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【教えて】はじめてのぶんかじんるいがく
- 201 名前:九尾狐 ◆85KeWZMVkQ 投稿日:2007/12/17(月) 01:46:21 ID:0a1Q/6lU
- ちょっと今日はF1の総集編で見逃せないんだよなぁ(藁
- 202 名前:在日系 投稿日:2007/12/17(月) 01:48:58 ID:BU2hRR3Y
- カナダの従軍慰安婦決議案のスレのところで
弥生時代の話しになった時に、古墳時代の建造物か何かには
その何とか二 倭 凡 人 確かこれらの文字の入った種族の
影響が強く見られるのでと。
その何とか人って何だったかな。
- 203 名前:在日系 投稿日:2007/12/17(月) 03:12:34 ID:BU2hRR3Y
- 中国のタンの影響が 半島のワカメスープなのか
コチュジャン鍋が中国のタンの影響なのか教えてください。
- 204 名前:九尾狐 ◆85KeWZMVkQ 投稿日:2007/12/17(月) 03:20:50 ID:0a1Q/6lU
- >>203
F1の総集編も終わり今年も残り少なくなったなと改めて実感した。
さて、タンというのは韓国の汁物カテゴリーを指すのですが、中国も汁物を湯と書きます。
コチュジャンを使ったものは鍋物に多いことから、チゲに属するのではないでしょうか。
例として、サムゲタン・ソルロンタンなどのタンは白濁色ですよね。
- 205 名前:在日系 投稿日:2007/12/17(月) 04:17:36 ID:BU2hRR3Y
- ではタンの影響というのはワカメスープの事?
でもワカメは日本で食べられていたものでは?
- 206 名前:絶倫 ◆EKrk25jUlY 投稿日:2007/12/17(月) 15:37:05 ID:aDjCmmFs
- ハン板の方のスレッドで、日本で最古の稲作の痕跡としてプラントオパールが発見された、
朝寝鼻貝塚について、沿岸部じゃない云々を述べているようだが、
あそこは、今でこそ、海から遠く離れているよう見えるが、
縄文時代のころは、海があのあたりまでひろがっていたのよね。
今、少しはなれたところにある、児島湖は、以前は、児島湾といわれ、
有明海のような遠浅の湾だったので、古来より干拓が盛んだったんだけど、
高度経済性長期に、今でいうと諌早湾のように、堤防で海と仕切られ、
淡水化と干拓が進められたから、今の様になっただけね。
- 207 名前:絶倫 ◆EKrk25jUlY 投稿日:2007/12/17(月) 15:44:25 ID:aDjCmmFs
- ちなみに、児島湖は、日本でも一、二、世界でもトップクラスにでかい人工湖なので、
干拓や淡水化の逸話は、受験勉強をしている方々などにも、知っていて損はないと思うがの。
- 208 名前:在日系 投稿日:2007/12/17(月) 15:59:57 ID:Pw2caWXg
- それは四国あたりが海に埋もれていたという事?
- 209 名前:絶倫 ◆EKrk25jUlY 投稿日:2007/12/17(月) 16:37:22 ID:aDjCmmFs
- >>208
いいえ、違います。
瀬戸内海の存在をお忘れですか?
- 210 名前:tenpura ◆9DUMAIu01k 投稿日:2007/12/17(月) 17:24:52 ID:PDMwD8h.
- 本家が動かないので来てみれば、こんなところに…
- 211 名前:名無しさん 投稿日:2007/12/17(月) 22:01:46 ID:lseNeVBs
- アレ?中国料理でワカメを使うってあまり聞かないなぁ
韓国でもワカメスープ以外になにかある?
- 212 名前:絶倫 ◆EKrk25jUlY 投稿日:2007/12/17(月) 22:46:45 ID:aDjCmmFs
- >>211
中国では、食材というより、漢方薬の材料として海藻を利用していたようだわね。
- 213 名前:在日系 投稿日:2007/12/17(月) 23:20:05 ID:VTwI7yCo
- 瀬戸内海が広がっていたという事ですか?
その場合でも流れ着いた船は四国などにたどり着くのではないですか?
- 214 名前:在日系 投稿日:2007/12/17(月) 23:32:32 ID:VTwI7yCo
- つまり江南あたりから船ででていって、沖縄周辺の島々ではなく
海流に乗って四国方面へ来たという事までは分かります。
しかし結局四国に流れ着くはずです。
その場合四国で最古の稲が見つかってなくて、瀬戸内海などの入り組んだ岡山あたりで
見つかっている。
- 215 名前:名無しさん 投稿日:2007/12/17(月) 23:43:01 ID:lseNeVBs
- >>212
なるほど。ご教示感謝です
>>214
四国はうどんの名産地だな。うどん、蕎麦が名物の地は、何らかの理由で
米作りに適していなかった(その後克服されたかもしれないが)土地が多い。
- 216 名前:絶倫 ◆EKrk25jUlY 投稿日:2007/12/17(月) 23:47:57 ID:aDjCmmFs
- なんか、いつも、有るストーリーを考えてあるような気がしてならないな。
まず、流れつくことと、定着することは、同義ではないと思うがね。
次に、岡山の遺跡のプラントオパールが示しているのは、
あくまで、その地で稲の栽培の痕跡が、あったという話であって、
この遺跡の調査結果から、今後は、縄文時代の遺跡も、
稲の栽培の痕跡が出てこないか?
