地という意味ですが、方言では「山の
尾根の頂」「山の上の平らな部分」「山稜」「山の峰」「山の尾部の
頂」等の意味で使用されているとか。山→石交じりの土地なのか、
石交じりの土地→山となったのかは判然としませんが、方言の方
は実に高句麗語と近いですよね。ちなみに、地名の「〜曽根」は
この語に由来するものだとか。

>サビ(錆)とかはだめ?

 「サヒ(鋤)」に出来るものであるから「サビ(錆)」というのだという
説はあることはありますが、どうでしょうねぇ。「サビ(錆)」という語形
の最古例は平安中期で、平安初期には「サミ」と言っていたことが
わかっていますから、語形の上では「サヒ(刀・鋤)」などよりもずっと
高句麗語形に近いことは確かなのですが。

 実を言うと、スレ主は以前から「サビ(錆)」と「カビ(黴)」の共通性
に注目しておりました。どちらも古く遡れば第2音節はm音ですし、
どちらも動詞としては少数派に属する上二段活用で、古くなった物
の表面に自然発生してそれを更に駄目にするという作用を持つ等
の共通性が認められますからねぇ。「カビ」の「カ」はおそらく「カ〜ケ
(毛)」と同源でしょうから、「サビ」の「サ」も「サ」ないし「セ」という異
形態を持つ語なのではないかとまでは推測しておりましたが、そこ
から先が難関でしてね。「ソホ(赤土)」の例から「赤」を意味する「ソ」
という語を想定出来れば、赤いモノが生じる→錆びるという流れを描く
ことが可能になりますが、さすがにそこまで考えるのはどうかな、と。
しかしながら、高句麗語のA-081「沙伏〜沙非斤(red)」の「sa(沙)」
の存在を考慮すると、あながち無理な想定でもないのかもと思うよう
になりました(汗)。う〜ん、デムパ寸前かも(苦藁)。

198 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 11:18:48 ID:ysL79l.w
A-096

意味:chestnut(栗)

漢字表記:冬〜冬斯

再構語形:tawn(板橋)〜toηsi(娜)

比較(日):上代語「toti(橡)」(娜)
       中古語「tumuguri(独楽<団栗)」(娜)

比較(朝):現代語「tottori(団栗)」(娜)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:021「栗木郡{一ニ云フ冬斯[月+兮]}(巻三七)」

考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
    トチの実をご存じの方ならおわかりのように、トチの実は栗の実に
    よく似ている上、栗同様に古来貴重なデンプン源として利用されて
    いた堅果である。語形の上でもよく似ており、対応語として挙げても
    問題はないのではなかろうか。「ツムグリ(独楽)」を挙げたのは、
    「ツムグリ」はもともと団栗の意味であって、団栗を独楽として利用
    していたことから独楽の意味が派生したのではないかと考えたから
    である。現代朝鮮語の「tottori(団栗)」も対応語の候補として挙げ
    たが、こちらは李朝語の例が不明なのがつらいところである。

199 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 12:10:44 ID:ysL79l.w
A-097

意味:round/ring/circle(円)〜iron(鉄)

漢字表記:冬非〜冬

再構語形:tawnpi(円)〜tawn(鉄)(板橋)
       toηpi¨<*to¨mbu¨r(鉄)(村山)
       tombi(娜)

比較(日):上代語「tubura(丸)」(娜)

比較(朝):李朝語「tuηkщl(丸)」(李基・板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):トルコ語「ta¨mir(鉄)」(村山)

日朝ツ比:○○×(円);×××(鉄)

原文:042「鉄円郡{一ニ云フ毛乙冬非}(巻三七)」

考説:本語は研究者によって語義を何とするか分かれており、村山は「鉄」、
    李基文は「円」、板橋は「円」「鉄」両様に取っている。042を素直に分析
    すれば、「毛乙」が「鉄」、「冬非」が「円」となるところであるが、村山は
    トルコ語と対応させるため、対応関係を逆転させるという処理を行なっ
    ている。正直、そこまでする必要があるほど似ているとも思えないが、
    高句麗語のトルコ語的要素を強調するためには必要なことだったので
    あろう。なお、板橋は、「鉄」の意味で取る場合には、「冬」のみが鉄で、
    「非」は「郡」に相当するものと見ている。A-051「iron」、A-080「comma-
    ndery」参照。

200 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 12:17:52 ID:ysL79l.w
A-098

意味:pheasant(雉)

漢字表記:刀臘

再構語形:tawr(板橋)
       taul(娜)

比較(日):上代語「to2ri(鳥)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:070「刀臘県{一ニ云フ雉嶽城}(巻三七)」

考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
    一方で070の漢字表記「刀臘」を「尸臘」の誤記として「white」の意味
    にも取っている。「刀臘」から「taul」を抽出した経緯については、
    A-014を参照されたい。

201 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 12:36:12 ID:ysL79l.w
A-099

意味:mountain pass/branch road(岐)

漢字表記:丁〜冬

再構語形:teη〜toη(娜)

比較(日):上代語「ti(道)」(娜)
       上代語「tumuji(辻・旋風)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:104「玉岐県{一ニ云フ皆次丁}(巻三七)」
    115「岐城郡ハ、本高句麗ノ冬斯忽郡ナリ。(巻三五)」

考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、それは音読地名の
    中に「次」「斯」という属格・修飾辞が存するからで、それを除けば対応関係は
    明快そのものである。語形・意味ともA-104「road」と共通点が認められるので、
    同一語ないし派生語の関係にある可能性も高い。

202 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 12:56:25 ID:ysL79l.w
A-100

意味:ten(十)

漢字表記:徳

再構語形:tok(板橋)
       t∂k(李基)
       t∂k〜t∂<*t∂wu(村山)

比較(日):上代語「to2wo(十)」(村山・李基・板橋)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):古代トルコ語「toquz(九)」(李基)

日朝ツ比:○××

原文:068「十谷県{一ニ云フ徳頓忽}(巻三七)」

考説:本語は日本語とのみ対応する語として有名なものの一つであるが、
    金東昭は「徳」を「ta¨k」と再構した上で、日本語と共通するのは
    第一音節の子音のみであり、似ているとは言い難いと批判している
    が、村山は日本語の乙類オ列音母音の一部がツングース語諸語
    の∂、朝鮮語の∂、モンゴル語のeに対応するとして、音義ともに
    対応していると主張している。それを認めるとしても、「t∂k」の語末
    の-kを、村山のようにk→wとして処理出来るかどうかが問題となっ
    てこよう。

203 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/17(火) 18:17:01 ID:lHfox6QA
>>197

>スレ主は以前から「サビ(錆)」と「カビ(黴)」の共通性に注目しておりました。

なるほどね。

連想する所を書きます。

さびる----ス帯びる、かびる----毛帯びる。

204 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/04/17(火) 20:11:49 ID:3NJQO6.A
>>198
どんぐりは tothori ですね。これは李朝語でも同じ語形で出てきます(to.tho.ri)。
なお『訓蒙字会』に「橡」の訳語としてトトリtothoriが現れるので、ドキッとしますが、
そもそも「橡」の本義はツルバミ、どんぐりという意味でトチは国訓ですから
tothoriでトチの実を表すことはないようです。
韓国ではトチノキは「七葉樹」というビミョーな名前で(そもそも辞書の項目にない)、
どうも自生はしていないようです。中国には近縁種があるようですが名前はこれまた「七葉樹」。

ちなみにドングリを灰汁抜きして粉にしたのを寄せたムク(和名:樫豆腐)という料理がありますが、
淡白で面白い食感で、懐石料理に使えそうな食材です。
まぁ食べ物としては栃餅と似たような発想ですね。

205 名前:Zep 投稿日:2007/04/17(火) 20:29:09 ID:9T3QgeVg
>>204

ドングリが「トトリ」なのを類推して,宮崎アニメの「トトロ」が朝鮮語の
ことだ,という電波がありましたな。

206 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/17(火) 20:54:53 ID:dwuHsK4g
>>203
>さびる----ス帯びる、かびる----毛帯びる。

 う〜ん。「オビル(帯)」は平安時代には確かに上二段動詞
でしたが、残念ながら奈良時代には四段活用だったんですよ。


>>204 日語商売さん
>どんぐりは tothori ですね。

 あれ? どこで勘違いしたんだろ? こういう時は、朝鮮語が
じぇんじぇんしゃべれない身がつらいですね(汗)。

>韓国ではトチノキは「七葉樹」というビミョーな名前で(そもそも辞書の項目にない)、
>どうも自生はしていないようです。中国には近縁種があるようですが名前はこれまた「七葉樹」。

 えぇ〜? そうなんですか。トチノキは落葉広葉樹ですから、
朝鮮半島にも自生しているのかと思ってました。


>>205 Zepさん

 こりゃまたお懐かしい。私は相変わらずこんなことをやって
おります(苦藁)。

207 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/18(水) 00:33:19 ID:8wd091rc
>>206

>残念ながら奈良時代には四段活用だったんですよ。

古くから両方あって、たまたま奈良時代の記録が偏っていたと考える。
そうと云えない程に使用例が多くあるなら引っ込むけど。

平安時代には優勢な上二段に収斂したと。
それとも四段が二段に変化する必然性があるのだろうか?

