韓国の歴史をものすごくわかりやすく書いてみた
[334:sweeper ◆HBa/NeetAA(2008/11/08(土) 10:00:43 ID:MYZNmMZc)]
200 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:2008/11/07(金) 23:45:36 ID:eCF0wVjl
(続き)
朝鮮は明治8年に日本と条約を結び、明治15年には開国して欧米各国とも条約を締結し、貿易の港も
3港となったが、貿易はあまり振るわず、何より国内生産が貧弱で貿易に供するものが乏しく、
明治20年度では輸出は金などの貴金属が約140万ドル、ソラマメ約34万ドル、牛皮30万ドル、米9万ドルなど
計220万ドルであり、それに対して輸入は木綿(西洋高級木綿が主)が188万ドル、薬種・顔料17万ドル、
絹17万ドルなど、計約281万ドルと赤字であった。(「内閣統計局 海外各国要覧」)
ちなみに、日本の場合、明治19年度で輸出額は約3760万ドル 輸入額約2890万ドル(当時の相場である
1ドル、約1.3円で換算)と大幅黒字であり、ついでに言えば、日本から朝鮮への輸出額は約64万ドル
輸入額は約43万ドルであった。(「日本帝国統計摘要[第1冊]第2回」)
人口は約1050万人であったが、日本の3960万人とほぼ4分の1であり、1人当たりの生産量が
極端に低いことが窺われる。国家歳入にいたっては日本の40分の1にも満たない約147万ドルであった。
朝鮮は貧国弱兵の国であった。その原因は何より国庫にまともに租税が入らないことにあった。
まず地方官の権力が強大であり、あらゆる手段で租税を免れ、それにより中央政府の租税地面積は
年々減少し、明治27年までにはかつての4分の1となった。
またその地方官も含む官職というものは、県令から小間使いに至るまで全てが競売の対象であった。
例えば慶尚道監司の官職はおよそ当時の日本円にして10万円位であり、落札者は地方に赴任した後に
人民から酷税を徴収してその官職代金を支払った。
また地方で集めた租税は中央政府に送る際に時に横取りされた。
201 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:2008/11/07(金) 23:48:08 ID:eCF0wVjl
(続き)
地方官 「収穫の租税が集まったから運搬を頼むニダ」
請負商人「ニダ。県令様、請負賃金はこれぐらいでいかがニカ?」
地方官 「高いニダ! どうせむにゃむにゃするつもりだろうニダよ。もっと安くするニダ!」
請負商人 「え、なんのことニカ? ニヤニヤ」
地方官 「ま、その時の報告書類の手続き料を高くするだけニダよ!」
請負商人「さすが県令様にはかないませんニダ。これぐらいのお安さではいかがニカ」
地方官 「それならいいニダ」
で、租税の運搬を請け負った商人は運搬の船を求めた。
請負商人 「おーい、漁師。この船売るニダ」
漁師 「あれま、これはもう修理もきかないボロ船ニダよ」
請負商人 「それでいいニダ。うんと安くするニダ」
漁師 「こんな船買ってくれてカムサハムニダよ」
で、商人は穀物などの租税を積み込んで船を出したが、すぐ近くの船着場に止まって全部の荷を降ろした。
請負商人 「ようし、皆で船を壊すニダ!」
ボロ船はあっというまに沈没した。
[335:sweeper ◆HBa/NeetAA(2008/11/08(土) 10:01:26 ID:MYZNmMZc)]
202 名前:マンセー名無しさん[] 投稿日:2008/11/07(金) 23:51:18 ID:eCF0wVjl
(続き)
請負商人 「県令様ー。たいへんニダー。租税を積んだ船が嵐にあって沈没したニダー(棒)」
地方官 「何、それはたいへんニダー(棒)」
請負商人 「政府に、嵐のために租税と共に船が沈没したと報告して欲しいニダー(棒)」