再度、調査しなおす必要性が出てきたということなる。
最後に、誰が、四国に、はじめ、流れついたって、述べたの?
- 217 名前:絶倫 ◆EKrk25jUlY 投稿日:2007/12/17(月) 23:52:44 ID:aDjCmmFs
- >>215
九州北部などもそうですが、稲作の裏作として麦を栽培する地域が、瀬戸内沿岸では多いです。
- 218 名前:在日系 投稿日:2007/12/18(火) 00:10:48 ID:FjEqNFMU
- 例えば水稲の古さが日本の方が古いから日本に先に水稲を持った
弥生人が来たといっている。
その理屈なら、一番古い稲が見つかった岡山あたりは
入り組んだ海路になっているから、そこに流れ着いたというのが始めになってしまう。
だからあくまでその地で稲の栽培の痕跡が、あったという話なんでしょ?
それなら、日本の方が稲が古いから先というのは何でそうなるの?
- 219 名前:絶倫 ◆EKrk25jUlY 投稿日:2007/12/18(火) 00:39:32 ID:6grapdYA
- あのさ、岡山県に注目しているようだけど、プラントオパールだけで、研究者の方々がいろいろ論じて、
朝鮮半島からの渡来説に疑問符をつけているのだと、思わない方が良いよ。
たとえば、プラントオパールでは、岡山が最古だけど、土器についた、稲籾の痕なども研究している方々もいて、
そちらの研究では、当然、岡山の土器からも出ているわけだけど、九州南部の熊本の土器では、
縄文中期に稲作が行われた痕跡が見付かってるわけ。
この土器の稲の痕跡の場合、岡山の遺跡よりも古い、4000年〜4500年くらい前のものなわけ。
今後、既に出土している土器を調べていくだけでも、いろいろ分かってくると思うよ。
最後に、先ほども述べたけど、他の遺跡からも、いろいろな手法で、稲作の痕跡が見付かる可能性が出てきたわけ。
参考
縄文時代に稲作 西日本縄文文化研究会で報告
ttp://www.kobe-np.co.jp/rensai/cul/316.html
- 220 名前:在日系 投稿日:2007/12/18(火) 00:45:54 ID:FjEqNFMU
- なるほど。
- 221 名前:RX-77安崎 ◆8vgyqvA3/A 投稿日:2007/12/18(火) 01:33:27 ID:EBM.7H.o
- 二元中継かよ・・・
- 222 名前:在日系 投稿日:2007/12/18(火) 03:22:44 ID:FjEqNFMU
- 九尾狐 ◆85KeWZMVkQ さん あなたが最初に俺に提示していたリンクは
何だっただろうか?
カナダが従軍慰安婦決議案採択のような題名のスレがあっただろ?
あそこで弥生時代の話しになった時に
紀元前10世紀頃の半島北部は北東アジア系の骨を持つ人々がいて
同時期の半島南は縄文系の骨を持つ人々がいて
日本で見つかった九州北部の最古の水稲跡からは北東アジア系の骨があって
その北東アジア系の骨は江南でも見つかっていた。
だから江南から水稲を持ってきたのではないかといった感じの主張がされたリンクだった。
- 223 名前:絶倫 ◆EKrk25jUlY 投稿日:2007/12/18(火) 05:10:20 ID:6grapdYA
- あの・・・、また、議論を元に戻す気?
なんか、数年前に、狐氏が出したソースを元に、又やり直そうって話?
- 224 名前:sweeper ◆HBa/NeetAA 投稿日:2007/12/18(火) 08:08:18 ID:h3rjeDQA
- まずは正確なスレタイを提示するので、そこから該当部分を探して来たらいかがでしょう。
海外は日本の従軍慰安婦問題はクロだと信じてる
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/korea/1187687069/
- 225 名前:在日系 投稿日:2007/12/19(水) 01:28:19 ID:/pVoL2do
- >>223
弥生時代の江南人と北東アジア人の骨にはっきりした違いが見られないので
区別がつきにくいんでしょ?
それはそれ以前の互いの交流の中で区別がつきにくくなったの?
- 226 名前:在日系 投稿日:2007/12/22(土) 03:32:49 ID:WfafkQ5s
- 楽焼世代に中華と書かれていて、そして朝鮮人とも書かれていたわけだろ?
同じ資料だから、どちらが有力ともいえないのでは?
例の中国の技法についても、日本人だって使用していたなら
根拠の一つになりえないし。
- 227 名前:名無しさん 投稿日:2007/12/22(土) 09:55:07 ID:VP7zzgvg
- 本スレ 立っておりま〜す。
【下駄箱】はじめてのぶんかじんるいがく【ラクヤキ】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/korea/1198284650/
- 228 名前:名無しさん 投稿日:2007/12/24(月) 16:04:31 ID:OAQYrdCE
- 本スレの方、諸説入り乱れてるせいで在日君じゃなくても訳分からなくなるwwwww
- 229 名前:名無しさん 投稿日:2007/12/24(月) 22:11:00 ID:yNBPbfS6
- 在日系ってもしかして桜は草の在日・・・なの?