208 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 02:28:01 ID:7v1dqAq.
>>207
>古くから両方あって、たまたま奈良時代の記録が偏っていたと考える。

 まず、「オブ(帯)」の奈良時代の用例を見ていくと、動詞の例は
決して多くはありませんが、未然形で「オバ-」という形の例があり
ますし、連用形は上代特殊仮名遣が甲類ですから、四段活用以外
に考えられません。加えて、連用形が転成した名詞「オビ(帯)」の
「ビ」も甲類ですので、これも元の動詞が四段活用だったことを支持
します。上二段なら乙類でなければなりませんからね。結局、奈良
時代に「オブ(帯)」が上二段活用であったという証拠が一切ない
わけで、これ以上は悪魔の証明になってしまうんですよ。奈良時代
だけが特別だったと主張するのも結構ですが、現実には平安中期
の訓点資料で四段活用に活用していた用例も見つかっています。
これを素直に解釈すれば、「オブ(帯)」は奈良時代には四段活用で
あったが、平安時代に上二段活用が生じて次第に勢力を増して行き、
遂には上二段活用が四段活用に取って替わったとせざるを得ないと
思うのですがね。

>それとも四段が二段に変化する必然性があるのだろうか?

 かつて四段活用であった動詞が上二段活用になった例は、別に
掃いて捨てるほどあるというわけではありませんが、本語以外にも
「飽く→飽きるや」「借る→借りる」「足る→足りる」「生く→生きる」
「紅葉つ→紅葉ちる」のような例があります。もちろん、逆の変化も
あり、「恨む」「喜ぶ」「学ぶ」「尊ぶ」「悲しぶ」などは上二段から四段
に転じています。他には、上二段から上一段に転じた「う→居る」
「ふ→干る」、「ふ→嚔る」、四段から下二段に転じた「垂る→垂れる」
「揺る→揺れる」「分く→分ける」「隠る→隠れる」「忘る→忘れる」
「触る→触れる」、上一段から上二段になった「いさつ→いさちる」
「荒ぶ→荒びる」、更には上二段から下二段に転じた「恐る」なども
ありますが、今挙げたそれぞれのグループにおいて、別の活用に
変化しなくてはならない必然性というものがあったとは思えません。
そもそも、どんな体系にも必ず例外や個別変化というものはあり、
個人的、偶然的な機会から、不規則変化が起きることもあり得ると
いうのが私の理解です。所詮は人間のやることです。「絶対」や「完全」
ということはありはしないのですよ。

209 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 11:14:55 ID:7v1dqAq.
>>208
 補足すれば、他の活用から四段活用への変化は、
少数派への多数派の影響という普遍的な理由で説明
がつくことはつきますが、四段→その他に転じたものは
それに逆らっているわけで、一つの理由でひとしなみに
説明出来るようなものではありません。後者の変化を
起こした動詞で、個別的理由がある程度明確なものと
しては、「生く→生きる」があります。こちらは「行く」との
混同を避けるために上二段活用に転じたのでしょう。
しかし、そういう少数の語を除けば、後者のグループは
適当な理由を探せないものがほとんどなのです。

210 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/18(水) 12:39:44 ID:8wd091rc
詳しい解説に深謝。

更に連想が出てくる。

「帯びる」が四段から上二段になったとすれば、「おぶ」が原型となり、「おんぶ」の連想から「おふ=負う」の派生語
と捉えたくなる。おんぶに用いる紐は体に食い込まない巾広が機能的で都合が良い。
おんぶ紐を利用する「おふ」を「おぶ」として区別した。或は、おんぶ紐を発明した部族の「おふ」に当たる語が
「おぶ or Owu or Ovu」であった。

おんぶ紐を「おび」と呼び、同時に帯紐を使う、体に巻くと云う意味で、「帯びる」なる派生語を分離させたと云うのはどうか?

211 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 13:56:54 ID:7v1dqAq.
>>210
 とりあえず「帯ぶ」と「負ふ」の関係に気付かれたのは慧眼であると申し上げて
おきましょう。両者には意味の上でも一定の共通性が認められますし、発音の
上では、アクセントが共通している上に、「負ふ」がハ行転呼を起こす以前は
第二拍の発音も両唇破裂音bと両唇摩擦音Φだったわけですから、特に古代
においては両者は相当に紛らわしい関係にあったはずです。語源的にも同じで
あったかどうかは現状では保留しておきたいところですが、両者が互いに影響
を与え得る関係にあったことは疑いを容れません。

 現在は共通語の口語・俗語で、もとを正せば東国方言であった「おぶう」という
語は「負ふ」が変化した語というのが通説ですが、スレ主はかねがね、四段の
「帯ぶ」が変化した可能性や、「負ふ」と「帯ぶ」とのコンタミネーションによって
生じた可能性も考慮すべきであると考えておりました。実際、岐阜・長野・愛知・
三重などの比較的広い地域で「オブ」という語形が分布(東北地方にも散在)し
ていることには注目すべきでしょう。もしかすると「帯ぶ」が上二段化したのは、
「負ふ」とのこれ以上の混乱を避けるためだったのかも知れませんね。

212 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 17:02:51 ID:lcAtunps
A-101

意味:to rest(休)

漢字表記:冬音

再構語形:toηim(娜)

比較(日):上代語「to2m-(止む・泊む)」(娜)
       上代語「to2do2m-(止む・留む)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:063「冬音奈県{一ニ云フ休陰}(巻三七)」

考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、李基文は
    063の訓読地名の後半部分の「陰」に対して音読地名の「奈」を対応
    させており、他の例からもB-019「na〜noim(female/shade/shadow)」
    の存在は支持されるので、残る「休」と「冬音」も対応するものとして
    扱ってよいであろう。「休陰」をしばらくとどまって休息するための物陰
    の意と解すれば、日本語「トム(止・泊)」ともつながりが出てくるのでは
    ないかと考え、対応語として挙げたが、正直、関連性は乏しいか。

213 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 17:59:10 ID:lcAtunps
-102

意味:rich(豊)

漢字表記:且〜肖/西

再構語形:ts‘ia〜siεu/sei(娜)

比較(日):「saki1(幸)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:156「波且県{一ニ云フ波豊}(巻三七)」
    156「海曲{一ニ作ル/v西ニ}県ハ、本高句麗ノ波且県ナリ。(巻三五)」
    168「豊夫城ハ、本肖巴忽ナリ。(巻三七)」

考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、168や156の
    の巻三七の記述を見る限り、対応関係は明快である。巻三五の新羅
    地名「海曲」の「曲」は高句麗地名「豊」の略字であろうか。発音からは
    「西」と「且」との間に共通点が認められるので、「西」を誤記したもので
    ある可能性も捨て切れない。なお、日本語の対応語としては上代語の
    「サチ〜サツ(幸)」も考えられないこともないが、「サチ〜サツ(幸)」の
    第一義は漁や猟の獲物、またはそれを捕らえるための道具類の称で
    あって、幸福の意はそこから派生したものであることから、「サキ(幸)」
    の方がよりふさわしいと判断した。

214 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 18:02:08 ID:lcAtunps
>>213
 いろいろミスがあったので再投稿します。

A-102

意味:rich(豊)

漢字表記:且〜肖/西

再構語形:tsia〜siεu/sei(娜)

比較(日):上代語「saki1(幸)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:156「波且県{一ニ云フ波豊}(巻三七)」
    156「海曲{一ニ作ル/v西ニ}県ハ、本高句麗ノ波且県ナリ。(巻三五)」
    168「豊夫城ハ、本肖巴忽ナリ。(巻三七)」

考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、168や156の
    の巻三七の記述を見る限り、対応関係は明快である。巻三五の新羅
    地名「海曲」の「曲」は高句麗地名「豊」の略字であろうか。発音からは
    「西」と「且」との間に共通点が認められるので、「西」を誤記したもので
    ある可能性も捨て切れない。なお、日本語の対応語としては上代語の
    「サチ〜サツ(幸)」も考えられないこともないが、「サチ〜サツ(幸)」の
    第一義は漁や猟の獲物、またはそれを捕らえるための道具類の称で
    あって、幸福の意はそこから派生したものであることから、「サキ(幸)」
    の方がよりふさわしいと判断した。

215 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 18:19:37 ID:lcAtunps
A-103

意味:market(市)

漢字表記:寸

再構語形:tsun(娜)

比較(日):上代語「iti(市)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:176「安市城ハ、旧安寸忽{或イハ云フ/2丸都城ト/1}ナリ。(巻三七)」

考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、176を見る限り、
    対応関係は明快である。日本語との対応を考慮するならば、176に別名
    として記されている「丸都城」の「都」の方が発音の上で近くなる(「都」の
    漢字音は「to」)が、『完訳三国史記』は「丸都」を安市城の別称とするの
    は誤りであると述べており、東洋文庫『三国史記』も不審であるとしている
    ので、あえて挙げなかった。

216 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 18:34:06 ID:lcAtunps
A-104

意味:road(道)

漢字表記:助(乙)(板橋)
       助〜都(娜)

再構語形:tυ/dzi(ir)/tsi(ir)(板橋)
       dzio〜to(娜)

比較(日):上代語「ti(道)」(板橋)
       上代語「tumuji(辻・旋風)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:146「道臨県{一ニ云フ助乙浦}(巻三七)」
    010「道西県{一ニ云フ都盆}(巻三七)」
    010「都西県ハ、本高句麗ノ道西県ナリ。(巻三五)」

考説:板橋の「助(乙)」は146の訓読地名「道臨」を「道に入る」と解し、「ir(入る)」に
    相当する部分を除き抽出したもののようである。それならば「助」とするだけで
    よさそうなものであるが、なぜか「助(乙)」としつこいくらいに記していて、不審
    である。また、板橋は再構語形としてtυを挙げているが、それに相当する漢字
    表記は見当たらない。思うに、「都」を挙げ忘れたものではなかろうか。本語は
    発音や意味上の類似からA-099「mountain pass/branch road(岐)」と同一語
    である可能性が高い。

217 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/18(水) 18:52:58 ID:lcAtunps
A-105

意味:axe(斧)

漢字表記:於(板橋)〜於斯(李基)

再構語形:u(板橋)〜osi(娜)

比較(日):上代語「wono2(斧)」(娜)
       中古語「yoki(斧)」(娜)

比較(朝):高麗語「us-kai(斧)」(娜)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:047「於斯内県{一ニ云フ斧壌}(巻三七)」

考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
    日本語・高麗語ともよく対応している。板橋は「斯」を属格・修飾辞と
    取り、「斧=於」と解しているが、李基文は「斧=於斯」としている。
    高麗語(『鶏林類事』の「斧曰烏子蓋」による)の語形を考慮すれば、
    板橋よりは李基文の解釈の方が勝るが、日本語と対応させるならば
    板橋の解釈の方が都合がよいということになる。なお、日本語の対応
    語として中古語「ヨキ(斧)」を最初に指摘したのはJake_USA氏(前々
    スレの537)であることを付記しておく。

218 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 15:52:17 ID:a/PnUBfU
A-106

意味:派生名詞形成辞?