地方官 「そうか。それでは検査をするニダー(棒)」
請負商人 「ついては県令様への贈り物はこれこれを先ほど蔵に収めたニダ♪」
地方官 「ニダ♪ よし半分以上だな♪」
請負商人 「そうですニダ。請負賃金共々大サービスニダ」
地方官 「そうニカ♪ あー、これは仕方のない天災であり、そう報告するニダー(棒)・・・・
しかし、お前もワルニダよのう♪」
請負商人 「県令様にはかないませんニダ♪」
という具合であり、しかもこれはほんの一例であった。
(つづく)
[336:や(2008/11/14(金) 00:29:22 ID:wtgWmw8o)]
併合前の日朝(続き)
地方官は米の相場も左右にした。それが元で日本が損害賠償を求める事件が発生したことがある。
後に「防穀令事件」と言われるものである。朝鮮は、米の貿易に関しては地方官の判断で凶作の年には禁輸する「防穀令」を発することが出来、その時は実施1ヵ月前にそれを日朝両商人に知らせることになっていた。
しかし防穀令事件となった明治22年は朝鮮では稀に見る大豊作の年であった。
朝鮮商人「今年は大豊作ニダ。しっかり商売できるニダ」
農民「ホルホルホル、うれしいニダよ」
元山の日本人商人「ほっ。前金を払ったのが無駄にならずによかった」
普通の朝鮮人にとって主食でない米は、日本商人が前金を払うことを条件に農民に耕作を依頼する作物であった。そのことは地方令によって定められ、その額も作物の何割と決められていた。
咸鏡道地方官「今年の穀物の出来高はどうだったニカ?」
官吏「全体として大豊作です」
地方官「ほう。それはよかったニダ。で、米はどうニカ?」
官吏「米も大豊作ですニダ」
地方官「・・・そうニカ? ウリが見回った所は凶作だったぞ」
官吏「・・・?」
地方官「米は凶作ニダ! これは禁輸せねばならんニダ。防穀令を公布するニダ♪」
官吏「ニダ!」
官吏「皆よく聞けー!! 防穀令が発令されたニダー!! 農民は米を外国に輸出する商人に売ってはならんぞー!!」
農民「なぜニカー?! この通り豊作ニダよーっ!」
朝鮮商人「お役人さまーっ! どうしてニカー!困るニダー!」
官吏「うるさいニダ! とにかく防穀令が出たニダ! 違反した者は厳罰にするニダ!!」
日本人商人「待てよ! 豊作ではないか! それに防穀令を出す時には実施の1ヵ月前に日朝両商人に知らせることになってるはずだ! 何も聞いてないぞ!」
朝鮮商人「ウリも聞いてないニダ!」
官吏「ウリはそんなこと知らんニダよ。とにかく県令監司様からのご命令ニダよ」
日本人商人「こちらはもう前金払ってるんだぞ!どうしてくれるんだ!」
官吏「あーん? ここはイルボンではないニダ!朝鮮には朝鮮の法というものがあるニダ!その法令を実施しているだけニダ!」
日本人商人「これは我が領事館に訴えでなければらん!」
官吏「ふん、勝手にするニダ!!」
ということで、訴えを受けた日本領事は朝鮮政府に抗議。しかしいつもの通りのらりくらりの返事で埒が明かない。で、その間。
農民「困ったニダ。米を買う者はイルボン以外に殆どいないニダよ。作ったのが無駄になったニダ」
当然米価の相場は下落する。
地方官「米価はどれぐらいなったニカ?」
官吏「それはもうこれ以上はないほど充分下がってますニダ」
地方官「ニカ?農民どもが困っているだろう。よし、ウリがこれだけ買ってやるニダ」
官吏「そんなにたくさんですニカ?」
地方官「そうニダ。まとめて買うのだからう〜〜んと安く売るように言え!」
で、売れないよりはましと農民も安く売ったが、その後また情況が一変した。
地方官「よし。もう防穀令はいらんな。防穀令は解くニダ。そう公布してこい!」
官吏「皆よく聞けー!!防穀令は解かれたニダー!!もう、米を輸出商人に売ってもいいぞーっ!!」
農民「今さら防穀令を解いても前に売ったから少ししか残ってないニダ!!」
朝鮮商人「米が足らんニダ!足らんニダ!高く買うから残っているものも皆売るニダ!」