- 230 名前:ふゆやすみのしゅくだい(1/7) 投稿日:2008/01/02(水) 13:17:47 ID:5VMKybqk
- ネット右翼的古代製鉄考
1 文系の方向けの基礎知識
鋼とは、鉄に0.0218〜2.14[mass%]の炭素を含ませた物である。イメージとしては「鉄と炭素の合金」と
考えていただきたい。
さて、鉄鉱石なり砂鉄から鋼を作るためには
A 原料中の酸化鉄を還元して金属鉄を得る
B 鉄に適切な量の炭素を含ませて鋼とする
という2工程が必要となる。そして通常、工程Aでは還元剤として炭素(正確には炭素が不完全燃焼して生じる
一酸化炭素)を用いるため、一般に工程Bは「過剰の炭素を酸化して取り除く工程」となる。「鉄は還元し、炭素は酸化する」
という逆方向の反応を使い分けることが鋼作りには必要である。
近代的な製鉄法では、まず高炉で酸化鉄を還元して銑鉄(鋼よりも炭素含有量の多い鉄。鋼より融点が低く、脆い)を
作り、これを転炉などで脱炭して鋼を作る。すなわち前に述べた工程Aと工程Bを別の炉で行う。このような
製鉄法を間接法と呼ぶ。
一方、原料から鋼までを一つの炉で作成する(工程AとBを一炉で行う)方法を直接法と呼ぶ。
中国北部で古来より行われていた炒鋼法は間接法に属する。一方中国南部やインドでは直接法による製鉄が
行われていたと考えられている。日本のたたら製鉄も一応こちらのグループに属す。
効率的なのは間接法である。鉄の還元と炭素の酸化を、それぞれに適した構造の装置で行えるからである。ただし
炉を2つ使い、両者の間で鉄を運搬しなければならないなど、技術的ハードルは高い。また、ごく小規模な製鉄では
炉を2つ運営する必要がある間接法より直接法が手軽かも知れない。
- 231 名前:ふゆやすみのしゅくだい(2/7) 投稿日:2008/01/02(水) 13:20:23 ID:5VMKybqk
- 2 たたら−原始的な製鉄法
*警告! ここから先、たたら製鉄をかなり貶します。「たたら製鉄万歳。玉鋼こそ究極にして至高」という信念を
お持ちの方は読み飛ばすことを推奨します
さて、我が国の伝統的製鉄法である「たたら」だが、かなり原始的で稚拙な技術といっても大嘘にはならないだろう。
大きな問題点は「火力の不足」(純度を追求する場合に限っては、これは一面長所でもあるが)と「燃料と還元剤の未分離」である。
(1) 火力の不足
たたら製鉄では、鋼の融点(1370℃前後。組成により異なる)に到達できない。時代にもよるが炉底温度は高くて
1200℃前後だったようだ。つまりたたらでは鋼を液化できない。これがどう問題になるか、均質な鋼を作れないのである。
たたら製鉄の製品は、同じロットでも品質が不均一な塊しか作れない。このため、たたら製鉄の鉄は品質ごとに
分類し、必要に応じて熱して叩くという原始的な方法で脱炭する「大鍛冶」あるいは「おろし金」という工程が必須であった。
(2) 燃料と還元剤の未分離
これは炉の構造的には「るつぼ」を使用しないことにある。るつぼを使用する場合、るつぼの中に鉄鉱石または砂鉄と
炭を入れるつぼを外部から過熱する。るつぼの温度が上がるにつれ鉱石中の酸化鉄が還元され金属鉄が得られる。還元が
進行したところで、るつぼに十分な空気を通じて過熱を続ければ残存する炭素は燃えて減っていき、適切な炭素量に
調整した鋼を作ることが出来る。つまり同じ炭を使っても「るつぼ内の炭」は還元剤兼添加剤、「るつぼを熱する炭」は
熱を得るための燃料と区分され、それぞれの量を個別に調整できる。
しかしるつぼを使用せず、炉内に酸化鉄と炭を混合投入するたたら製鉄では、「還元剤」と「燃料」を区別することが
出来ない、当然、鉄に加える炭素量をコントロールできない。
以上のようにたたら製鉄は、原始的で工業的にはかなり問題が多い方法である。明治以降西洋式製鉄法に一蹴されて
しまったのも無理ないところであろう。
- 232 名前:ふゆやすみのしゅくだい(3/7) 投稿日:2008/01/02(水) 13:21:55 ID:5VMKybqk
- 3 古代中国の鉄事情
中国における鉄器の使用は、殷代(BC1700〜1080頃)まで遡ることが出来る。現存する中国最古の鉄器は河北省にある
殷代中期の墳墓から出土した鉄刃銅鉞(刃の部分が鉄、他は青銅のまさかり)であるが、この鉄は隕鉄と考えられている。
人工的に作られた鉄製品は西周時代(BC1100〜770年)の鉄剣まで下る。この時代のものでも強度は武器としての使用に