漢字表記:於

再構語形:u(板橋)

比較(日):上代語「-i(派生名詞形成辞)」(板橋)

比較(朝):李朝語「-i(派生名詞形成辞)」(板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):オーストロネシア祖語「-i(派生名詞形成辞)」(板橋)

日朝ツ比:○○×

原文:075「[犬+章]塞県{一ニ云フ古所於}(巻三七)」
    076「冬忽{一ニ云フ于冬於忽}(巻三七)」
    076「取城郡ハ、本高句麗ノ冬忽ナリ。(巻三五)」
    058「屈於押{一ニ云フ紅西}(巻三七)」
    058「江陰県ハ、本高句麗ノ屈押県ナリ。(巻三五)」

考説:派生名詞形成辞とは、他の品詞から名詞を形成する際に使用される
    接辞のことであるが、板橋は漢字表記を「於」とするのみで、具体的に
    どの地名表記に基づいて本語を分析したのか不明である。とりあえず
    それらしいものを探し出して挙げたのが上記の原文である。075及び
    076は動詞「所於(=塞)」「冬(=取)」に接続して名詞化しているかの
    ようであるし、058は形容詞?「屈(=紅)」に接続して名詞化している
    ように見える。なお、日本語の派生名詞形成辞「-i」とは、動詞の連用形
    (しばしば名詞に転成)や名詞の被覆形に接続して露出形を形成する
    接尾的形態素iのことである。

219 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 16:19:00 ID:a/PnUBfU
A-107

意味:border/to block(塞)

漢字表記:於(板橋)〜所(娜)

再構語形:u(板橋)〜sio(娜)

比較(日):上代語「se〜sa(狭)」(娜)
       上代語「sek-(塞)」(娜)
       上代語「soko(塞・塁)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:075「[犬+章]塞県{一ニ云フ古所於}(巻三七)」

考説:板橋は本語を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、
    075の音読地名「古所於(漢字音はko-s^i¨o-・ιo)」について、
    「[犬+章](=ノロジカ)」を意味する「kos」と本語の「sio」、そして
    前項の派生名詞形成辞「u(o?)」が複合した「kos-sio-u」を表記
    したものであると解すれば、古代日本語と結び付けることも可能に
    なる。やや変則的な処理ではあるが、第二音節に相当する漢字の
    頭子音が第一音節の末子音と第二音節の頭子音を兼ねているもの
    としては、A-042「bear」という実例が実際に存するので、それほど
    無理な想定でもないと考える。

220 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 17:07:56 ID:a/PnUBfU
A-108

意味:five(五)

漢字表記:于次

再構語形:uc(板橋)
       uc/u¨c(李基)
       utsu<*utu(村山)

比較(日):上代語「itu(五)」(村山・李基・板橋)
       上代語「i(五十)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):古代トルコ語「u¨c(三)」

日朝ツ比:○××

原文:071「五谷郡{一ニ云フ于次呑忽}(巻三七)」

考説:本語は高句麗語と日本語でよく一致する例の一つとして有名であるが、
    金東昭は、『三国史記』の071の原文の漢字表記は「弓次」であり、「弓」
    を「于」の誤りと見たとしても、その再構音「u¨s」は日本語「itu」とは音相
    が大いに異なっているとして批判している。しかし、そもそも「次」の漢字
    音は「ts‘ii」であって「s」ではない(朝鮮漢字音でもchΛ)ので、日本語と
    結び付けたくないあまりに、無理をしている感がぬぐえない。それにしても、
    日本語の「itu(五)」と「i(五十)」の関係はおもしろい。普通なら「五」に「十」
    を意味する要素が付け加わって「五十」という語が出来そうなものなのに、
    「五十」の方が「五」よりも語形が短いのだから。「i」が「五」を表わしている
    時期があって、その後生まれた「itu」という語形との間で「五」の地位を巡る
    争いがあり、敗れた「i」は「五十」に転じることで生き残ったといった事情が
    あるのかも知れない。

221 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 17:56:28 ID:a/PnUBfU
A-109

意味:having neighbors/relative(有隣/親族)

漢字表記:于尸

再構語形:ur(板橋)

比較(日):上代語「ugara(族)」(娜)

比較(朝):新羅語「uri(我々)」(娜)
       李朝語「uri(我々)」(板橋)
       李朝語「ul(戚)」(李基)
       李朝語「urh(垣)」(板橋)

比較(ツ):満州語「uri(囲み・窪地・柵)」(板橋)

比較(他):ナシ

日朝ツ比:△△△

原文:162「有鄰郡ハ、本高句麗ノ于尸郡ナリ。(巻三五)」

考説:本語について板橋は、李朝語の「ulh(垣)」を対応語として挙げつつも、
    人称代名詞の「uri(私たち)」との関係もあると考えられるとし、更に
    李朝語「ulh(垣)」に対応するものとして満州語の「uri(囲み・窪地・柵)」
    との関連もあると指摘している。スレ主が日本語の対応語として挙げた
    「ウカラ(族)」の語構成のうち、後部成素の「カラ」は「肉体」や「血縁」を
    意味する古語で、上代には単独使用例は見えないが、「ハラガラ(同胞)」
    「ヤカラ(輩)」「トモガラ(朋友)」「ナキガラ(死骸)」「カラダ(体)」等の複合
    語に残っている語である。一方、先部成素の「ウ」については、「ウム(生)」
    のウであるとする説から朝鮮語「ウル」と結び付ける説まであり、いまだに
    通説と言えるものがない。スレ主は古代アクセントの一致状況などから、
    「ウヂ(氏)」「ウガラ(族)」は「ウム(生)」と同源であり、出産という行為を
    通した人間関係を意味する語彙グループであると考えているが、高句麗語
    (巻三五系語彙ではあるが)と絡めて考えるならば、高句麗語「ul」も本来は
    出産を意味する語と関わりがあったのではなかろうか。もちろんそのように
    考えると、満州語や李朝語と縁遠くなってしまうわけであるが。

222 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/19(木) 18:18:23 ID:a/PnUBfU
A-110

意味:hare(兎)

漢字表記:烏斯含

再構語形:usiγam(板橋)
       osaxam〜usaxam(李基)
       wusigam(村山)

比較(日):上代語「usagi1(兎)」(村山・李基・板橋)
       上代東国方言?「wosagi1(兎)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):トルコ語「tawi¨sγan(村山)〜tabisγan(板橋)(兎)」(村山・板橋)
       ギリヤーク語「osk(兎)」(李基・板橋)
       アイヌ語「oske(兎)」(板橋)

日朝ツ比:△××

原文:048「兎山郡ハ、本高句麗ノ烏斯含達県ナリ。(巻三五)」

考説:本語は日本語とよく対応する語として有名なものであるが、ギリヤーク語や
    アイヌ語とも対応する。板橋は、アイヌ語にギリヤーク語からの借用が多い
    と指摘し、アイヌ語のそれはギリヤーク語からの借用であると述べている。
    確かに語形の類似を見てもその可能性は高そうである。なお、上代日本語
    には「ヲサギ(兎)」という語形もあるが、これは東国方言らしい。古語は方言
    に残ることが多いから、「ヲサギ」の方が古形である可能性は十分あろう。
    村山が高句麗語の再構語形を「wusigam」としたのも、或いはこのことを
    意識しての処理なのかも知れない。

223 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 15:04:54 ID:BFVTBaJk
A-111

意味:spring/source/well(泉/水源/井戸)

漢字表記:乙(板橋)〜於乙(村山・李基・板橋)〜伊梨(李基・板橋)

再構語形:wir<uyir/uir(板橋)
       uil<*bul(村山)
       ∂l/el(李基)
       wil〜iri(娜)

比較(日):上代語「'wi(井)」(村山・板橋)

比較(朝):新羅「∂r(板橋)〜i¨l/っ¨l(李基)(井)」(李基・板橋)

比較(ツ):オロチ語「uli(川・水)」(板橋)

比較(他):モンゴル語「bulaq(泉)」(村山)
       トルコ語「bulaγ(泉)」(村山)
       ギリヤーク語「erri〜eri(江)」(李基・板橋)
       オーストロネシア祖語「way(水)」(板橋)