ってことで米価は今度は高騰する。
[337:や(2008/11/14(金) 00:34:19 ID:wtgWmw8o)]
地方官「よしよし。随分高くなったニダな♪それ!前買ったやつ全部売ってこい!」
官吏「ニダー!♪」
地方官「ホルホルホル♪大儲けニダー♪」
日本人商人は前金分も農民から得られないわ、朝鮮商人から高い米を買わされるわで、もう踏んだり蹴ったりの被害を被ることになった。
で、元山の大勢の日本人商人が朝鮮政府に損害賠償を求めて日本政府に請願。よって日本政府が交渉すること1年2ヶ月。ついに賠償金11万円を朝鮮政府に支払わせた。
これが防穀事件である。
「朝鮮では狡智に長けている者を器量人と言う」とは、かつて釜山草梁公館時代の森山茂理事官が朝鮮官吏を評して言った言葉である。
また地方官は、領民の生殺与奪の権を握り、勝手に地方税も作ることが出来た。出張するにも臨時に税を設けてその費用を集め、時に二重徴税も行った。
そもそも朝鮮では国民を疲弊させるに十分過ぎるほどの税の仕組みがあり、租税や公用金などを徴集する公署が7、8ヶ所もあって統一しておらず、各部署は勝手に税を徴収した。
中で最も奇怪なものが「春坊」「明礼宮」という臨時税の許可証であった。これは王宮に金を納めると手に入れることが出来た。
両班「ここらで人通りが多くて荷物が一番多く通過するところと言えば南大門通りニカ? 東大門の鐘路の方ニカ?」
家来「人が多いのは鐘路ですが、南大門通りの方が通過する荷物が多いですニダ」
両班「ニダ。そうニダ。では南大門通りで税金取るニダ」
家来「あ、遂に手に入れられましたニカ?」
両班「ニダ♪ 随分高くついたダ!」
と言って取り出して広げたのは、パパパパッパパーン♪
「誰でもどこでもいつでもお金が貰える荷物税カード!!」
両班「これさえあれば、河川でも通りでも関を設けて通行する荷物に課税して徴収することが出来るニダ♪」
家来 「南大門通りはお店が沢山ありますから荷物がたくさん通りますニダ!♪ だんな様は賢いニダ!」
両班 「ニダ!♪ 期日が決められているニダ。早く行って大金稼いでくるニダ!♪」
家来 「ニダー!!」
これがその臨時税の許可証であった。荷物の多い商人などはたまったものではない代物である。
[338:や(2008/11/14(金) 00:39:14 ID:wtgWmw8o)]
とにかくこの国では生産することよりも、いかにして人の物を取るかということに最も努力が払われた。だから何をするにも賄賂が必要であり、税金を納めることにすら賄賂を払って納めねばならなかった。農民は、収税官吏や雑役人等が様々に難題を持ち出すのを防ぐための賄賂として使うのに、税の5割増しの量を運び込まなければならなかった。
農民は疲弊し、その無気力さと哀れさは見るに堪えないものがあった。農地は改良されず開墾も殆どされなかった。収穫を増やしてもまた奪い取られるだけだったからである。
そして、飢饉ともなれば累々たる餓死者が出る惨状となったが、政府はそれも天命であるとして、殆ど救済処置をとることなく放置した。
昔は「活人署」と言うものがあって貧民のうち病気になった者を集めて治療していた時代もあったが、もうそれは名のみのものとなっていた。
また、かつては救済の穀物を貸すという制度もあったが、いつのまにか地方官の新任時に人々に屑米などの粗悪なものを強制的に貸し付け、法外な利息と共に上等の穀物で返却させるという狡猾な搾取手段に変貌していた。
また少しばかりの財産を持つ者があるを知ると、すぐに官吏が奪い取った。適当に罪を被せて収監して財産を没収するのである。財産ある者は努めて貧を装い、金品は床下などの土中に埋めて隠した。官吏や警吏の前で指輪など金品を持つ姿を見せることは、直ぐにその場で盗られることを意味していた。
この国の貧国弱兵の原因は、腐敗の一語に尽きる。
(つづく)
reda.cgi soutokufu version 2.05k3 2006/04/17