耐える強度を持っておらず、実用品は青銅、鉄は儀式用という時代だったと推測される。余談であるがこの使い分けは
古代日本と逆であるのが興味深い。
鉄器が実用品となり、青銅器に取って代わるのは戦国時代(BC403〜221年)も中期以降と考えられている。戦国七雄の
ひとつ燕の遺跡からは、大量の鉄製鋳型が出土しており、鋳造鉄製品の量産が行われていた事を示している。
漢代に移るとBC110年、鉄は国家による専売制が敷かれる。
古代中国の製鉄法は大きく2つの流れに別れる。一つは西周時代後期に成立したと思われる直接法製鉄の塊錬鉄法、
もう一つが春秋時代に青銅器の製造技術から発展したと思われる銑鉄の製造法である。この銑鉄を脱炭して鋼を得る炒鋼法も
前漢時代までには確立したと考えられる。欧州で炒鋼法と同様の技術が生まれるのは15世紀以降、日本に至っては19世紀まで
たたら製鉄にしがみついていた事を思うと、遅くとも1世紀にこの技術まで到達していた古代中国の科学力は、驚異という
他に言葉がない。
- 233 名前:ふゆやすみのしゅくだい(4/7) 投稿日:2008/01/02(水) 13:23:31 ID:5VMKybqk
- 4 古代朝鮮半島の鉄事情
朝鮮半島における鉄器時代はBC300年前後からとされる。中国史では戦国時代、朝鮮史では衛氏朝鮮かそれ以前に相当する。
朝鮮初期の鉄器は先に述べた燕の鉄器と共通点が多い鋳造品が中心である。「史記」によればこの頃の朝鮮半島は燕の
支配下にあったとされること、朝鮮史における検証可能な最初の国家である衛氏朝鮮は燕の武将衛満によって興されたという、
同じく史記の記録と整合する。
この時代の鉄器は単合笵という特殊な鋳型を用いるのが特色である。燕の系譜に属すると見られるこの特徴は、中国本土で
見られなくなっても朝鮮半島では統一新羅時代まで存続が認められる。
前漢は征服した朝鮮半島に4つの郡を置いて直轄地とした(BC108年)。4郡の中でも最大の楽浪郡の遺跡からは精巧な
鍛造鉄の遺物が出土しており、漢の鍛冶技術が流入したことを伺わせる。
朝鮮半島の製鉄技術であるが、紀元前の物については製鉄遺構が見つかっておらず明らかでない。しかし、一世紀の
鍛冶工房(慶州市隍城洞遺跡)から銑鉄と塊錬鉄の両方が同時に出土しており、この頃には間接製鉄と直接製鉄が並立
していたと見られる。また、隍城洞遺跡からは中国戦国時代の形式であるL字型の送風管が出土しており漢以前の技術が
未だに使われていたことを示唆している。
魏志東夷伝弁辰条には「国出鉄 韓、ワイ、倭 皆従取之」とあり、3世紀頃には弁辰(朝鮮半島南部)から鉄の輸出が
盛んに行われていたようだ。だが、ここでいささか気になる遺跡が存在する。釜山にある莱城遺跡はこの時代の鍛冶遺跡だが
この遺構から出土する土器の94%が弥生土器なのである。単純に考えれば九州の弥生人が釜山に進出して鉄を採取、
加工していた事になり、「先進国朝鮮が野蛮国倭に鉄を与えていた」という構図は見直しを迫られている。
直接法から能率がよく大量生産が可能な間接法への転換は、朝鮮半島全域で四世紀後半から五世紀前半には
完了していたと考えられる。
- 234 名前::ふゆやすみのしゅくだい(5/7)[ 投稿日:2008/01/02(水) 13:25:39 ID:5VMKybqk
- 5 日本列島における製鉄の起源
日本列島において製鉄がいつ頃から始まったのかは、未だ決着がついていない問題である。一昔前は6世紀頃に
朝鮮半島から技術導入されて製鉄が始まったもので、それ以前の鉄は朝鮮半島からの輸入に依存していたという考え
(舶載説)が支配的であった。
しかし、弥生時代における鉄器の普及を全て輸入鉄でまかなったとは到底考えられない、広島県の小丸遺跡から、
3世紀の製鉄施設跡と見られる遺構が発見されたことなどから、弥生時代には国内で製鉄が行われていたという考え
(国産説)も根強い。
さて、上で述べた中国・朝鮮の鉄関連技術、そして当時の政治的事情を念頭に置くと、6世紀に朝鮮から学んだ技術が
日本製鉄の祖であり、それ以前は朝鮮からの輸入に全面的に依存していたという主張には素朴な疑問を禁じ得ない。
主要な疑問は2つある。
第一は「もしここで伝えられたのがたたら製鉄だとしたら、あまりにも原始的すぎないか?」というものである。
日本に製鉄法を伝えたという朝鮮人が当時大陸最新の技術を持っていたと考えると、たたら製鉄は最低でも100年前に
通り過ぎた技術である。何でこんな技術を今さら?この朝鮮人は炒鋼法を知らなかったのか?