日朝ツ比:○○○

原文:037「泉井口県{一ニ云フ於乙買串}(巻三七)」
    128「泉井郡{一ニ云フ於乙買}(巻三七)」
    002「国原城{一ニ云フ未乙省。一ニ云フ託長城}(巻三七)」
    「大臣伊梨柯須彌弑/ス2大王ヲ/1(『日本書紀』巻二四)」

考説:本語は日朝ツそれぞれよく一致するが、中でも朝鮮語とツングースのそれは
    語末の-lを保存しているという点で高句麗語により近いと言えよう。ただ、
    朝鮮語では新羅語以降絶えてしまったようで、それ以降の文献には見えない
    という事情があるので、スレ主は新羅語が高句麗語を借用したのではないか
    と睨んでいる。日本語に語末の-lが保存されていないことについて、村山は
    日本語及び高句麗語の祖形をともに「*bul」とした上で、日本語については
    「*bul>*wui>wi」のように変化したと推定している。本語の意味のうち、
    「水源」は村山・李基文とも言及していないが、板橋は002の例から「乙=原」
    の対応を認め、「原」を「源」と解することでこの意味を得ているようである。
    なお、スレ主は132「子春県ハ、本高句麗ノ乙阿旦県ナリ。(巻三七)」の例から
    「乙=春」の対応関係を導き出しているが、この語は本語と関係があるかも
    しれない。A-002「boy」、B-007「spring」参照。ところで、板橋は高句麗の重臣
    泉蓋蘇文の『日本書紀』における表記「伊梨柯須彌(irikasumi)」に基づき、
    古代日本語に「iri(泉)」という語が存在したと見なしているが、これは高句麗
    人の人名を万葉仮名で音写したものに過ぎず、『三国史記』における漢字表記
    「泉蓋蘇文」から「泉=伊梨」という対応は認められるにしても、それはあくまでも
    高句麗語の内部における対応であり、日本語とは無関係である。

224 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 15:27:52 ID:BFVTBaJk
A-112

意味:pig(猪)

漢字表記:烏〜烏斯/烏生

再構語形:υ(板橋)
       wusi(村山)
       o〜osi(娜)

比較(日):上代語「wi(猪)」(板橋)
       上代語「usi(牛)」(村山)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:103「猪足県{一ニ云フ烏斯廻}(巻三七)」
    120「猪闌[山+見]県{一ニ云フ烏生波衣。一ニ云フ猪守}(巻三七)」
    144「猪[之+守]穴県{一ニ云フ烏斯押}(巻三七)」

考説:「猪=烏」なら日本語「wi(猪)」とよく対応すると言えるが、用例は
    すべてその直後に「si-(斯・生)」を伴っているので、高句麗語形は
    「osi」ではないか。もっとも、「si」を属格・修飾辞(→A-084)と見る
    ことも出来ようから、その場合は「o」が豚を意味する高句麗語形と
    いうことになる。

225 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 15:50:15 ID:BFVTBaJk
A-113

意味:指小辞

漢字表記:烏(板橋)〜(滅)烏(娜)

再構語形:υ(板橋)〜ro(娜)

比較(日):上代語「〜ro2(接尾語・親愛)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:004「駒城{一ニ云フ滅烏}(巻三七)」

考説:指小辞とは、名詞等に付いてその事物がごく小さいこと、または軽少
    であることを表わす接辞のことで、縮小辞ともいう。日本語で言えば、
    「ムスメッコ」「アマッコ」「シッコ」「ウンコ」などの「〜(ッ)コ」がそれに
    相当する。板橋によれば、本語はBeckwithが初めて指摘したもので
    あるらしい。本語は004の「駒=滅烏」の対応に基づき「滅」を「馬」の
    意に取り、「烏」を指小辞として認定したもののようである。板橋は本語
    を「対応語が不明のもの」のグループに入れているが、004「滅烏」から
    再構される「駒」の高句麗語形は「mero」であるから、「me」を「馬」、
    「ro」を指小辞と取れば、上代日本語の親愛を示す接尾語「ロ」と対応
    させることが可能になる。

226 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/20(金) 17:01:23 ID:rB8EJ0eA
大陸の各言語で、鼻母音を明瞭に区分している例はあるだろうか?

日本の東北においては、井戸の「い」は鼻母音である。
すると、>>224 の例から敷衍して、和語の 泉の「い」も、いづ(出)の「い」も同じ扱いが妥当なのかも知れない。
別の語源を想定する方が妥当かも知れないが。

227 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 17:51:18 ID:BFVTBaJk
A-114

意味:similar(相似)

漢字表記:位

再構語形:wi(板橋)

比較(日):上代語「nir-(似る)」(娜)

比較(朝):李朝語「isщs-(似る)」(李基・板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:「句麗呼ビテ/2相似タルヲ/1為ス/v位ト(『三国志』高句麗条)」

考説:李基文は本語の李朝語における対応語として「isщs-(似る)」とともに
    「pisщs-(似る)」なる語も挙げているが、『李朝語辞典』を見てもそれ
    らしい語が見当たらないのは不審である。板橋が「isщs-(似る)」のみ
    を挙げているのはそのためであろうか。日本語における対応語は先行
    研究では一度も指摘されたことがないが、上代日本語の「ニル(似)」は
    候補として悪くないものであると思う。意味の点では問題ないし、朝鮮語
    でもそうであるが、狭母音の直前のn音は脱落しやすいものだからである。

228 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 18:34:32 ID:BFVTBaJk
A-115

意味:mother(母)

漢字表記:也次(李基・板橋)〜也(娜)

再構語形:yac(李基)〜ya(娜)

比較(日):上代語「oya(親)」(娜)

比較(朝):李朝語「∂zi(母・親)」(李基・板橋)
       李朝語「∂mi(母・親)」(李基)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:114「母城郡{一ニ云フ也次忽}(巻三七)」
    114「益城郡ハ、本高句麗ノ母城郡ナリ。(巻三五)」

考説:李基文『韓国語の形成』は本語の李朝語における対応語を挙げるに
    あたって、「○┤△|(∂mi)」(母・親)と記しており、ハングル表記と
    発音表記の内容に齟齬が見られる。単に音声表記の誤りとも取れるが、
    同書は誤脱や誤字の類が少なくないので、或いは原論文で「○┤△|
    (∂zi)」「○┤□|(∂mi)」とあったものが、日本語に翻訳される際に
    誤記されて上記のような表記になってしまったものなのかも知れない。
    李基文と板橋は114から「母=也次」という対応関係であると捉えている
    が、「次」の部分については、属格・修飾辞(→A-084)と見ることも可能
    なので、高句麗語の語形は「也(ya)」である可能性も十分にあると思う。
    なお、村山は「也次」を「巴派」の誤記と見て「巴派(中:pa-p‘ai)」と古代
    日本語「ΦaΦa(母)」を対応させているが、高句麗地名「母城郡」に対応
    する新羅地名が「益城郡」となっているのは、高句麗の音読地名「也次」
    の発音「yia-ts‘ii」から「益(・ιεk)」を連想したことによる命名であると
    推測されるので、誤字と考えるのはかなり厳しそうである。

229 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 18:36:43 ID:BFVTBaJk
>>228
 さっそく修正箇所発見orz

× 再構語形:yac(李基)〜ya(娜)
○ 再構語形:yac(李基・板橋)〜ya(娜)

230 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/20(金) 18:40:30 ID:BFVTBaJk
>>228
 うが〜!また間違ったニダ!>>229はなし!

× 再構語形:yac(李基)〜ya(娜)
○ 再構語形:yac(板橋)〜ya(娜)

 今日はもうこれでやめるニダorz

231 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 13:37:15 ID:1vS553Ps
A-116

意味:badger/weasel(狸・穴熊/鼬)

漢字表記:也尸

再構語形:yar(板橋)

比較(日):上代語「itati(鼬)」(娜)
       中古語「tanuki(狸)」(板橋)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:106「[犬+生]川郡{一ニ云フ也尸買}(巻三七)」

考説:「[犬+生]」はイタチを意味する漢字なので、106の原文通りならば本語は
    イタチということになるが、板橋は何の説明もなく「狸」としており、「[犬+生]」
    を「狸」の誤記ないし異体字と考えているようである。なお、板橋によれば、
    Beckwithは106の「[犬+生]」を「狂」の誤字であるとして157「野城郡ハ、本
    高句麗ノ也尸忽郡ナリ。(巻三五)」の例と併せて「野(wild)=也尸」を再構
    しているという。しかしながら、157の新羅地名「野」は高句麗時代の音読
    地名「也」と漢字音が同音の関係にあったから選ばれたに過ぎず、「尸(-l)」
    はその際省略されたものとするのが穏当な解釈であろう。

232 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 14:00:36 ID:1vS553Ps
A-117

意味:willow(柳)

漢字表記:要隠

再構語形:yawin(板橋)

比較(日):上代語「yanagi2(柳)」(李基・板橋)
       上代語「yagi2(柳)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:102「楊口郡{一ニ云フ要隠忽次}(巻三七)」

考説:板橋は本語の上代日本語における対応語について「yanagi;yanoki(柳)」と
    記しているが、前者はともかく、上代〜現代を通じて後者のような語形が存在
    した証拠はない。「<OC*yang‘willow’楊?」と記していることからして、日本語
    の「ヤナギ」の語源が「矢(楊)+な(=の)+木」とされていることから、過去に
    そのような語形が存在したと推定したものであろうが、いささか不用意な記述
    である。いずれにせよ、日本語同様、本語も古代中国語「楊(yaη)」からの
    借用語である可能性は高いと思われる。

233 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 14:24:12 ID:1vS553Ps
A-118

意味:long(長)〜shallow(浅)

漢字表記:耶耶/夜牙

再構語形:yana<yaya/yana(板橋)
       yaya(村山)

比較(日):上代語「asa-si(浅)」(娜)

比較(朝):李朝語「y∂t-t‘щl(浅)」(村山・板橋)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:054「長浅城県{一ニ云フ耶耶。一ニ云フ夜牙}(巻三七)」

考説:本語は訓読地名が「長浅」となっているため、意味に関して「長」「浅」いずれか
    決め難いが、李朝語に「y∂t-t‘щl(浅)」があることから、村山以来「浅」の意
    で解釈されている。しかしながら、054の記述を見てもわかるように、対応関係
    は「長浅城=耶耶=夜牙」であり、「耶耶=夜牙」は確実としても、「長浅城」と
    どう対応するのか明らかではない。「〜城」は訓読地名を作るに際して新たに
    付け加わったものとするにしても、「長=耶(夜)」「浅=耶(牙)」という対応関係
    である可能性も十分にある。なお、板橋が「夜牙」を「yana」とした上で、復元語
    形を「yana」としたのは、単純に「yaηa」を誤記したものとも取れるが、或いは
    〔yaηa(夜牙)→yana→yaya(耶耶)〕という流れを想定したものであろうか。

234 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 14:50:05 ID:1vS553Ps
A-119

意味:crothes(衣)

漢字表記:若只/若〜朔

再構語形:zhaki/zhak〜∫ak(娜)

比較(日):上代語「so2(衣)」(娜)

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:057「若只頭恥県{一ニ云フ朔頭。一ニ云フ衣頭}(巻三七)」
    057「如羆県ハ、本高句麗ノ若豆恥県ナリ。(巻三五)」

考説:本語は先行研究で取り上げられたことが一度もないが、それは057の
    「若只頭恥」「朔頭」「衣頭」「若豆恥」四者の対応関係がすこぶるわかり
    づらいことが原因であろう。ただ、「若只頭恥」を前半の「若只」と後半の
    「頭恥」に分けて考えれば、「若只(rιak-t∫ιe。只を枳の略字と解
    すればrιak-kie)」と「若(rιak)」、「朔(s^っk)」は発音的によく似て
    いるので、三者とも音読字であると解することが可能であるし、後者の
    「頭恥(d∂u-t‘^ιei)」と「豆恥(d∂u-t‘^ιei)」は、韻は異なるが完全
    に同音であり、「朔頭」「衣頭」の「頭」は「恥」を省略したものと見なせる。
    結局この中で唯一漢字音として異質な存在なのは「衣」だけなので、「衣」
    が訓読字である可能性は高いと思われる。

235 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 15:08:43 ID:1vS553Ps
A-120

意味:side(横)

漢字表記:於斯

再構語形:es(李基)
       ios(娜)

比較(日):上代語「yo2ko2(横)」(娜)
       上代語「yo2k-(避)」(娜)

比較(朝):李朝語「∂s(横)」(李基)

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○○×

原文:094「横川県{一ニ云フ於斯買}(巻三七)」

考説:本語は李基文により指摘されているにもかかわらず、板橋が一切
    言及していないのは不思議である。もっとも、スレ主自身も当初の
    集計の段階では本語をうっかり漏らしてしまっているのであまり強く
    は言えないが(苦藁)。李基文は本語の再構語形を「es」としている
    が、「於(・ιo)」の漢字音から見て疑問である。或いは「∂s」の誤記
    かも知れない。

236 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 15:23:07 ID:1vS553Ps
>>235
 早速訂正ニダorz

× 再構語形:es(李基)
○ 再構語形:∂s/es(李基)

 李基文は『韓国語の歴史』では「es」、『韓国語の形成』では「∂s」としていたニダ。
そう言えば、A-111「spring」でも「於乙」に対して「∂l/el」両様だったニダが、その
関係は『韓国語の歴史』が「el」、『韓国語の形成』が「∂s」というものだったニダ。
もしかすると『韓国語の歴史』の誤植かも知れないニダね。


 さて、一応これで対応語の存するAグループの語は一応挙げ終わったニダから、
次は対応語の存しないBグループに行きたいところが、例の『日本書紀』古訓に
現われた高句麗語の処理がまだニダ。中にはAグループに属するものもあれば、
Bグループ行きのもありそうニダし、Bグループに行く前にこちらを先に片付けておく
べきニカねぇ。

237 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/23(月) 16:50:06 ID:RX3kQrsg
>>232

>「楊(yaη)」からの借用語である可能性は高いと思われる。

現代語では「やなぎのき」と言うから尤もらしくもあるが、

日本語としては「やなぎ=矢の木」であったと想像できる。
曲がりに関する限り、矢に適した枝が取れるのは間違いない。
同じ語を使う物が大陸に居て、やなぎが「楊」と表記されたかも知れない。

有史時代以降、古代や戦国期の矢が何で作られていたかは知らない。

238 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/23(月) 18:12:07 ID:1vS553Ps
>>237
 『時代別国語大辞典・上代編』の「や(矢)」の項の解説には、
「矢がらは、しの竹が普通で、場合によっては葦や柳も用いた
といわれる。」とありました。中国でも矢柄は篠竹が一般的で
あったようで、「笶」「箭」「箙」「簇」「籌」「箘」等、矢に関する漢字
がことごとく竹冠になっていることからも、そのことは窺えます。
竹はまっすぐで強靭ですから、矢柄にはまさに最適です。葦は
よい篠竹が採れない東北地方などの寒冷な地域で代用とされた
ものでしょう。ただ、日中ともに柳の木を使った例もあることは
確かで、『本草綱目』には「水楊」が「可シ/v為ル/v矢ト」と記されて
いるそうですし、『延喜式』にも「柳篦」という語が出てきます。

 そもそも私は別に「矢な木」説を全否定しているわけではあり
ません。日本語と高句麗語とを比較した場合、古代中国語から
ともに借用したという可能性がクローズアップされるということで
あのように述べたものであって、日本語内部だけで考えるなら
「矢な木」が最も妥当な説明であると考えています。アクセント面
でも「ヤ(矢)」と「ヤナギ(柳)」はともに高起式でよく対応しますし、
たとえ矢柄に篠竹を使うのが一般的であったとしても、手近に
適当な材料がなくて、木を使わざるを得ない場合にはヤナギを
使うこともあったでしょうから、そういう矢になり得る木のことを
「矢な木」と呼んだ可能性は十分にあると思いますので。

239 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/04/23(月) 21:26:41 ID:ZdHF48jI
>>223
中期朝鮮語〜現代語で「井」を表す語彙はumur(中期語u.mщr)ですが、
これは後半の mщr が明らかに「水」であり、それを取った部分 "u-" が本来「井」の意味を持っていて
形の上でも本来 *ur であったのが、mщr と結合したときに r が脱落した、と考えられないでしょうか。
これならば、*ur は日本語・モンゴル語・トルコ語等と比較できるのではと思います。

とここまで書いて、念のためと「umur の語源」をネットで調べたら、
u- は *ur ではなく um(穴ぐら)の意味とのこと。_| ̄|<>
生兵法は怪我のもとというお話だったニダ……w

240 名前:井戸について 投稿日:2007/04/23(月) 23:25:50 ID:RX3kQrsg
>>239

お説を伺っていると、井戸の井は本来鼻母音であるとして良さそうに感じます。

今の日本語では穴ぐらの意味は思い浮かびませんが、穴には大いに関連します。

一方「ど」の方ですが、宿(やど=家ど=屋ど) の「ど」と共通するものと思います。
感覚的には「わざわざ掘った穴=水を狙う穴」、ど=(目的に相応しい)場所、と妄想します。

241 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/24(火) 01:04:00 ID:tqKlYDaY
>>239
>>240

 日本語にも「ヰ(井)」や朝鮮語の「um(穴ぐら)」と関わるかも知れない
語があるニダよ。「ウカツ(穿)」「ウク(穿)」という動詞ニダ。「ウカツ(穿)」は
穴を開ける意の四段活用他動詞、「ウク(穿)」は穴が開く意の下二段活用
自動詞ニダ。これらの動詞の語幹に含まれる語基「ウ」は、その動詞の意味
から「穴」という意味であることが容易に推測されるニダが、この「ウ」こそ、
実は名詞「ヰ(井)」の古い被覆形(古形と言ってもよし)ではないかとウリは
睨んでいるニダ。「ヰ(井)」とは地面に穴を掘りそこに水を湧き出させたもの、
または水を貯めたものであって、その後は川などを堰き止めて水を貯めた
もの(井手や井堰など)についてもいうようになっただけで、水との関わりは
本来二次的なものだったのではないニカねぇ。

 ちなみに、「ヰ(井)」「ウカツ(穿)」とも古代アクセントは低起式であること
がわかっているニダから、金田一法則にも適うニダ。そうそう。意味だけから
見れば「ウム(埋)」も関連が認められるのでよさげではあるニダが、こちらは
高起式なので駄目ニダ。「ウム(埋)」は穴を穴でなくする動作とも解される
(実際は動作の対象が穴である必要は必ずしもないニダが)ニダから、正反対
の動作をわざとアクセントを変えて表現したとも考えられないこともないニダが、
今のところは類例を思いつかないので、とりあえず駄目だししておくニダ。

242 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/25(水) 01:43:48 ID:3YKYKmi2
Aグループ終わっちゃったんですか…
もっとゆっくりお願いしますよw
終焉が近づくのが悲しい。
終わることなく永遠に続いてほしいスレニダ。