第二は「何故敵に鉄を贈るのか」である。
三国史記、広開土王碑をみるに、4〜5世紀の朝鮮半島諸国にとって倭は軍事的脅威である。もし、6世紀以前の倭が
鉄の供給をひとえに朝鮮に依存していたとしたら、何故これだけの脅威になり得るのか。また、脅威ならば当然
とるべき対策である「鉄の供給停止」を行わなかったのは何故か、ましてや製鉄技術まで供与したというのには
寡聞にして納得の行く説明に出会ったことがない。
単純に考えると供給停止できない(産地を抑えられている)、あるいは停止しても無駄(倭は朝鮮以外から鉄を入手できる)
のいずれかまたは両方ということになる。製鉄技術についても同様に、倭が既に製鉄技術を保有していたかあるいは
朝鮮以外から技術供与を受けることが可能だったと考えざるを得ない。
(続く)
- 235 名前:ふゆやすみのしゅくだい(6/7) 投稿日:2008/01/02(水) 13:27:16 ID:5VMKybqk
- (続き)
また、舶載の鉄についても輸入元が朝鮮半島のみとは限らない。5世紀の築造と見られる大和6号古墳から出土した
鉄テイ8個の成分を分析したところ、そのうち3個から0.1%以上の銅が検出された。日本国内及び朝鮮半島の鉄鉱山でこの
条件を満たす物は全て近世以降の開山である。このことからこの鉄テイは半島以外の地域、おそらくは山東半島から
揚子江流域にかけてで採取された鉱石で作られていると推定される。また同じく大和6号古墳の鉄テイはサンプルの
採取場所によって組成がばらつくことから直接法で製造された可能性が指摘されている(鉄を完全に溶融する
炒鋼法なら、一個の鉄テイの組成はほぼ均一になるはずである)。
当時の朝鮮半島は既に間接法(炒鋼法)への移行を完了していたと考えられることから、大和6号古墳の鉄テイが全て
朝鮮半島からの輸入品では説明できなくなってきている。
*テイは金偏に廷
ということで筆者は国産説に賛成したい。ただし、その製鉄技術は中国に比べ数百年も遅れた物である。ということは
国内の製鉄技術は6世紀より相当昔(小丸古墳が真に製鉄遺跡なら3世紀以前)に伝わった物か、あるいは朝鮮を含む
中華文化圏以外の地で生まれた物と推測される。
ではいつ、どこから来た物か?といわれると返答できないが、在野の研究者である百瀬高子氏によるちょっと
興味深い主張を見つけたので紹介する。縄文時代の技術で製鉄は可能であり、実際長野県諏訪湖周辺で行われていたと
いう物である。
原材料は諏訪湖周辺に存在する高師小僧と呼ばれる褐鉄鉱という。高師小僧は植物の根の周囲に土中の鉄分が析出して
出来たもので当然地表付近に産生、つまり「掘るまでもなく地上に転がっている」。主成分は砂鉄や通常の鉄鉱石の
ような酸化鉄ではなく水酸化鉄であり、400℃程度で融解する。800℃前後の温度を半日維持することが必須の縄文土器
製作技術があれば、高師小僧からの製鉄は可能であるというのが百瀬氏の主張骨子である。百瀬氏は穴を空けた土器の壷を
炉の代わりとして高師小僧からの製鉄実験を行い、金属鉄を得ることに成功したという。百瀬氏の主張全てを直ちに首肯は
出来ないが、日本では青銅より先に鉄が知られており、大陸と系統を異にする原始的な製鉄技術が弥生時代以前から
存在したとすれば、これまでの疑問が相当程度解消するので今後の研究に期待して筆を置く。
- 236 名前:ふゆやすみのしゅくだい(7/7) 投稿日:2008/01/02(水) 13:28:09 ID:5VMKybqk
- 蛇足 日本人は何故たたらに拘り続けたのだろう?
日本人は歴史を通じて、外来文化の導入に積極的であることに異論は少ないだろう。しかし製鉄だけは何故か
近代までたたらに拘り続け、間接法を導入していない。
例えば刀の需要が増したという戦国時代初期に、明の炒鋼法による製鉄と鋳造法による作刀を持ち込む者がいれば、
日本刀は駆逐されてしまったのではないだろうか?
しかし実際には中華の技法を用いることはなかった。何故導入しなかったのか? 導入できなかったのか?
このあたりは不可思議ではあるが、研究の事例を知らない。識者のご教示を賜ることが出来れば幸いである。
- 237 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/05(土) 17:34:15 ID:D0bYm8bg
- 鋼を作る作業自体が神事だったから、新しい手法が用いられることに抵抗があった。
というのは、どう?
- 238 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/06(日) 01:22:28 ID:7kTw.SYU
- それならそれで、神事としての製鉄と工業としての製鉄を別にやりそうな気がする
- 239 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/06(日) 11:31:49 ID:m6c0dt6M
- 単純に、日本人には間接法は難しすぎてパクル事も出来なかったって可能性は?
世界史上でも自力でたどり着いたのは、中国とあとヨーロッパに一国ある程度の
ハイテクだったようだし
- 240 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/06(日) 14:17:58 ID:ohByYJ6I
- 日本が鉄の原料にしていた“砂鉄”は、砂の採集は簡単でも選別に手間のかかる事、
小規模・少量の生産にはたたら製鉄の方が向いていた事、
鉄の需要に供給が追いついていた事、
卸し金の工程が各鍛冶場で行えた事、
この辺りではないかと愚考します。
- 241 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/07(月) 18:24:25 ID:w.LUBHzs
- 昔はご飯を何で炊いていたのだろう?
青銅製の釜なのだろうか?
蒸すにしても大量のお湯が沸かせる物は必要になるのだし
刃物や釘だけであれば、たたらだけで十分な気もする
- 242 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/07(月) 20:44:25 ID:CaFij5mg
- たたら製鉄と言えば日立金属(現在操業している唯一のたたら)ということで、日立金属のページ
http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/index.htm
- 243 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/07(月) 23:18:51 ID:1596T6gM
- >>241
鉄釜が普及する前は甑で蒸すのではないかな?