243 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:13:15 ID:Mv5Y4CuE
>>242
 そう言って頂けるのはありがたいのですが、ない袖は振れませんからねぇ(苦藁)。

244 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:15:43 ID:Mv5Y4CuE
 さて、続きをやりたいのは山々ですが、何せ書紀古訓を利用した高句麗語
研究が白鳥の>>146と旧大系の注(>>143)、新全集の注(>>144)くらいしか
ない上に、村山、李基文、板橋といった高句麗語研究者は一切書紀古訓を
対象としていないこともあって、これまでの高句麗地名を中心とした研究の
ようには簡単に行きません。加えて、書紀古訓は写本ごとの違いが大きいと
いう問題もあり、古写本を揃えるのが容易でないという問題点もあります。

 とりあえずスレ主は兼右本(1540年写)の影印(天理図書館善本叢書)と
『釈日本紀』の活字本(新訂増補国史大系所収)を所持しておりますので、
それだけで話を進められれば楽なのですが、当面の高句麗語研究の対象
となる巻一九と巻二七については、北野本という古写本があるので、そちら
の方も見ておきたいところであります。幸い、さる親切なお方のご厚意により、
前者については北野本の巻一九(南北朝期写)、後者については穂久邇文
庫本の巻二七(1500年前後写)のそれぞれの当該箇所を、神道大系所収の
影印からデジカメで撮影したものを送って頂いたので、それを利用することが
出来るようになりました。>>135>>148さん?にはこの場を借りて深く御礼を
申し上げます。欲を言えば、巻二七についても北野本を利用したいところです
が、こちらは大昔の複製本でなければ見られませんので、仕方がありません。
まあこちらも幸いなことに、新訂増補国史大系の『日本書紀』に、巻二七の
当該箇所について北野本の訓点を引いてくれているので、一応それを利用
することは可能であります。

245 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:18:32 ID:Mv5Y4CuE
 とりあえずは資料を提供しないことには皆さん方もついていけないでしょうから、
一つ一つ資料を提示してスレ上で考察を加え、その結果をまとめて他の高句麗語
語彙と同様のデータにして行きたいと思います。諸本の内容については、AAの技術
を駆使して原本の姿を出来る限り忠実に再現しました(w

@香岡上王
百済本記云、十二月甲午、高麗国細群与麁群、戦于宮門。伐鼓戦闘。細群敗不解
兵三日。尽捕誅細群子孫。戊戌、狛国香岡上王薨也。(巻一九・欽明六年)

◎北野本
 コ マ             ノ コキシ   ミウセヌ
 キ百 - 香 - 岡 - 上  王  薨

◎兼右本
 コク   コク    カ    カノ  クスシス オリコケ  ミウセヌ
 狛   國   香   岡   上   王   薨   也
 \六鵠              アスメス オリコケ           上王スオリコケ二字イ点

◎釈日本紀
 コマ ノ クニ ノ  ヌ タ 爪 ヲリ コケ 刀ウセヌ
 狛   國  香 岡 上 王 薨  也。
 キ百コク 〃イ无               キ百香岡上王。
                         コクヌタノ爪ヲリコケ
※「爪」は「ス」の、「刀」は「ミ」の、それぞれ古い異体の片仮名

 百済の三逸史の一つ『百済本記』からの引用箇所です。病に瀕した高句麗王・
香岡上王(安原王)の跡目を巡り外戚どうしが争って一方を族滅させたこと、その後
ほどなくして王が死去したことが記されています。本文の「狛(キ百)」に「コマ」だけで
なく「コク」なる付訓が存すること、『釈日本紀』の本文の「高麗國」に「コマ」だけでなく
「コクソリ」という付訓も見えること等、高句麗の国名の訓み方がいろいろあるのも
面白いですが、何よりも王の名前である「香岡上」の訓みが実に複雑怪奇なのです。

246 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:32:32 ID:Mv5Y4CuE
 北野本は当該箇所に付訓がないので省略し、まず兼右本を見ますと、
「香岡」については「カカノ」と付訓していますが、「上」に対しては「クスシス
>>143には「クスレス」となっているが、スレ主の目には「クスシス」としか
見えない)」と「アスメス」の二訓を記しつつ、その下にイ点(異本の訓点の
意)に「上王」二字を引き合わせて「スオリコケ」と訓じたものがあることを
書き添えています。結局、「香岡」については「カカ(ノ)」一訓のみ、「上」に
ついては「クスシス」「アスメス」「ス」の三訓が存したということがわかります。

 一方、『釈日本紀』は、「香岡上王」に対して古い片仮名混じりで「ヌタ爪
ヲリコケ」と訓じつつ、本文下に「ヌタノ爪ヲリコケ」という異訓を注記してい
ます。「爪」は「ス」ですから、結局「香岡上」の訓としては「ヌタス」「ヌタノス」
の二訓が存するわけです。尤も、「ヌタノス」の「ノ」は日本語の連体助詞
「の」でしょうから、『釈日本紀』の訓としては、「香岡」を「ヌタ」、「上」を「ス」
と訓んでいたということになりそうです。

 以上をまとめれば、「香岡」については兼右本の「カカ」と『釈日本紀』の
「ヌタ」の二訓が、「上」については「クスシス」「アスメス」「ス」の三訓が、
それぞれ存在するということになるわけです。では、上記の訓について、
一つ一つ検討してみましょう。

 まず「カカ」という訓についてですが、スレ主は「香」「岡」に対する漢字音
に由来する訓ではないかと考えています。「香」の中古音は「hιaη」、「岡」
のそれは「kaη」ですから、ηに限らず音節末の子音というものが存在し
ない開音節の言語である日本語の話者には、両字とも「カ」のように聞こえ
た可能性があります。

 ただ、出典である『百済本記』を書いたのは百済人ですが、百済語は
閉音節の言語であった可能性が高いので、「hιaη-kaη」を「kaka」の
ように表記したりはしそうにありません。その場合は、百済人に王の名前
を発音させてそれを日本人が「カカ」と聞き取ったと取るしかないでしょうね。

247 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:33:24 ID:Mv5Y4CuE
 次に「ヌタ」ですが、これは難しいですね。正直、筆者はいまだに「香」と「ヌ」という音を
結び付けることは出来ないでおります。高句麗語に香りを意味する名詞、または香りが
よいという意味の形容詞「nu」を再構し、Bグループに属せしめるしか手はなさそうです。
「タ」については、スレ主に一案があります。「上」の訓ではないかとされる「ス」を持って
きて「岡=タス」とするのです。ただしそれだけではどうにもなりませんので、ここで更に
禁断の処理である誤写説を唱えることにします(w。即ち、『釈日本紀』の傍訓に使用
されている古い異体の片仮名「爪」は「ル」の誤写であるというものです。そうであれば、
「岡=タル」になりますから、高句麗語のA-094「tal(high/mountain)」と結び付けること
が可能になってくるというわけです。尤も、わざわざそのような処置をせずとも、「タ」だけ
を高句麗語「tal」の不完全な仮名表記として扱うことも出来なくもありませんが(苦藁)。

 「上」に対する「クスシス」「アスメス」はもうまったく理解不能です。前二者は二文字目と
四文字目が「ス」で共通していますし、一文字目の「ク」と「ア」、三文字目の「シ」と「メ」も
字形的に似ているところがありますから、おそらくどちらか一方が他方を誤写したことに
より生じたものなのでしょうが、どちらが正しいものやら判断がつきません。『釈日本紀』
の「ヌタノス」が誤写されて「クスシス」「アスメス」となったようにも思えますし、兼右本の
「カカ」が「クス」や「アス」(「ヌタ」も?)と誤写されたのではないかという気もします。正直
こちらはお手上げですね。とにかく、「上」を意味する「su」なる語が日本語に限らず周辺
言語に存在すれば、とりあえず「上=su」だけは確定させることが出来るのですが。

248 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 20:38:13 ID:Mv5Y4CuE
 今思いついたのですが、この「ス」はもしかしてA-084「si(属格・修飾辞)」で
あるとは考えられませんかねぇ。もしそう解することが可能であれば、「カカス
オリコケ(或いはヌタスオリコケ)」は「香岡(カカorヌタ)の王(オリコケ)という
ことになりますが、苦しいですかねぇ。

 ま、「ス」にしろ>>247の「tal」にしろ、既知の高句麗語と結び付けようとすれば、
このようにでも解釈しないと無理ということで(苦藁)。

249 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 21:18:19 ID:gBDB8SrQ
>>246
 「カカ」については、「香」を日本語の「カ(香)」と結び付けることも
もちろん可能です。これが高句麗語なら日本語とよく対応するという
ことになりますが、「香」に対して普通に日本語で「カ」と付訓したと
いう可能性もありますので、あまり声を大にしては言えないですね。

250 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/04/25(水) 21:20:14 ID:gBDB8SrQ
 以上、思いついたことをつらつらと書き連ねてみました。
まとまりがなくて誠に申し訳ありません。もし皆さんの方でも
何か思いついたことがありましたらお書き頂けると幸いです。

251 名前:名無しさん 投稿日:2007/04/26(木) 17:59:22 ID:GOK4Ynrw
うわっ、むちゃくちゃ面白いですねっ
わくわくしちゃうw

252 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/09(水) 16:15:10 ID:iRR6etVE
 話の流れから行けば、書紀古訓の高句麗語について続編を
ものすべきところですが、まとめるのに難航している上、作業の
最中にBグループの中からAグループに移動させるべきものが
見つかったりして、いろいろややこしいことになっております。
とりあえず今日のところはAグループへの追加処置を行なうこと
でお茶を濁すことに致します(苦藁)。