- 244 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/08(火) 00:26:56 ID:zbzx47NI
- >>241
二重底の、蒸し器に使われていたとおぼしき土器も出土しているわけで。
- 245 名前:熱湯 ◆NettobIFhI 投稿日:2008/01/08(火) 09:06:02 ID:b9weAhRQ
- 私、鋳鉄が本職ですが…難しいことがわからんですw
で、ズク(銑鉄)を脱炭して鋼を得る炒鋼法が日本で普及しなかった訳ってのは
燃料の問題ではないかなって考えます。
踏鞴の場合、木炭が基本燃料ですが
おそらく炒鋼法では石炭を使用出来たのではないでしょうか。
|-`).。oO( 火力が違いますからねぇ…
- 246 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/08(火) 11:54:53 ID:lwkfa/CA
- 時代劇に出てくるような鉄の羽釜が出たのは
鎌倉時代以降と考えられています。それ以前は
既出のように土器で蒸す(強飯)か、土鍋で
おかゆにしてました。普通に炊いたご飯(姫飯)は
平安時代ごろに粥から生まれたもので、当初は
土鍋で作ってたようです。
- 247 名前:安崎ワンコー守 ◆Nyago/LmVE 投稿日:2008/01/08(火) 14:14:33 ID:mbneEiVg
- あとは「ちまき」ですな。
笹の葉で米を包んで茹でる。
- 248 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/08(火) 14:18:11 ID:YqanZvVY
- >>245
実感としてはそんなに違うものですか
手元の化学大辞典でみたら、木炭の発熱量が
7000cal/g内外、石炭は無煙炭で8600cal/g内外と
なっており、木炭高炉なんて事例もあるので、
決定的な差でもないかなと思ってました。
- 249 名前:熱湯 ◆NettobIFhI 投稿日:2008/01/08(火) 15:05:56 ID:b9weAhRQ
- >>248
>7000cal/g内外、石炭は無煙炭で8600cal/g内外と
といっても、単位量を同じにした場合、そのカロリーの持続時間が違ってくるわけです。
湯(鉄の溶けた奴)の粘度(見た目ね)が全然違ってくるとおもいますよ(w
あと、木炭で溶かした銑鉄とコークス(石炭ね)で溶かした銑鉄だと
銑鉄の組成が違ってきます。 (石炭の方は硫黄分が入り、木炭の方は炭素分が多くなりがちです)
|∀・).。oO( 細かいコトいうと その炭素の形成具合とかあるんですが、ここでは割愛w
- 250 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/08(火) 19:13:56 ID:4ucdX1FY
- ヨーロッパの方で、木炭+季節風で製鉄するってのをマンガで見たような記憶があるが、
アレはフィションだったかな?
- 251 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/08(火) 21:39:35 ID:8lOnIWuI
- 初期のスエーデン鋼は木炭で作られたと
聞いたことがある。
- 252 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/08(火) 23:09:48 ID:.DvdQwyY
- >>250
木炭+水車ふいごならありそうですが、季節風ってのはどうでしょう?
むしろ東洋の登り窯を使って高温を得る方法の方で使いそうですね
- 253 名前:250 投稿日:2008/01/08(火) 23:33:13 ID:ovV1gNEw
- スエーデンの話だったのかな?
確かにフィヨルドみたいな地形で、湾の奥の崖のに炉の空気取入口があって
季節風がその方向に吹く時だけ炉の中で鉄が溶ける、みたいな説明ゼリフがあったので印象に残っていたのだけど
- 254 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/08(火) 23:47:21 ID:.DvdQwyY
- ttp://kkuramoto.web.infoseek.co.jp/hittai.html
ヒッタイトの製鉄は季節風が絡む…らしい
- 255 名前:熱湯 ◆NettobIFhI 投稿日:2008/01/09(水) 09:22:07 ID:FqmPNAX2
- 木炭で製鉄/精錬は出来るですよ。
|-`).。oO( 製鋼(間接法による)となるとチョト疑問です。
>>231の(2)に坩堝について指摘がありますが
その材質と強度(持ち具合)とかも興味があるところですねぇ…
- 256 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/09(水) 11:30:41 ID:mvkvF0m6
- 古代中国の例ですが、1世紀には既に1300℃前後に耐える
耐火レンガが発明されていて、製鋼はこいつで作った炉を用いたようですね。
耐食性についての情報が無いので持ちはわかりませんが。
ただ、使い捨ての素材でるつぼを作っても、炉の主要部を使い捨てるたたらよりはマシかも。
- 257 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 02:22:20 ID:oXDkYgX6
- オーストラリアは関係ないのに、日本は攻撃していたんだろ?
ABCD包囲網に参加していないのに。
- 258 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 02:37:27 ID:SomThFYQ
- オーストラリアやニュージーランドは、
独立後もほとんどイギリスの子分として戦争に参加してるから、
イギリスが参戦してればイギリスを手伝いに来るからね。
当時、そして戦後も、オーストラリアは、白豪主義といって、
白人至上主義の国だったし。
- 259 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 02:41:40 ID:oXDkYgX6
- >>258
じゃあつまりオーストラリアも勝手に参加して
日本を攻撃したので日本も攻撃したと?
- 260 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 02:47:12 ID:SomThFYQ
- ばっちり連合国側で参戦してた。
フィリピンで日本に敗退したマッカーサーも、
オーストラリアに逃げてたし。
- 261 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 02:51:48 ID:oXDkYgX6
- >>260
じゃあ他の国は?ABCD包囲網に参加もしてなく
オーストラリアのようにABCD包囲網側に加わってもなかったのに
日本が東南アジアで攻撃した国はあったの?
- 262 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 02:52:59 ID:SomThFYQ
- 当時、いくつの独立国が、東南アジアにあったのか調べておいで。
- 263 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 02:56:35 ID:oXDkYgX6
- いや違う、東南アジアのことじゃなくて
そこにいたヨーロッパの国の事だよ。
日本に何もしてないのに、日本が攻撃した国はなかったの?