A-121

意味:roe deer([犬+章])

漢字表記:古斯/古所

再構語形:kυsi/kυsio?(板橋)〜kos(娜)

比較(日):上代語「ka(鹿)」

比較(朝):ナシ

比較(ツ):ナシ

比較(他):ナシ

日朝ツ比:○××

原文:025「[犬+章]項口県{一ニ云フ古斯也忽次}(巻三七)」
    053「[犬+章]項県{一ニ云フ古斯也忽次}(巻三七)」
    075「[犬+章]塞県{一ニ云フ古所於}(巻三七)」

考説:本語の訓読表記である「[犬+章](獐)」は和名をノロジカ(李朝語のnoroが
    語源)と言い、日本には存在しない小型の鹿の一種である。本語は地名表記
    中に3例も登場するにもかかわらず、先行研究で指摘しているのがBeckwith
    のみというのは不思議である。板橋に至っては、A-045「gem(玉)」の音読表記
    として本語の音読表記であるはずの「古所」を挙げるという過ちを犯した上、
    「Beckwithは「「犬+章」」という意味をつけているが、これは誤りであろう。特に
    これについて説明がないので、この意味がどこから出たものかは判明しない。」
    などと斜め上の解説をしている有様である。また、板橋が再構語形として示した
    「*kυsi」というのも「古所」という漢字表記から考えれば解せないところで、
    おそらくは「*kυsio」の誤記ないし誤植ではないかと推測される。なお、スレ主
    が「kos」と再構したのは、075「[犬+章]塞=古所於」からA-107「to block(塞)」
    として「sio」を分析したためであるが、「古斯」と2例も表記されていることを重視
    すれば「kosi〜kos」とした方がよかったかも知れない。更に言えば、「si〜s」
    をA-084「属格・修飾辞」として認定し、本語の語形として「ko」を再構するという
    手もありそうである。日本語の対応語形が「カ(鹿)」であることを思えば、語末に
    s音があるよりもその方が都合がよいことは確かである。

253 名前:日語商売 ◆G2IlbonwGk 投稿日:2007/05/09(水) 23:30:53 ID:/lKA0K9I
ノロやキバノロを表した古語「くじか」の方が一致が良さそうですね。

254 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/10(木) 00:22:16 ID:9QKu9eww
>>253
 恥ずかしながら、ウリはキバノロなる動物の存在も知らなければ
「くじか」なる日本語が存在することも知らなんだニダorz。調べて
みたら『新撰字鏡』が文献上の初出のようニダから、平安初期には
存在した語であることは間違いないニダ。「くじか」の語源については、
キバノロを意味する漢字「麇(麕)」の音「kιuen」と和語「しか」の
複合によって生じたという説が有力っぽいニダね。ノロにしろキバノロ
にしろ、日本には存在しない種であるからには、それを表わす語も
外来語起源の語である可能性が高いので、妥当な説であると思うニダ。
しかし、そのように考えると、実は高句麗語自体も「麇(麕)」の漢字音
に由来する語である可能性を考慮する必要も出てくるので、最悪の
場合、本語に関して日本語との関係を云々することは出来なくなる
ニダね。中々難しいものニダ。

255 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/10(木) 01:51:36 ID:vPO9.oBk
鹿は「かせぎ」とか「かじか」とかの訓もありましたよね?
「かせぎ」は和歌とかで使われる雅語でもあるようなので
一応、平安時代でも純粋な和語(それも古語)
と認識されていたんじゃないでしょうか?

256 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/10(木) 02:09:55 ID:9QKu9eww
>>255
 私が外来語(漢語)起源と言っているのは「くじか(麇)」の「く」の部分
でして、「しか(鹿)」自体は「か(鹿)」とともに奈良時代の頃から存する
れっきとした和語です。

 なお、私が>>252で「か(鹿)」のみを挙げて「しか(鹿)」を挙げなかった
のは、「しか(鹿)」の語源が雄鹿を意味する「せ(夫)+か(鹿)」の訛った
ものという説が有力だからです。

257 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/10(木) 18:30:14 ID:qdDbCcIA
鹿は「かせぎ」とか「かじか」とかの訓もありましたよね?
「かせぎ」は和歌とかで使われる雅語でもあるようなので
一応、平安時代でも純粋な和語(それも古語)
と認識されていたんじゃないでしょうか?

258 名前:255=257 投稿日:2007/05/10(木) 18:34:47 ID:qdDbCcIA
アイゴー!>>256に気付かないままバックで戻ってたら二重投稿になってしまったニダ

259 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 14:49:28 ID:syWrrgV.
 まだまとめ切れていませんが、そろそろ>>245-249の続きを書かないと見捨てられそうなので、
せめて資料だけでも提示しておきたいと思います。

A王、夫人、子、正(世)〜、中〜、小〜

A 百濟本記云、高麗、以正月丙午、立中夫人子爲王。年八歳。狛王有三夫人。正夫人無子。
  中夫人生世子。其舅氏麁群也。小夫人生子。其舅氏細群也。及狛王疾篤、細群・麁群、
  各欲立其夫人之子。故細群死者、二千餘人也。            (巻一九・欽明七年条)

 『日本書紀』欽明七年(>>245の翌年)に引用された百済本記の一節です。>>245の高句麗
大乱の件がより詳しく記されています。既に>>62>>142-151で指摘済みですが、随所に
高句麗語らしき語が登場します。なお、「夫人」については、

B 母夫人(巻二七・天智七年一〇月条)

のように、天智七年条にも見えますので、欽明七年の分をA、天智七年の分をBとして当該
箇所をそれぞれ指摘することにしました。私の手持ちの資料では、Aについては兼右本、
北野本、『釈日本紀』で、Bについては前記の写本に加えて穂久邇文庫本でも参照可能です。

260 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 15:20:16 ID:syWrrgV.
◎北野本
 ではまず古いもの優先ということで、北野本から。Aの記述のある巻一九は南北朝頃の写本
でスレ主は写真で確認済み。Bの巻二七は平安末期の写で、スレ主は影印その他では確認
を取れていませんが、幸い『新訂増補国史大系』に北野本の訓として引用されておりますので、
とりあえずそれで内容を知ることが出来ました。なお、傍訓の「+」は片仮名の踊り字「ヽ」を表わ
します。

A   アル  フミニ   ク                  ヲ          ノ
  百ー濟 本ー記 云 高ー麗 以 正ー月 丙ー午 立 中 夫ー人 子 為 王 年 八ー歳
                     二          一  二        一  V
  コマノ        ノ                    ノ               ノ
  キ百 王 有 三 夫ー人 正 夫ー人 無 子 中 夫ー人 生 世ー子 其 舅 氏 麁 羣
         二                 V           二    一
       イ无           ノ                  ノ
  也 小 辛 夫ー人 生 子 其 舅 氏 細ー羣 也 及 キ百 王 疾ー篤 細ー羣 麁ー羣
                V
                                          ノ
  各 欲 立 其 夫ー人 之 子 故 細ー羣 死ー者 二ー千ー餘 人 也
      V 二            一

B イロハノヲリク+
  母 夫 人

 このうち、Bの「イロハ(母)」は生母の意の上代日本語ですが、「ヲリクヽ(夫人)」は平安末期の
用例ということで極めて重要なものと言ってよいでしょう。一方、Aは訓がほとんどないため、一見
高句麗語資料としては何の役にも立たないように見えますが、ところがどっこい、ここにも極めて
貴重な情報が隠れております。本文の3行目の「小辛夫人」の箇所に注目してください。この箇所、
他の多くの写本では「小夫人」となっておりまして、北野本でも「辛」の右傍に「イ无」(異本には本文
に「辛」の字がないという意味)と注記されております。実際この箇所は正夫人、中夫人と来て序列
3位の夫人の意ですから、「小夫人」の方が明らかに勝ります。そこで、旧大系でも新全集でも、
この箇所の本文として「小夫人」を採用し、北野本の「小辛夫人」は排しているわけですが、では
なぜ北野本の本文に「辛」という文字が存在するのかが問題となります。結論から先に言えば、
この「辛」はもともと「小」の箇所に記されていた傍訓であって、北野本の祖本の段階で本文に衍入
したのではないかとにらんでおります。スレ主がなぜそう考えるに至ったかは『釈日本紀』の当該
箇所を見ればわかります。

261 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 15:47:10 ID:syWrrgV.
 では説明の都合上『釈日本紀』を先に示しましょう。

◎釈日本紀(13世紀末成立)
A     コクソリ
  注 コマ   モチ ム ツキノヒノヘムマノ日ヲ タテ+ クノ ヲリク+ノヨモヲ  ス オリコケ トシ  ヤツ
  ○高 麗 以 正 月 丙 午   立  中 夫 人 子 為 王   年 八 歳
         二        一    二         一 V
  コクヲリコケ アリキ 刀タリノヲリク+ マカリ オリク+ハ ナシヨモ  クノ ヲリク+  ウメリ マカリヨモヲ ソノ シウトハ  ソ クム
  狛  王 有  三 夫 人  正 夫 人 無 子 中 夫 人 生 世 子  其 舅 氏 麁 群
  キ百    二       一          V           二    一
    音信
  ナリ シム ヲリク+  ウメリ ヨモヲ ソノ シウトハ  匕イクム ナリ オヨムテ コクヲリコケノ ヤマヒスルニ
  也 小 夫ー人 生  子  其 舅 氏 細 群 也 及   キ百 王  疾 篤 細 群 麁 群
    六隻       V                    二            一
 ヲノ++ ス  テムト ソノ ヲリク+ノ   ヨモヲ        シヌルモノ
  各 欲 立  其 夫 人 之 子 故 細 群 死 者 二 千 餘 人 也
      V  二            一             フタヒ+アマリ

B イロハノヲリク+
  母 夫 人

 大量の高句麗語らしき語が見えますが、まず>>260の件を先に片付けます。同書に引用され
ている『日本書紀』の本文を見ますと、当該箇所は「小夫人」となっておりますが、その傍訓が
重要です。見ての通り、「シムヲリクヽ」と付訓されており、更に「シム」の右傍には「音信」という
注記まであります。もうおわかりでしょう。北野本の「辛」も『釈日本紀』の「シム」「信」も、文字
こそ違え同内容であることを。「辛」も「信」も日本漢字音は「sin」ですし、片仮名表記の「シム」
の方も、平安末期には漢字音の唇内鼻音mと舌内鼻音nの区別はもう失われていたので、
「ム」と書かれていても-mを表わしていたとは言えませんから、こちらも「sin」という音を表わし
ていたと見ることが出来ます。以上から、スレ主は「小夫人」の「小」に相当する高句麗語として
「sin」を再構することが出来ると考えます。おそらく「信」や「辛」は、古代日本語においてはまだ
撥音が音韻として定着しておらず仮名では書きづらかったため、「信」「辛」のような舌内鼻音n
を含む漢字で代用(=類音表記)したものでしょう。片仮名訓「シム」は撥音の表記法の定着に
伴い平安後期以降に片仮名で表記し直されたものと推測されます。

262 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 15:58:51 ID:syWrrgV.
 そういう意味では、旧大系が「小夫人」に対して「シソオリクヽ」という訓を
与えた(>>142-143参照)のは、明らかに誤った処置であると言えます。
思うに旧大系の編者(おそらく大野晋)は、欽明紀二年四月条の「中佐平」
の「中」に対する古訓「シソ」と結び付けるために、『釈日本紀』の古訓「シム」
は「シソ→シン→シム」という誤写によって成立したものと推定したのでは
ないでしょうか。しかし、そもそも「シソ(中)」は百済語であると考えられます
し、意味の上からも「小」とは大きく異なっておりますから、どう考えてもこの
処置はやり過ぎでしょう。大野晋は反省汁!

263 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/11(金) 16:00:21 ID:syWrrgV.
 今日のところはとりあえずここまでということで。ではでは♪

264 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/13(日) 05:00:48 ID:7Eo.GnmQ
倍達って国があったんですか?出典はなんでしょう?

倍達国の「達」って高句麗語の「山」でしたっけ? 「倍」ってのはなんでしょうか?

265 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/13(日) 11:26:39 ID:gWlmpCrk
>>264
>倍達って国があったんですか?出典はなんでしょう?

 私も詳しくは知りませんが、『揆園史話』(1675年成立?)が初出ということで
いいのかな? 少なくとも『三国遺事』には出てこないようです。

>倍達国の「達」って高句麗語の「山」でしたっけ? 「倍」ってのはなんでしょうか?

「達」は高句麗語では「山」または「高い」という意味で問題ありません(>>194)。
「倍」は…う〜ん、何でしょうね。李朝時代の発音は「pΛi-tal」ですが、高句麗語
の既知語彙で檀君神話とこじつけられそうなものは思いつきません。語形の上で
一番近いのはA-073「pai(巌)」ですので、それとこじつけるなら「岩山」ということ
になりますが、これじゃ檀君神話とは何の関係もないですよね。

 ちなみに、ぐぐってみると、『揆園史話』に「東語謂檀曰朴達、或曰白達」という
一節があり、「倍達」を「朴達」とも「白達」とも言ったようですが、私は『揆園史話』
なんぞ読んだこともないですし、本当にそういう一節があるのかどうかわかりません。
「朴達」なら「pak-tal」、「白達」なら「pΛik-tal」ですが、こちらだとA-075「paik(会う)」
とこじつけて「(神と)会う山」の意であるとデムパを飛ばすことが出来そうです(w

 そう言えば、中期朝鮮語に「pΛi(船)」というのがありますな。これとこじつけて、
「倍達」を「船の山」の意とすることも一応可能ではあります。船と山と神話…。
以上のキーワードでまず想起されるのは旧約聖書のノアの方舟神話ですね。
そう、エホヴァが起こした大洪水の後、ノアの方舟が最初に辿り着いたとされる
アララト山こそ、実はこの「倍達」のことだったんだよ!

266 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/14(月) 11:17:49 ID:7j0Izabo
先生、調子よく飛ばしてますねw

ところで揆園史話って近代の創作じゃないんですか?

倍達って単語はかなり有名だしもう少し昔からある書物が出典かと思ってました。
檀君神話が作られた頃の人に高句麗語の知識があったとも思えないので…

「東語謂檀曰朴達或曰白達」は「檀」を昔の朝鮮語で「朴達」「白達」という、の意ですね。
この場合の檀って文字通り植物の檀のことか、檀国(?)とかの国名のつもりなのかも
ちょっとこれだけだと判然としませんね。

267 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/14(月) 14:08:07 ID:3fIY//DA
>>266
>ところで揆園史話って近代の創作じゃないんですか?

 ん〜。ウリも最近までは『桓檀古記』同様にただの偽書だと思っていたニダが、

http://ko.wikipedia.org/wiki/%EA%B7%9C%EC%9B%90%EC%82%AC%ED%99%94

によれば、原本か、または原本成立の時期とされる1675年に近い時期の写本
が見つかったとかで、どうも微妙みたいニダ。まあ仮にそれが本物であったと
しても、所詮は17世紀のものニダからねぇ。内容が荒唐無稽で信ずるに足りぬ
という点では『桓檀古記』と違いはないニダ。

>「東語謂檀曰朴達或曰白達」は「檀」を昔の朝鮮語で「朴達」「白達」という、の意ですね。
>この場合の檀って文字通り植物の檀のことか、檀国(?)とかの国名のつもりなのかも
>ちょっとこれだけだと判然としませんね。

 今調べてみたら、どうも植物名の方のようニダ。『李朝語辞典』に「pak-tal(檀)」
とあったニダ。また、職場にある大正9年朝鮮総督府発行『朝鮮語辞典』の国書
刊行会復刻版をひもとくと、「pak-tal」の項に「樺木科に属する「をのをれかんば」
及び之に似たる種類の称。(檀木)」とあったニダ。どうも『揆園史話』の作者・北崖子
は一連の「〜達」を「山」の意とは考えていなかったっぽいニダね。

268 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/14(月) 14:57:48 ID:3fIY//DA
 ウリ案ずるに、「倍達」だの「朴達」だの「白達」だのは、檀君の国の意である
「檀国」の「檀」を李朝時代の朝鮮語で「pak-tal」と訓読したものの異表記に
過ぎないのではないニカねぇ。『三国遺事』では、

   魏書ニ云フ、乃往二千載、有リ/2壇君王儉/1。立テテ/2都ヲ阿斯達ニ/1
   {経ニ云フ/2無葉山ト/1。亦云フ/2白岳ト/1。在リ/2白州ノ地ニ/1。或イハ云フ/v
   在リト/2開城ノ東ニ/1。今ノ白岳宮是レナリ。}開キテ/v国ヲ号ス/2朝鮮ト/1。

のように、「阿斯達」と「無葉山」「白岳」が対応しており、「達=山」という関係
が成立しているので、かろうじて「阿斯達」は『三国史記』の高句麗地名に準
じて取り扱える可能性があるニダ(ウリは高麗語にわずかに残る高句麗語系
要素の一つではないかと思うニダ)が、「倍達」以下は高句麗語とは何の関係
のない語彙であると考えてよいように思うニダ。

269 名前:名無しさん 投稿日:2007/05/15(火) 03:24:09 ID:fMx5JNA6
カムサハムニダ、長年の胸のつかえが取れますたw

ところで「阿斯」という高句麗語系高麗語は、「無葉」または「白」の意味でしょうか?
白州とか白岳宮とかの地名は実在の地名でしょうか?

270 名前:娜々志娑无 ◆1ONcNEDmUA 投稿日:2007/05/15(火) 11:46:04 ID:MJDF/Swk
>>269
>ところで「阿斯」という高句麗語系高麗語は、「無葉」または「白」の意味でしょうか?

 「無葉」のことはわからないニダが、「白」は高句麗語ではA-060「hΛi(白)」
なので、「阿斯」とは一致しないニダ。「白」は高麗語でも「hΛn」ニダし、李朝語
でも「hΛi」なので、「阿斯」はどうも「白」という意味ではなさそうニダ。既知の
高句麗語で解くならば、A-001「a(臨む)」とA-084「si(属格・修飾辞)」により
「阿斯達」を「(檀君が)君臨する山」と解するのが精一杯ニダね。

>白州とか白岳宮とかの地名は実在の地名でしょうか?

 白州は『三国史記』巻三五に070「[句+隹]沢県ハ、本高句麗ノ刀臘県ナリ。
景徳王改名ス。今ノ白州ナリ。」とあり、黄海南道延白郡銀川面白川に比定
されているニダ。また、白岳は開城の東方にある長湍白岳(現在の白鶴山)
を指しているニダ。『三国遺事』でいうところの白州と白岳はこれでよいと思う
ニダが、「白岳」なる地名は各地にあるそうなので、檀君朝鮮を信奉する人々
の間では現在でも諸説紛々のようニダ。

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