- 264 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 03:01:24 ID:SomThFYQ
- あと、オーストラリアと日本は、
東南アジアの各地でも、ずっと戦ってたよ。
オーストラリアの対日宣戦布告が1941年で、
日本の本土攻撃が1942年だから、別に無関係の国を襲ったわけじゃない。
- 265 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 03:05:59 ID:oXDkYgX6
- >>264
じゃあ日本が攻撃したのは、日本に何も攻撃していない国に対しては
なかったと?東南アジア民族は除外して。
- 266 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 03:08:45 ID:SomThFYQ
- んじゃ、逆に聞くけど、
東南アジア・東アジアをヨーロッパが勝手に植民地にしていた状態で、
そこを勝手に日本が植民地にしたり、
独立支援をしたりしたらダメというルールはあったの?
あったとしたら、誰が決めたの?
日本が独立を支援していた場合、独立したいのは誰? されたくないのは誰?
- 267 名前:在日 投稿日:2008/01/10(木) 03:12:38 ID:oXDkYgX6
- 前者は東南アジア人で後者はヨーロッパだろ?
という事は、日本の何もしてないのに日本が攻撃した国はあったんだな?
- 268 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 03:17:20 ID:SomThFYQ
- んじゃ、そもそも、
どうやって東南アジアがヨーロッパの植民地になったのか、考えてみて。
で、同じような事を日本がやったらダメな理由を答えて。
あと、大東亜会議といって、
ヨーロッパからのアジアの独立を望む諸国を、
日本が集めた会議が、なぜ成立したのかとか、
どこが参加し、そのあとどうなったのかも考えて。
- 269 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 03:20:38 ID:oXDkYgX6
- >>268
つまり大東亜戦争の為にやったのはわかったが
日本に攻撃しなかったが日本が攻撃した国というのは
どこの国だったの?
- 270 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 03:31:54 ID:SomThFYQ
- それ聞いてどうするの?
太平洋戦争が開始されたあと、対日宣戦布告をした国以外に、
攻撃した国があったか調べろと?
戦場は、だいたい連合国側の植民地だったし、そんなとこあるのだろうか。
日本になにもされてないのに、対日宣戦布告してきた国もあったけどね。
- 271 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 03:35:00 ID:oXDkYgX6
- スペインとかポルトガルやフランスは?
- 272 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 03:47:26 ID:SomThFYQ
- フランスは、インドシナ半島に植民地があったんだけど、
日本がそのあたりに行った時には、フランス本国がドイツに占領されてて、
ドイツの言いなりになる政権が立ってたから、戦ってない。
スペイン・ポルトガルは、そのへんに当時はいなかったし、
本国もそれどころじゃない。
正直、何でも暗記してるわけじゃないので、
高校生レベルの資料集見ながら書いてるけど、
疲れるので、今晩は、もうあまり教えて君をするな。
ちょっとは自分で調べろってみんなに言われてるだろ。
- 273 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 03:52:06 ID:oXDkYgX6
- つまり日本はいくら大東亜戦争だといっても
日本に攻撃した国とそうでない国を分けて攻撃していたと?
- 274 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 03:56:32 ID:SomThFYQ
- だって、ABCDで囲んで日本をいじめてたんだもん。
だから、その、アメリカ・イギリス・中国・オランダに対して、
戦争を始めたわけで、東南アジアはたいていが、
そのフランス領を除けば、イギリス・オランダの植民地だったわけで、
唯一の独立国だったタイは、
日本と軍事同盟を結んでイギリス・アメリカに対して自国を守ったし。
- 275 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 03:57:25 ID:SomThFYQ
- あ、中国と満州の話は、この東南アジア方面の太平洋戦争とは別ね。
- 276 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 04:00:17 ID:oXDkYgX6
- >>274
タイは独立国というけども欧米の植民地ではなかったというの?
- 277 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 04:05:02 ID:SomThFYQ
- うん。
えらい王様が居て、ヨーロッパの知識を輸入したりして、
それなりに近代化に取り組んでいたしね。
「王様と私」っていう映画やミュージカルのモデルにもなってるけどな。
まあ、イギリス人家庭教師とのロマンスは事実じゃないだろうけど。
- 278 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 04:08:27 ID:oXDkYgX6
- >>277
そうか。
でもタイは日本と共に戦ったという事は、それはようするに
タイは日本の敵に攻撃されてないのに、それらの国を日本と共に攻撃したというの?
- 279 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 04:15:30 ID:SomThFYQ
- どっちかというと、
タイも、タイの物だと思っている土地を、フランスに取られていたので、
それを取り戻したかったようだ。
なので、日本がそこらあたりに行くまえに、もうフランスと戦っていた。
んで、日本と同盟後、タイはそのせいで、
アメリカとイギリスに攻撃されてる。
- 280 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 04:18:59 ID:oXDkYgX6
- >>279
つまりまだタイは直接アメリカを攻撃してないのに
攻撃してきたと?
それなら戦後にタイは戦勝国から、日本同様に
色々裁判に駆り出されたとか?
- 281 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 04:23:30 ID:SomThFYQ
- 戦後、当時の首相を辞めさせて逮捕し、日本人に無理やり同盟させられたと言い訳し、
戦争で取り返した土地も、フランスに返還したので、
タイは裁判には出なくてよくなったらしい。
で、その後に、当時の首相も無罪放免になって、また首相になったという事だ。
ところで、明日も普通に会社なので、もう帰るね。
- 282 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 04:25:09 ID:SomThFYQ
- っつーか、明日っていうか今日だな。
少しでも寝ないと死ぬ。
インドシナ半島のタイ以外の国が、その後どうなったかとか調べるのも興味深いよ。
- 283 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 04:28:36 ID:oXDkYgX6
- なるほど、しかしフランスはABSD包囲網に参加してないのに
タイとフランスの争いなのになぜタイはフランスに返還したんだろうか。
フランスはアメリカ側でもないのに。
- 284 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 04:32:28 ID:SomThFYQ
- う、帰ると言ったけどこれだけ。
フランスは、ドイツに負けて、ドイツに都合の良い政権になった。
が、その後、ドイツが連合国(アメリカとかイギリスとかの仲間ね)に負けたので、
その政権は倒れて、戦後のフランスはアメリカ側。
- 285 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 04:36:49 ID:oXDkYgX6
- >>284
じゃあつまりサンフランシスコ条約の加盟国というのは
日本との戦争関係国というだけではなく、ドイツとの戦争関係国も
混ざっていて日本と戦争していない国も当然いたというの?
でもドイツと日本は確か同盟を結んでいたよな?
- 286 名前:在日系 投稿日:2008/01/10(木) 04:39:08 ID:oXDkYgX6
- もしかしてフランスはそのドイツ敗戦直後から
アメリカなどと同盟を結んだの?
- 287 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 05:00:08 ID:SomThFYQ
- フランスは、ナチスドイツに協力したヴィシー政権と、
国外に逃れてフランスを取り戻そうと戦った人たちと、
国内でナチスドイツに反抗したレジスタンスに分かれていた。
ある意味、枢軸国側(ドイツとか日本とか)のフランス(ヴィシー政権)と、
連合国側のフランス(アフリカでドイツと戦ったシャルル・ド・ゴールとか)がいたという事。
で、戦争が終ったあとで、シャルル・ド・ゴールがフランスの大統領になった。
やっぱ、世界史をちゃんとやった方がいいよ。
こういう話をするなら。
- 288 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 10:30:59 ID:XQDhp3BE
- 新スレです。
【下駄箱】初めての文化人類学く【果てしない夢】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/korea/1199928333/
- 289 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/10(木) 10:46:19 ID:ObrSYMv6
- 1世紀中国から20世紀オーストラリアに突如タイムワープ
何ともダイナミックなスレじゃ
- 290 名前:在日系 投稿日:2008/01/19(土) 05:44:09 ID:7sU8I/DU
- >>992>>993
そんな状態の条件をつけた上に、さらに借りた借金まで
返さないといけないのか?
>>995>>996>>998
なるほど。
>>999
会社ごと売りなさいというのは無理があるのでは?
例えば車があるとして、車のガソリンをあげるから
車ごと他人に売りなさいとか言っ手いるのと同じなので。
- 291 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/19(土) 05:48:30 ID:tgngE7Ls
- 現実にサムスンの自動車部門はルノーに売られたが。
- 292 名前:在日系 投稿日:2008/01/19(土) 05:50:04 ID:7sU8I/DU
- でもそんな事をして借金を返す為なら分かるけど
逆にIMFに借金返せなくなるんじゃないの?
韓国に利益をだしてもらわないといけない状況なのに。
- 293 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/19(土) 06:03:01 ID:q78LIxf6
- >>292
別に利益なんて要らないぞ。
ウォンの価値が上がれば必然的に外国と取引するだけで、ドルが増えるから。
その増えたドルを貰えばいい。
ウォンの価値を高め、外国と取引するのはのは朝鮮人じゃなくても良い訳だし。
南朝鮮国内に誰の物でも良いから企業があり、その南朝鮮企業と取引する、
あるいは、南朝鮮の企業の株に外国人が投資するなどすれば良いだけ。
- 294 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/19(土) 06:07:17 ID:q78LIxf6
- もっと分かり易く言うと、
借金の返済に充てる金は利益じゃないからな。
最初から借金返済分は経費として計算される。
だから、南朝鮮の売り上げが悪い場合は、借金返済以外の経費を削るだけ。
軍隊、道路、空港、鉄道、公立学校、福祉などで使う金が削られるだけ。
- 295 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/19(土) 09:50:33 ID:J0vKSYOA
- 次スレだす
【下駄箱】初めての文化人類学【下儲け】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/korea/1200703753/
- 296 名前:在日系 投稿日:2008/02/08(金) 02:28:02 ID:kmOMq80g
- >>995>>998
つまりは、財務省よりも国会議員のほうが予算に関する権力があって
財務省はただ決まったことを実行する部隊だと?
>>997>>999
それは政治に興味がある人や歴史に興味のある人だと思うが
それは一部なんでは?
- 297 名前:名無しさん 投稿日:2008/02/08(金) 02:32:04 ID:1xMfw3rI
- 国会議員がTVで勉強する訳ね絵だろ
- 298 名前:名無しさん 投稿日:2008/02/08(金) 02:34:52 ID:1xMfw3rI
- 2CH以外では相手しないよ。
- 299 名前:在日系 投稿日:2008/02/08(金) 02:35:38 ID:kmOMq80g
- 違う、歴史の事なら国民がだよ。
予算については、財務省と国会議員の関係。
韓国に金を援助したいと財務省がいっても無意味なの?
- 300 名前:名無しさん 投稿日:2008/02/08(金) 10:11:30 ID:TvkRuoYA
- 次です
【下駄箱】初めての文化人類学【商売って?】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/korea/1202432690/
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